2-23.しばしの別れ
「プリウムさん、居ますか?」
店の入り口から声をかけると、奥からプリウムさんが出てきた。
もう外は昼なのだが、寝起きのような恰好である。そして、顔色が悪い。
「ケージさんか、いらっしゃい。あんた、よく顔出すよな。いっそのこと、村に住んだらどうだい。」
もはや顔馴染みなので、開口一番、軽口が飛んでくる。
「ありがたい申し出ですけどね、これからは本当にしばらくご無沙汰することになりそうなので無理です。」
「ほう、どこへ行くんだい。」
「デリストア領ですよ。」
「それは、また、ちょっと距離があるな。」
「ええ、それで、ちょっとご挨拶に。ほら、月雫の花を見せてもらう約束してたのが、無理になりましたので。」
俺がそう言うと、プリウムさんはちょっと目を見開いて、その後、笑顔になってこう言った。
「ケージさん、あんたは律儀な人だね。まあ、確かに月雫の花が咲くには、まだ早いかな。あとひと月ってところなんだが。」
「そうなんですね。1週間後には、俺は出発です。やっぱり無理だなぁ。」
「準備に忙しいだろうに、わざわざありがとうな。」
「いえ。それにしても、プリウムさんは酷い様子ですね。大丈夫ですか?」
「最近、結界に夢中でな。そうだ、ちょっと見てくれよ、かなり良い感じだぞ。」
そう言うと、プリウムさんは床に散らばっていた設計図のうちの1枚と、作業台に置かれていた丸太を拾うと俺に迫ってきた。
「見てくれ、ここの魔石を交換する機構と起動用の魔石を取り出すための仕組みなんだがな。」
俺に対して、猛烈な勢いで結界の魔道具の説明をしだした。
俺は、オーソン村を訪れていた。
ベイカー男爵の屋敷で、今度の大商隊の副隊長を勤めると言うリンドガルドさんから詳しい予定を聞いた。
約2週間後、正確には13日後には王都を出立するらしい。
まず、王都から塩湖の畔にあるエブンと言う町で他の商隊と合流する。セト商会の編成する3商隊のうち2商隊はエブンの町で編成中で、1商隊のみ王都から出立するそうだ。王都からエブンまでは3日ほどの行程だ。
エブンで、大商隊の編成のため1週間ほど滞在し、川を遡りながら、途中、2つほど集落に立ち寄り、デリストア領を目指すとのことだ。エブンからデリストアまで約1ヶ月もかかるそうだ。
その話を聞いたとき、ちょっとだけ絶望した。エブンでの滞在中はともかく、その後の旅程がリアルで5日間。この間、俺は会社に泊まり込んで、昼夜問わず、仮眠しながらログインし続ける生活を送ることを意味している。ミホークこと鷹野君は、日々そんな感じみたいだが、俺もするのかと思うと気が重い。
そして、リアルでの泊まり込みの準備を2日半でしつつ、ヒロモン内での準備もしなければならない。非常に時間がなく、切羽詰まった状況だと理解してしまった。生活がちょっとだけ落ち着いたと思った矢先だったので、ショックが大きかった。今週末は、デートの約束もあったのに。
まあ、そんなことを言っても仕方がない。
それから俺は、公私ともに準備に奔走していた。
俺の旅の準備はミホークに大分、振った。と言うか、それくらいしてもらわないと困る。旅の必要品は、他の研究者を送り出す時に渡すのと同じものを一式もらった。と言ってもマントや着替えなどの服を少々、お金くらいだ。鉈も貰った。ショートソードや短いサーベル等の方が良いと言ったのだが、生活には鉈の方が役に立つのだそうだ。念のための非常食もか。譲渡不可アイテムとして地図や図鑑はもともと持っていたし、医療キットやノートとペンはオーソン村の防衛時に入手していたので、新しく貰うようなものはなかった。
話の流れ的に、魔道具師として同行することになっているため、魔道具師に必要な道具類をハンナさんに見繕ってもらった。魔石、結界の魔晶石をいくつかと、精霊語を刻むためのノミ、金槌、ひっかき棒等を渡された。もちろん、かかった費用はミホーク持ちである。
旅のキットも魔道具師セットも、まとめて初期装備品の革のザックに入れた。重さ制限はあるようなのだが、容量制限はない。こういった点は、現実よりもゲームの方が便利で良い。
