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2-18.王都への帰還

 しばらく馬車を駆ると教団の事務所に着いた。

 久しぶりだったからか、思わず馬車を外層側の事務所に着けてしまった。

 内層側から出てきたのだから、そっちに帰れば良かった。気分がささくれ立っていせいもあり、そんなことは思い付きもしなかった。

 俺が馬車を建物の脇に寄せて、降りようかと言うタイミングで、ハンナさんが小走りに駆け寄ってきた。

「ケージ様、お帰りなさい。」

 俺が帰ってきたのをどうやって察知したのだろう。

「ああ、ただいま。ハンナさん。」

「お怪我はありませんか。ご無事でなによりです。」

 ハンナさんが畳み掛けるように言う。

「うん、まあ、大丈夫だよ。」

 実際、俺の体は何事もなかったように綺麗になっている。

 子グモにあちこち噛みつかれた体は、数日寝ていたからかすっかりと治っていた。

 普通の人々は怪我の治りがもっと遅いようなのだが、プレイヤーキャラクターは早いようだ。

 オーソン村でもキャミルさんの怪我は何日も治っていないようだったのに、俺の体はあっという間に傷ひとつなくなっている。きっと、作りが違うのだろう。

「良かった。では、ケージ様は中でお休みください。馬の世話は私がしておきます。」

「馬の世話をするの?」

 この馬はカード化されている動物だ。

 カード化されていると餌も特に必要がなく、魔力を供給するか、魔石を与えておけば良い。

 世話をしなくて良いのがカード化の売りなのだが。

「あ、そうですね。カード化されている動物でも私は世話してあげるんです。元々は生きた動物ですから、その頃の名残なんでしょうか、相手してあげると喜ぶんですよ。」

「なるほど、そうなんだ。」

「昔、お父さんの工房でも馬車を持ってまして、その馬車馬の世話をよくしたものです。」

 カードから馬が出てきたとき、非常に驚いたが、とてもゲーム的だと納得したのを思い出した。

 あまりにゲーム的すぎて、自分が使っている馬をアイテムのように思っていたのだろう。

「馬の世話って、何をするの。」

「お水と餌をあげて、ブラッシングするくらいです。それに、あまり時間を掛けてしまうと余分に魔力を使ってしまうことになりますから。」

 馬を召喚している間は、召喚者の魔力か魔石を消費してしまう。

 普通なら用事が済んだらすぐにカードに戻したいところだ。

「餌も食べるんだ。」

「量は食べないし、普通の餌では駄目ですけどね。」

「どういう餌なら良いの。」

「どちらも少し魔力を混ぜてあげるんです。水は普通に魔力を通してあげた魔水(まみず)を使います。餌の方は普通の飼い葉にマヨモギやミンタルみたいに魔力を帯びた薬草を混ぜてあげれば良いだけです。」

「それだけで良いんだ。」

「それだけで馬も機嫌良くなって、もっとよく働いてくれますよ。」

「知らなかった。カード化されても、動物は動物なんだな。」

「そうなんですよ。ケージ様もたまには世話してあげると良いですよ。」

「そうだな。さっそくやってみるかな。俺も手伝って良いかな。」

「良いですけど、お休みになられた方が良くないですか。」

「大丈夫だよ、そんなに疲れてはないから。」

「では、一緒にしましょう。」

 俺はハンナさんに教わりながら馬の世話をした。

 馬車を牽く馬なので、背も低く映像コンテンツで見る競争馬(サラブレッド)とは比べ物にならないほど見劣りがするが、触れあってみると可愛いものである。

 ブラッシングしてやると、嬉しそうにしているのが何となく伝わってくるから不思議だ。

 馬をアイテム扱いしていた自分に反省である。

 こいつは立派に生き物だ。

 餌やりとブラッシングが終わると、俺は馬にありがとうなと言い、カードに戻した。

 俺は、馬の世話をすることで先ほどまでの苛つきが収まっていくのを感じた。癒されたわけだ。アニマルセラピーというやつだろうか。


 俺とハンナさんは事務所に行き、ハンナさんの淹れてくれたお茶をいただいた。

 事務所は、相変わらず閑散としている。

 いつだってハンナさんしか居らず、まるでハンナさん専用の部屋のようだ。

 この教団、こんなに人が居なくて大丈夫なんだろうか。

「それで、オーソン村は大丈夫だったのですか。」

 俺は、俺が王都を出立してからの19日間のことを話した。数えてみると結構な日数である。

 壊れていた結界の代替装置を作ったこと、村中の結界を見て回ったこと、オオアカグモの子グモが大発生したこと、パーンと言う若い自警団員が死んだこと、俺も数日間寝込んでいたこと、思いつくままに話をした。

