21- ──協力者──
2091.09.04 Tues. 17:17 JST
二人は学校の野球部が使うグラウンドに到着すると、ホームベース側のネット裏から野球部の練習風景を眺めた。
シンがゆっくりと指を前に出し、口を開いた。
「あそこ、ベンチに座っている体の大きい奴。あいつは同じクラスのムトウという奴で、六月までとある奴をイジメてた。──誰をイジメてたか当ててみて」
「やってみる!」
リエリは視線を手元とベンチに座る少年を数度反復して移動させた後、宙を数回タップする。次第に困惑したように眉をしかめ、忙しく指を上下に動かし始めた。
「あれ? なんで? ……なんでないの? ほとんどないの、六月の記憶が。しかも、四月と五月の記憶は完全にリストがないし……なんで抜け落ちてるの……」
「あ。そう…………」
シンは考え込むようにうつむいた。
「ホントなの! 信じて!」
「……。ところでさ、なんでこの学校に転校してきた?」
シンは無理やりに話を変えた。
「――シンのことが好きだから」
「……質問を変える。どうやって俺がこの学校にいるって知った?」
「……ごめんなさい、シンをつけたの」
「……。目的は何?」
「アムに感謝してるの、アムの、シンの活動に協力したいの」
「なぜ、そこでアムが出てくる?」
「だって、シンはアムでしょ?」
「……なぜそう思う? なぜそう言い切れる? 判断の根拠が分からない」
シンは問い詰めるような口調で淡々とそう言った。
「私、仕事で、服役している人の話を聞くために刑務所によく行くの。そのときに二回、車から刑務所の壁の近くにいるシンを見たの」
「それで?」
「その二回とも、その刑務所で集団失神が起きたってニュースでやってたの。それで不思議だなぁって。それでこの前、シンに話しかけたの」
「……そう」
シンは思い返すように視点を遠くに移した。
「しかも、この前カナの家に連れて行ったら、すごくすごく嬉しい不思議なことも起きたもん。……さっきの橋の下もそう。シンがいるところで何度も不思議なことが起きてるの」
「偶然でしょ、ただの。今日はもう帰ろう、暗くなってきた」
帰りの道で二人は無言だった。
リエリは終始シンの表情を覗き込んだが、シンは一度もリエリを見ることなく歩き進めた。
しばらく歩き進めると、交差点の角にあるガラス張りのビルの前に、威圧感のある白塗りの高級車が停車しているのがシンの視界に入った。
「それじゃあ、また明日ね。シン」
「ああ」
リエリがシンに背を向けて車に向かおうとした瞬間、シンは素早くデリーター画面でリエリを選択し、次に立ち上がる年月日の画面で〈2091〉〈07〉から〈2091〉〈08〉を選択した。
「ゴメン。悪いけど、二ヵ月間だけ忘れて」
シンはリエリの背中を見ながらそうつぶやくと、点滅する《DĒŁĒTĒ》ボタンにゆっくりと指を置いた。
【You need permission to perform this action】
「……? 権限?」
いつもと違うメッセージにシンは目を僅かに見開いて首を傾げ、背を向けるリエリを確認する。
リエリは何事もなく車に向かっている。シンは何度も何度も、点滅する《DĒŁĒTĒ》を押してはメッセージを確認したが、同様のメッセージが表示されるのみだった。シンはふと顔を上げ、前を向いた。
シンの視線の先には、シンを見据え、悲しげな表情を浮かべて立つリエリがいた。
数秒の沈黙の後、リエリは一転してニコッと笑った。そして、無言のままシンに向かってスタスタと歩き進め、近づいてくる。
「なに?」
シンの問いかけにリエリの反応はない。
リエリはシンの眼前まで歩き進めると、ピタりと足を止めた。首を傾げたシンの瞳とリエリの瞳が互いを映している。
数秒の間の後、リエリは無言のままゆっくりと背伸びをした。そして突然、唇をシンに合わせた。簡単に破けてしまいそうなリエリの薄い唇がシンの唇に隠れる。リエリの頬が仄かに赤く染まっていく。シンは目を見開いたまま硬直して動かない。
数秒の後、リエリは踵を地に着け、僅かに口角を上げてシンを見据えた。
「私の力がシンに通じないように、シンの力も私には通じないみたいね。どうするの、……私を殺す?」
「……君、何が目的?」
リエリはニコッと笑い、少し離れてから振り返る。
「二つあるの! 一つ、アムの裁きを手伝わせること。二つ、あなたの、彼女になること。……どうでしょう?」
シンは頭を掻き、深く溜息をついた。
「……。なんか完全にバレてるね。わかった、いいよ」
シンは渋々了承したような表情で、リエリにそう答えた。
「う~ん。なんか上から目線だな~。男の子からも言うべきじゃないかな~? これっておかしな感覚かな~?」
リエリは首を傾げて笑顔でシンにそう告げた。
シンは更に深くフゥと溜息をついた後、顔を引き締めてリエリを見据えた。
「付き合おう」
「フフ、……はい」
リエリは万弁の笑顔を浮かべた。