リアルの準備の方は、全くと言って良いほど荷物が無くて楽だった。ほとんどカプセルに籠ることになるので、着替えは下着だけ。不思議なことに社内にクリーニングサービスがあるため、洗濯物をため込むことにもならない。ビル内にシャワー室もあるので、歯ブラシと髭剃りも忘れない。準備に一番時間がかかったのは、彼女へのメールの文面を考えることだった。
俺自身の旅の支度は整えることができた。
そうすると、しておかなければならないのは、残る人たちへの配慮である。発つ鳥跡を濁さずとも言うしな。
片づけ仕事のひとつは、ハンナさんの手伝い。期間を約束していたわけではないが、あまりに急な話なので修行も結界の作成の手伝いも中途半端な状態で、申し訳なく思っている。ハンナさんのノートを借りて、ヒロモン世界の標準語で解説を書き加えることで許してもらおう。実際、やってみると、結構、時間がかかった。
もうひとつは、オーソン村の結界の保守。一応、プリウムさんに設計書を渡しているが、オーソン村に出入りしている結界師に補修などはお願いできないだろう。なので、一度、プリウムさんを訪ねて説明をすることにした。いわゆる引継ぎと言うやつだ。
最後に、やっぱり、ユアンちゃんへの挨拶は必要だろうな。彼女は俺に懐いてくれているし、突然、俺が居なくなったらショックだろうから。子供心は大切にしないとならない。
と、言うわけで、日程がタイトに詰まっている中、オーソン村に1泊の日程で訪れたのである。
プリウムさんは、一通り結界のギミックについて語り終えると、ようやく俺の後ろに目をやった。
「それで、お連れさんはどちら様だい。」
「今頃、連れが居ることに気づいたんですか。」
「ああ、うむ、まあな。」
プリウムさんが言いよどむ。
結界について語ることに夢中で、本気で俺が一人でないことに気づいていなかったらしい。
「俺が王都でお世話になっている幸運の光教団の職員さんですよ。」
俺がそう言って、連れてきていたハンナさんをプリウムさんの前に押し出すと、ハンナさんはあたふたと挨拶をした。
「ハ、ハンナです、よろしくお願いします。」
「ハンナさんは、教団の魔道具師なんですよ。」
俺がそう言うと、プリウムさんは、また目を見開いて驚いた。そして、ハンナさんは、一層あたふたとする。
「女性の魔道具師か、珍しいな。」
「い、いえ、そんな、私はまだ魔道具師ってほどでは…。」
「オーソン村に俺が設置した結界なんですが、精霊語の部分は、今後、ハンナさんにお願いしようと思って連れてきました。」
「ああ、なるほど。確かに、次に壊れたら、ケージさんが居ないとどうしようもないもんな。」
この件について、ハンナさんはかなり渋っていた。魔道具を一人で作製したこともない上に、精霊語もちゃんと理解しているわけではない。半人前だからと、それはもう、固辞していた。
しかし、他に任せられる人が居ないのだから覚悟を決めてもらうしかない。経験のなさは、俺の設計書を元に、練習で2度ほど結界を作らせて終わりとした。2回も魔道具を一人で作ったんだから、君はもう一人前だと。
それに、オーソン村の結界の設計書にメモ書きで解説は書いて渡しておいた。
後は、プリウムさんに引き合わせて終わりである。
「だから今日はプリウムさんにハンナさんを引き合わせに来たんだ。」
「そうか。ハンナさん、よろしくな。」
「はい、こちらこそよろしくお願いします。」
ハンナさんもさすが魔道具師を目指すだけのことはあり、プリウムさんの作ったギミックに興味津々で質問をすると、プリウムさんが再び熱く語り出したりした。
ふたりが夢中になって魔道具について話をする姿を見て、俺は勝手に肩の荷が下りた気分になる。
それにしても、プリウムさんのギミックは素晴らしいものだ。俺が最初に配置した魔晶石、魔石、精霊語の配置は変えずに、周りの部分に魔石を交換する機構を組み込んでいる。かと言って、部品数は少ないため壊れにくい。
「それにしても見事な機構ですね。これなら元々の結界以上なんじゃないですか。」
俺が褒めると、プリウムさんは素直に喜んだ。
「そうだろう、何日もろくに寝ないで考えたからな。」
どうりでぼろぼろな姿なわけだ。俺が前回村を離れた時から、ずっと設計と制作をしていたようだ。
「良いんですか、本業を放っておいて。」
「ああ、本業なんて、あんまりないからな。こんな小さな村では、何か新しく作ることなんてほとんどない。今あるものが壊れたから直してくれなんて依頼ばっかりさ。」