 ハンナさんは、パーンの死の話には悲しそうな顔をしてくれた。そして俺が数日間寝込んだことを心配してくれた。

「大変だったんですね。」

「大変だったんだ、それなりにね。」

 パーンの死はヒロモン時間では12日も前の話だが、リアルでは一昨日の話である。

 自分の目の前で、自分の手の中で人が死んだから、正直、俺は立ち直れてはいない。

「王都の方はどんな様子?」

 俺は一呼吸おきたくて、ハンナさんに話を振った。

「魔獣の季節は、年々、激しさを増しているようです。今回の魔獣の季節も終息までに後ふた月はかかるだろうと言われています。」

 そうだろうな。

 モンスターが大量発生したのだ。

 一度発生したモンスターは自然消滅などしない。モンスター同士で捕食し合うかも知れないが、誰かが討伐しないと数は減らせないのだ。

「秋になるね。」

「そうですね。冬が来る前に何とかなると良いのですが。」

「この辺りは冬は雪が降るのかな。」

「そんなに多くはないです。降るけどあまり積もりません。」

「そうか。それでも魔獣狩りは大変だろうな。」

「早めに終わると良いのですが。次の魔獣の季節は1年以上先でしょうし、少しは落ち着けると思うのです。」

 ゴールデンウィークの次は夏休みだ。ヒロモンがサービスを開始してから初めての夏休みである。今まで以上に長い魔獣の季節になるだろう。

「魔獣の季節がいつ来るのか分かっているの?」

「ええ、大体、定期的にやってきますから。カレンダーにも載っていますよ。」

 王都ではカレンダーが売っているらしい。

 言われて部屋を見渡してみれば、確かに壁にカレンダーが掛けられている。

 あまりに自然に置いてあるので気づかなかった。と言うか、壁の模様並みに意識していなかった。

「ケージ様がオーソン村に出掛けられてから、私は私なりに魔獣の季節について調べてみたのです。幸運の光教団の信者には商人が多いですからね、町の様子を色々と聞いてみたんです。」

 ハンナさんが真面目な顔をして語り出した。

「今まで、私は魔獣の季節のことを気に留めていませんでした。私は王都の外層とは言え、中心部で生まれ育ちました。そこまで魔獣が流れてくることなどありませんでした。私は父の勤める工房に出入りして、魔道具に夢中でした。魔獣の季節は、カレンダーに書いてあるけど、どこか遠い国の出来事のように思っていたのです。」

 ハンナさんは両手で抱えるように持ったティーカップの中を見つめながら話を続けた。

「教団に来てからも変わりませんでした。自分のことで手一杯でもありましたし、興味を持つこともありませんでした。

 ところが、ケージ様がこちらに来て、オーソン村の話を聞いて思ったのです。魔獣のことをもっとちゃんと考えないといけないんじゃないだろうかって。

 ケージ様に教団は何もしないのかって聞かれましたよね。

 あの時、自分にできることがないことよりも、自分が何もしてこなかったんだと言うことに気付いてしまったんです。

 それからです、私も魔獣の季節のことをもっと知ろうと、何ができるか考えようと思ったのです。」

 ハンナさんは、俺がいない間にずっと悩んでいたようだ。

「魔獣の季節は天災のひとつだよ。」

 それもヒロモンの運営がもたらすものだ。

「はい。あまりに大きな出来事なので、私なんかが何ができるのだろう、何もできないんじゃないかって思いました。でも、何かないかってずっと考えて、まだ何も具体的にはどうして良いか分からないんですけど、ひとつ考えたんです。」

 いつの間にか、ハンナさんは視線をティーカップから俺の方に移していたようだ。

 ハンナさんは顔をあげ、俺の方を見て話をしている。

「魔道具です。結界の魔道具をもっと工夫して、良いものを作れるようになりたいんです。

 前は、お父さんが魔道具を作りたいって言うから、漠然と手伝えたら良いなとかしか考えてませんでした。お父さんの銘を打った魔道具を世に出してみたい、そんなことを考えていました。

 でも、今は、人が魔獣なんかに負けないでいられるための魔道具を作りたいんです。」

 若者は漠然とした夢を捨て、未来の目標を見つけたようだ。

 一昔前の、自分も若かった頃なら他人がこういうことを言い出したら反発するか斜に構えて否定していただろう。

 (よわい)30にもなると、その辺は卒業し、他人を応援しようと言う気になってくる。

 やる気のある人を見るとこっちも感化され熱くなると言うか、素直になる気持ちを覚えるといったところだろうか。

 できない理由を探すのは簡単だが、できないと言うことに何の価値があるだろうか。

「良いと思うよ。今回も、結界には色々と苦労させられたからな。もっと色々な種類の便利な結界があると世の中の役に立つと思うんだ。」

 俺がそう言うと、ハンナさんはにっこりと笑った。

 こっちの人間は、夢や目標を語ることを変に恥ずかしがったりしないのが良い。

「ええ、商人さんたちもこの時期は大変みたいなんです。町から町へ移動するにも護衛を多めに雇わないとならなかったり、結界の張られていない街道の方が多かったり。」

「俺も、オーソン村では結界を通り抜けてしまう魔獣なんてのに遭遇したな。子供の魔獣のように、魔力が弱いのだと結界が効かないらしい。」

「そんなことがあるんですね。結界も万能じゃないんだ。」

 俺とハンナさんは、しばらく結界とか魔道具とかについて話をした。

 そして、王都に居る間はハンナさんの結界研究を手伝うことを約束した。

「ところで、オーソン村に置いてきた簡易結界のことなんだけど、設計図はどこのものだったのかな。」

 俺は王都で片づけなければならない仕事のことを切り出した。

「私のノートのですか。あれは父が勤めていた工房のものです。」

「ハンナさんのノートの図柄を元に、自分で書き直したのを使ったんだけど、村でも自分たちで修理できるように設計図を渡したいんだよね。」

「設計図をですか。」

「そう。俺が作ったのは簡易に作ってるから壊れやすいんだ。もちろん、村の細工師のように魔道具の素人が直せるのかって問題はあるけど、設計図があれば何が壊れたか、直りそうなのか直らなそうなのかくらい

