18- ──ミハセ・リエ──
2091.09.03 Mon. 08:15 JST
夏休み明け初日、シンはいつものように自宅マンション前からタクシーに乗り、高校に向かった。タクシーから見える景色には、まだ秋の気配は全くなく、並木の葉は依然として青々としている。
タクシーは三十分ほどで高校に到着した。
シンは玄関で靴を履き替え、教室に向かう。その途中の廊下は、いつにもまして騒がしい。教室の前に着いたシンがドアを開けると、ドッと音量が数倍になった。
「あ、よぉ、シン!」
「――キムラ」
大きな声でキムラがシンに呼びかけ、シンが返す。
シンがキムラの前の席に座ると、キムラはシンの背中を指でつついた。
「〝あれ〟聞いたか?」
「〝あれ〟?」
「知らねーの? もう学校中で噂だぞ! アイドルだよ、アイドル!! 来んの!! この学校に転校生で!!」
「へぇ、そう……なんだ」
「なんだよ、その反応? アイドルだぞ、アイドル! 一緒に机並べて勉強すんだぞ、やばくねぇか? もう最高! 中学で死ぬほど勉強してこの高校入ってよかったぜ!!」
チャイムが鳴り、教師のゴトウが神妙な面持ちで教室に入ってくる。
ゴトウは教壇に手をつき、生徒を見渡す。
「今日からまた高校生活が始まるぞ。入ったときは横並びでも、この半年呆けてた奴と一生懸命勉強してた奴の間には、明確に学力に差がついている。気を引き締めて、勉学に励むように!」
ゴトウの言葉に、さきほどまで子供らしい笑顔を見せていた生徒達の表情は途端に強張った。
「実は、今日からお前達と一緒に勉強する仲間が増える。転校生だ」
期待でどよめく教室の中、入り口までゆっくりと歩いていくゴトウを生徒達は見開いた目で追った。
「入りなさい」
「はい」
女らしき声が僅かに聞こえ、教室に足先が入る。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぇえええええええええええええええええええええええええええええ!?」
少女が教室の敷居をまたいだ瞬間――――教室は爆弾でも炸裂したかのように音を立てて震えた。そして、すぐに一転して物音一つなく静まった。
「……うううう、嘘だろ。アイドルってリ、リエリかよ!! マジかよ……。俺らとマジで一緒に勉強すんの? これ番組だよな? すごくね? ハァ? ヤバッ!!」
生徒達は口々に驚きの声を発して、茫然自失としている。
リエリは教室を探すように見渡し、シンと目が合うと笑顔を見せた。シンは少し慌てたように即座に目を逸らす。
「それじゃあ、ミハセさん。挨拶を」
「はい」
リエリは顔を生徒達に向けると、微笑んだ。
「ミハセ・リエです。アイドルをしています。リエリは芸名なので、学校ではリエちゃんとかって呼んでもらえると嬉しいです。これからよろしくお願いします!」
「うぉおおおお!! カワイイぞリエ!! よろしくリエちゃぁん! うぉおおお、マジかぁあ!! リエちゃんよろしく!! あとでメアド教えて! ヤバすぎぃ最高!!」
男子生徒が興奮して口々に言葉を投げかけた。
「お前等、落ち着け。一応言っておくが、仮に何か起きれば、ミハセはここで勉強できなくなる。くれぐれもおかしな行動はするな」
「分かってるよ、ゴトウ! ゴトウちゃん分かってるよ! ゴトウありがとう! よくやったゴトウ!!」
いつもなら絶対に言わない言葉を発する男子生徒達を見て、ゴトウは呆れたというような表情で溜息をついた。
「ミハセの席は、あそこ。右端の奥にあるから座りなさい」
「はい」
リエリは窓際の席の横を通りながら、ゴトウが指した席に向かう。
教室中の視線がリエリに集まる中、シンだけがいつものように窓から花弁一つない桜を眺めていた。
リエリはシンの席の横で立ち止まり、窓に顔を向けるシンを見た。
「こんにちは」
「……こんにちは」
リエリが笑顔でシンに挨拶すると、シンはリエリに顔を向けてそう返事をした。
「カナが元気になったの、ありがとう……本当に」
「なんでありがとう? まあ元気になってよかったね」
リエリは僅かに頬を赤らめて微笑み、シンを見つめる。
「あのね、私。……君のことが好きみたい」
「――は?」
リエリは突如としてそう告げると、机に頬杖を突くシンに一気に顔を近づけ、そのまま唇を合わせた。黒のツインテールがシンとリエリの間で揺れる。
数秒の後、リエリは濡れた唇を離し、微笑む。
「シン。私と付き合ってください」