なるほど、そうなんだろうな。だからと言って、居ないと困る人なんだろうが。
「それに、ケージさんの作ってくれた結界を使い続けることになりそうだからな。」
あれは一時的に使うつもりで作ったものなので、メンテナンス性が悪いんだけだどな。
「それなら、プリウムさんが作った機構付きの結界に、ハンナさんが精霊語を刻み込んだら良いんじゃないですか。それを、今ある結界と置き換える。設置してあるものの他に、予備がいくつかありましたよね。」
「おお、それは良い考えだ。」
俺の提言に喜ぶプリウムさんと対照に、ハンナさんは目を丸くしてあたふたとしている。
俺の理解では、魔道具は自作のコンピュータのようなものだ。魔晶石がROMチップ、魔石が電池、道具の本体がハードウェアだ。精霊語は、それらを接続するための電子回路、配線みたいなものだ。
プリウムさんは細工師なのでハードウェアを組み立てることは得意だが、電子回路を組み上げることはできない。ハンナさんは逆で、精霊語は出来るが細工は全くできない。
だから、二人が組めばちゃんとした魔道具を作ることができるんじゃなかろうか。
オーソン村の結界は、この二人に任せておけば良いだろうと、俺は勝手に得心していた。
夕方、ビルさんのお店に俺の知り合いが集まって食事会となった。
「かんぱーい。」
「ケージ、いってらっしゃーい。」
ヤーゴンさんとユアンちゃん、キャミルさんとガイくん、俺とハンナさんである。ロイスさんは、警備の仕事があるので来られなかった。
俺とキャミルさんとヤーゴンさんはビルさんの自家製エール、ハンナさんと子供たちは果実水での乾杯だ。客は他には居らず貸切状態のため、ビルさんとケイトさんも乾杯に加わっている。
皆にもハンナさんを俺の後任として紹介しておいた。
ハンナさんを魔道具師ですと紹介すると挙動不審になるが、普段は教団で参拝に来る商人たちと仲良くしているだけあって、皆とすぐに打ち解けていた。
俺たちは和やかに晩餐を楽しんでいた。
ふと気づくと、ケイトさんと目が合った。給仕の手を休めて俺のことを見ていたようだ。
「どうかしましたか。」
ケイトさんは、苦笑いと言うか、なんとも言えない表情を一瞬浮かべた。
「いやね、ケージがこうして皆と仲良く食事をしているのを見ると何か不思議な感じがするわ。」
「え、そうなんですか。」
「だってね、ケージが一番最初に村に来たとき、不審者にしか見えなかったもの。」
ケイトさんの発言に、ハンナさんが反応する。
「そうだったんですか。」
ケイトさんは笑みを浮かべながら、よくぞ聞いてくれましたとばかりに話だした。
「だってね、うちの宿に泊まろうって人は、普通、村の誰かの知り合いなのよ。それが、ふらっと近所への散歩の途中で寄りましたって格好で現れて、旅の者だが部屋を貸してくれって言うのよ。さらに3週間も部屋を前借りするんですもの、こんな田舎の村で3週間も滞在だなんて酔狂を通り越して、どうかしているわ。どこから来たのかも分からないし、まったく理解できなかったわ。」
「いや、俺は、この服しか持ってませんから、格好のことを言われても仕方ないと言うか。」
俺がそう言い訳にならない言い訳をすると、キャミルさんから突っ込みが入った。
「その格好で旅する人なんて居ないと思うぞ。普通は、もっと重装備だ。」
「そうよね。それかと思えば、宿を借りてすぐに部屋に閉じこもって出てこないし、どうしようかと思ったわ。」
それについては、言われると辛い。
だって、俺じゃないしとも言えないからな。
俺がログインする前日までにキャラクターを作り、宿まで借りてくれたアプリチームの誰かには感謝しているが、ケイトさんからしてみると確かに怪しいよな。
と言うか、何で俺は教団からでなくオーソン村から始めることになったのだ。山際さんからも理由は聞いていないな。
「まあ、それは、あれです。長旅の影響で体調が悪かったと言うか、何と言うか。」
俺は言い訳にもならないことを言ってしまう。
「そう言えば、この村に来る前は、どこから来たんだ?」
キャミルさんが聞かれると困ることを聞いて来た。
「ケージ殿の出身地が伝説のかの地だと言うことは聞いたが、今までどこに居たのかは聞いてなかったな。」
やばい、答えないと言う流れはなさそうだ。
