20- ──リエリの勘──
2091.09.04 Tues. 16:55 JST
終業のチャイムが鳴ると、すぐにリエリが無邪気な笑顔でシンに席にやってくる。
「シン、一緒に帰ろう!」
シンはリエリに腕を組まれたまま、教室から学校校舎を出るまでに数百人の視線を集め続けた。その間、リエリは全く気にする素振りも見せず、平然と周囲に手を振っていた。
日差しが僅かに赤みを帯びる中、シンの影は起伏なく、反対にリエリの影は軽やかに地面を移動している。
しばらくてして、二人が橋を渡り切る手前で、騒がしい声が聞こえてきた。
「なんだろう? この声」
「……」
リエリが問うと、シンは黙ったまま手すりを持って上半身を少し乗り出し、橋桁の下を覗き込んだ。
「――イジメだ」
シンの視線の先には、六、七人が一人を取り囲み、暴行を加えていた。
リエリもシンと同じように上半身を乗り出し、下を覗き込む。
「……可哀想。警察に通報しよう」
リエリが眉をひそめてシンに言うと、シンはコクりと頷いた。
リエリは宙で手早く操作をして、警察と話し始めた。その間、シンは体勢を変えず、デリーターの画面の方向矢印と距離を注意深く橋桁下の集団と何度も見比べていた。そして、ほぼ同じ方向矢印を持つリストのうち、一つだけを残して全て選択すると、二度素早くタップし、次に出現した年月日リストから〈2091〉〈09〉〈04〉を選んで、点滅する《DĒŁĒTĒ》を押した。シンの淀みない一連の画面操作は、一瞬のうちに終わった。
【All done】
橋桁下の集団は、暴行を受けていた一人を除き、全員がほぼ同時に倒れた。
「すぐ来るって、警察」
リエリがシンにそう言いながら再度、橋桁の下を乗り出して見た。
「え? 倒れてる……。何があったの?」
「さあ? よく分からないけど、突然倒れた」
「ちょっと見てみようかな…………」
リエリはそう言って、宙をタップし始める。
「……えっ、ないじゃん。なんで?」
リエリは大きな瞳を更に見開いた。
「見る? ない?」
リエリのつぶやきにシンが問う。
「う、ううん、独り言」
「警察も来るんでしょ、もう行こうか」
「……うん」
シンとリエリの影は、さっきより長く伸びて進んでいく。
「ねぇ、シン。ところでさ……」
「なに?」
リエリは僅かに微笑む。
「シンって、もしかしてアム?」
――――瞬間、シンは立ち止まり、黄昏を映していた目はぎょっとリエリに向いた。シンの表情は殺気を感じさせるほどに強張って、すぐに収まった。
「か、顔、怖いよ。シン」
「どうして、……そう思う?」
「……。シンにだけは言おっかな。私達、もう付き合ってるもんね」
「……?」
「私、人の記憶が体験できるの」
リエリの言葉に、シンは一瞬言葉を失った。
「面白い冗談だね」
「冗談じゃないもん、本当なの!」
「わかったよ」
「信じてよ! 〝セレクター〟って画面で人の記憶が日付順に並んでて、記憶を選んで《SELECT》って書いてあるボタンを押すだけで、記憶が体験できるの!」
リエリは眉毛をハの字に曲げ、真っ直ぐシンを見つめた。
シンは黙ったまま再び歩き始めた。そして数十メートル進んだところで突然立ち止まり、隣のリエリに顔を向けた。
「じゃあ、確かめていい?」
「もちろん!」
リエリは得意げな顔をして、鼻をツンと上に向けた。
「それじゃ、八月十九日の昼頃、俺はどこで何をしてた?」
「うぅ。なぜか分からないけど、シンの記憶だけは見れないの」
「……あ。そう」
シンは無視するように再び歩き始める。
「で、でも他の人なら大丈夫なの、信じてよ!」
「……」
リエリはシンの腕を掴み、つぶらな瞳でシンを見つめた。
「それじゃあさ、ちょっと戻っていい?」
「うん!」
二つの影は来た道を戻っていく。