は判断できるようになるんじゃないかって思ってるんだ。」

「多分、問題ないと思うのですが、私には判断できません。」

「それもそうだろう。そこでさ、誰に許可を取れば良いかな。」

「工房長だと思います。」

「なるほど。では、その工房長さんに会うにはどうしたら良いかな。」

 ハンナさんは考え込んでしまった。

 難しいお願いだったのだろうか。

「その前に、オーソン村で使ったと言う結界の設計図を見せてもらえませんか。」

「ああ、良いよ。」

 俺は荷物から設計図とハンナさんのノートのコピーを取り出して、テーブルに広げた。

「俺が参考にしたのはこの結界だ。オーソン村で入手できた丸太が思ったよりも細くてね、このコードだと入らなそうだったので自分で書き換えてみた。後、こことここの機能は余分だったので省いている。」

 魔道具とは、魔法が閉じ込められた魔晶石と、魔法を制御する精霊語と、エネルギー源の魔石または魔力から成り立っている。

 精霊語とは要はプログラミング言語であり、設計図と言っているのは、いわばプログラムのソースコードのことだ。

 ただ、魔道具に精霊語を刻まないとならないので、小さい道具を作ろうとすれば、設計図(ソースコード)をコンパクトにする必要がある。

 文字を小さく刻めば良いじゃないかと言うかも知れないが、精霊語そのものが電子回路のような性質ももっているため、あまり細い線で作ると魔力がうまく流れず、魔法が発動しないようなのだ。

 小さい文字を使うとしても限度があり、魔道具を小さくしようとすると精霊語自体をコンパクトに組み上げる必要があるのだ。

「何か、私のノートをもとにしたとは思えないほど形が違いますね。」

「ああ、機能(ファンクション)の配置を変えてあるからね。まあ、細い丸太だったから、縦に一気に並べるんじゃなくて、塊ごとに横に並べるようにしたんだ。」

 ハンナさんは設計図を見比べて、溜め息をついた。

「恐らく、工房長の許可を取らずとも平気だと思います。だって、これ、もう丸っきりの別物ですから。」

「そうかな。」

「そうですよ。全体の形も模様も変わっちゃってるじゃないですか。」

「形は刻み込む物の形に合わせたんだから当たり前だよ。でも、書いてある内容はほとんど一緒だよ。」

「同じだなんて、誰も思わないと思います。普通は、魔道具の形状が変わっても、刻み込む設計図は同じものを使います。」

 何か、話がかみ合わない。

 感覚の違いのようだ。

 少し考えてみると、俺は精霊語が読めるので、書いてある内容が同じであれば同じものとして認識している。しかし、ハンナさんは、精霊語を図形のように認識しているので、並びが変わっただけで違うものに見えるらしい。

 こっちの人がそういう感覚だとすると、許可なんて要らないのか?

「工房長に会う必要がないと。」

「ええ、私のノートのをまんま使ったのであれば、許可を貰いに行く必要があったと思いますが、これならば誰も同じだと思いません。」

「なんか気が(とが)めるね。」

「ケージ様は気にしすぎです。」

 ハンナさんは既に工房長に俺を紹介する気はなくなっているようだ。

 とりあえずは、じゃあ、良いのか。

 釈然としないまま、俺は忘れないうちにひとつだけお願いをしておいた。

「分かった、これはオーソン村に置いてくるよ。それから、またガルガンさんと会いたいんだけど、連絡を付けておいてくれないかな。」

「分かりました。また、少し時間がかかると思いますよ。」

「そうだろうな。待っている間に、もう一度、オーソン村に行ってくるかな。設計図置いてこないとならないから。」

「次は、いつ行かれますか。」

「2、3日後かな。」

「すぐなんですね。」

「魔獣の季節は終わってないからね。向こうも結界のことは気になるだろう。」

「分かりました。第4騎士団には連絡をしておきます。」

「頼むね。俺はちょっと休むわ。」

 俺は今後のことを考えたくなり、部屋へと移動しようと立ち上がった。

「あの。」

 俺が部屋を出ようとすると、ハンナさんが俺を呼び止めた。

「あの、できれば、私にも、そのオーソン村の結界の設計図をいただけませんか。」

「良いよ。貸しておくから、自分で写しておいて。」

 ハンナさんは、結構、(たくま)しい。と言うか、自分のやりたいことに対して貪欲なのか。良いことだ。

 俺は設計図をハンナさんに渡すと、自分の部屋へと移動した。

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