空気の読める日本人である自分が恨めしい。
「実は、ですね。ある意味、秘密なんですが、特殊な方法で王都に向かっていたのですが、事故に巻き込まれてしまい、道に迷っていたんです。それで、事故の影響か、体調も優れず、休んでいたと。」
何とも怪しい言い訳だ。
だが、地名を出したとして、どういうところだと言われても答えられないし、無理やり答えるほど想像力豊かじゃない。
そもそも、どういう手段でと言われても、この世界にどんな乗り物があるかも知りはしない。
設定が甘いよアプリチーム。
俺が一瞬の間に、焦りつつもそんなことを思っていると、思いも寄らないところから救いの手が現れた。
「そう言えば、ミホーク様がお連れになる教団員の方々も、どこから来るのでしょうか。」
ハンナさんだ。
ハンナさんが皆に向かって説明をする。
「我が王都の幸運の光教団には、教団長様と同位のミホーク様と言う方が居られるのですが、定期的に教団員を連れてくるのです。そして、ミホーク様が連れてこられる方々が、非常識な方ばかりで困ったものなのです。王都に来るのも初めてと言うか、子供でも知っているようなことを質問したり、質問だけならば良いのですが、人に迷惑をかけるようなことばかり。まったく、ミホーク様自身が非常識で、いつだって私のことを驚かせて喜んでるし。」
話しているうちに愚痴っぽくなってきたが、そうだよ、俺の他にも研究者たちは、謎の旅人としてこの世界に現れているんだ。
「まあ、そう言うことですよ。」
ハンナさんが何を言っているかよく分からないと言う顔をしている皆に、ハンナさんの話をさえぎって説明した。
「幸運の光教団ではですね、特殊な技能を持った人材を訓練する施設を持っているのです。まあ、当然、場所は秘密なんですが、そこでの訓練を終えた人材が王都にある教団に行くのです。」
「ケージ殿もそこで訓練をしていたのか。」
「そうなりますね。で、王都へ行く途中、事故が起こり、気付いたら森の中に居たんです。」
皆の顔を見ると、こんな話でも受け入れられるようだ。
「確かに、ケージ殿の格闘技術や魔道具を作れるところなどは、普通では考えられないな。」
キャミルさんは納得したようだ。
「訓練所では、俺なんかよりも強い人はたくさん居ましたけどね。」
俺はスキルは何でも使えるが、所詮レベル50止まりだ。
ミホークの話では、全スキルが使えるけどレベル50止まりのキャラクターは、俺とミホークだけが使っているそうだ。
研究員たちは、特定のスキルのレベルを90にしたキャラクターを使っているらしい。
特化型か総合型の違いがあるわけだ。
研究員の中には、戦闘系のスキルを持っている者も居るだろうから、戦えば負けるに決まっている。レベル90と50じゃ、勝負にならない。
「ケージよりも強いのか。それは一度、手合せをしてみたいな。」
キャミルさんは通常運転中といったところだ。
「ケージも少しは苦労したんだね。」
ケイトさんが事故の話からだろうか、俺に優しい目を向けてくれた。
「ええ、まあ。村にしばらくいたおかげで元気になって、王都にも無事に行けましたから。何も問題なかったですよ。」
大人たちだけで話をしているのを見て、加わりたかったのだろう。
ユアンちゃんが俺のそばに寄ってきた。
「ケージ、頑張ったの?」
そんなユアンちゃんを見て、ケイトさんが俺のことを褒めた。
「そうだよ、ユアンちゃん。ケージは、大変だったけど頑張ったんだよ。」
「そっか。ケージ、偉かったね。」
ユアンちゃんは褒めてくれながら、俺の頭に手を伸ばしてきた。
「ありがとう、ユアンちゃん。」
俺は、頭を差し出すと、ユアンちゃんに頭を撫でられた。
ユアンちゃんはとても満足そうな笑顔をしていた、
こうやって、俺は、オーソン村での最後となる夜を過ごした。
皆、俺が王都に行ってもすぐに村に戻ってくるので、別れると言うことに対して耐性ができているようだ。
おかげで湿っぽい夜にはならずに済んでいるので良い。
ハンナさんだけは、俺の話した設定を聞き、これからもミホークが非常識な人を連れてくるのではないかと未来を悲観していたようだが、概ね楽しい夜だった。
皆が思っているとおり、旅から戻ったら、俺は真っ先に村に戻ってくるだろう。
初めての村がオーソン村で良かった。
俺は心からそう思った。




