2-19.王都
次の日、俺は一人で買い物に出かけた。
ハンナさんには第4騎士団へ伝言をしに行って貰っている。副団長さんへのアポ取りだ。
未だに魔獣の季節が収まっていないため、第4騎士団は王都の近郊でモンスターを討伐中だ。王都に居るわけではないので、ガルガンさんに会うのに時間がかかる。
自分でアポ取りに行っても良かったのだが、第4騎士団の本部と買い物する店の方向が異なっていたため、ハンナさんにお願いしたのだった。
俺は、オーソン村に行くにあたり、ちょっとしたお土産を買いたいと思った。正確に言うと、お詫びの品半分、お土産半分だ。
パーンの家族へ何か、お詫びの品を渡したかった。パーンは死んでしまったのに、俺は生き残ってしまった。俺はそのことを悔やんでいた。だから、せめてものお詫びとして、パーンの家族にちゃんと謝りたい。
残り半分は、ユアンちゃんへのお礼のお土産だ。俺の体が寝ていた時、看病に付いていてくれたのに、村を離れる時は模倣AIの実験があったため、ろくに話もしなかった。と言うか、俺は話ができなかった。ちゃんとお礼を言うべきだろう。
どちらの買い物もハンナさんに相談して決めた。
俺がパーンの家族に何か贈りたいと言うと、ハンナさんが相談に乗ってくれた。
「そう言った話でしたら、魔石壺が良いと思います。」
「魔石壺?」
「パーンさんは、ちゃんと葬送の儀をされたのですよね。遺体から魔石を取り出し、遺体を埋葬するか焼却しましたか?」
「ああ、焼却してた。」
「でしたら、光の精霊様か、火の精霊様を信仰しているんでしょう。」
ヒロモンの世界、最近覚えた言葉を使うならば、円環の地では信仰の対象は神様ではなく精霊のようだ。
ハンナさんによると、世の中、精霊を信仰する教団は無数にあって、メジャーなところが光、風、水、大地らしく、他にも火や雷など様々な精霊信仰がされているそうだ。さらに言うと、光の精霊信仰にしても複数の教団があり、聖光教団と言う円環の地で一番大きな組織もあれば、幸運の光教団のようなものもある。まあ、幸運の光教団も寂れてはいるけど、世界規模で支部があったりする。
そして、信仰によって葬儀の形が異なるとのこと。
きっと、大地の精霊信仰なら埋葬なんだろう。
「遺体から取り出した魔石は、1年程遺族で保管することが多いです。その後、共同墓地に魔石壺を埋葬します。ですので、その魔石壺を贈ると言うのはどうでしょう。」
「そう言うのがあるのか。」
「はい。お亡くなりになられてしばらくは仮の魔石壺に入れておきますが、墓地に埋葬するまでの間に正式な魔石壺を用意するのです。恐らく、まだ正式な魔石壺は用意されてないでしょうから、贈ってもよいんじゃないでしょうか。」
そうか、人が死ぬのは何時だって突然だからな。今は仮のを使っているのか。
そう言った入れ物は、普段、村ではどうしているんだろう。細工師あたりが作るんだろうか。
「魔石壺は、王都ではどこで売っているんだ?」
「そうですね、幸運の光教団でも扱ってますが、教団の印が刻まれてしまってますからね。パーンさんの家の宗派が分からないので、特定の教団の印が無い方が良いですよね。教団に魔石壺を納めてもらっている商人さん、ティフさんって言うんですが、ティフさんのお店が南区に在りますから、地図を描きます。」
円環の地でも、葬式とかは宗派によって違うとか。何とも複雑な気分である。
「それって、いくらくらいするんだろう?」
「値段は色々ですよ。教団の魔石壺のように木製でしたら銀貨10枚くらいです。金属製のものですと金貨1枚くらいはします。高価な金属を使ったり、装飾が凝ったものですと、それこそ金貨何十枚と言う値段のものもありますよ。」
貴族や金持ちが作らせる魔石壺は、なんか凄そうだ。ごてごてな感じ。
「パーンのために買うとすると、いくらくらいのが良いんだ?」
「金貨1枚のもの、高くても2枚以下でしょうね。」
「ありがとう、それくらいのものにする。」
相変わらず相場感は掴めないが、数千円から数万円のものだろう。
魔石壺か、日本で言う骨壺のようなものだ、それくらいだろう。
サイズもそんなに大きなものじゃないだろうし高いものではないだろう。それくらいであれば、無収入の俺でも初期装備品から賄える。初期装備で金貨10枚相当持ってたからな。
ちなみに、ガルガンさんからのクエスト報酬とオーソン村からの日当はまだ貰っていない。ガルガンさんと会えないと貰えないし、村のは次に訪れた時にまとめてと言う話になっているからだ。
なので、現在までの稼ぎはゼロ。食べていけているから良いけど、複雑な気持ちだ。
「ついでに、小さな女の子用に小物も欲しいのだけど、店を教えてくれないか。」
「小さな女の子ですか。何歳くらいでしょう?」
「ああ、5歳かな。村で仲良くなった子が居てね、俺が倒れている時に看病してくれたんだ。」
「それでしたら、綺麗なリボンとかはどうですか。」
「リボン?アクセサリーとかじゃなくて?」
「小さい子ですと、アクセサリーと言うのは大げさですよ。リボンですと髪をまとめるのにも使えますし、持っているだけでも嬉しいですから。」
女の子のことは女性に聞くのが一番だな。
女の子へのプレゼントと考えて、すぐにアクセサリーなんてどうだと思ってしまった。
確かに、ユアンちゃんは子供だもんな。アクセサリーは高価すぎるか。
「ティフさんのお店の傍にもありますよ。地図に書き加えておきますね。普通の衣服屋さんなんですが、扱っている布の品質が良いんです。リボンにしてくださいって言えば、布から作ってくれます。」
さすが女性。
俺はハンナさんに感謝して、ひとり買い物に出かけたと言うわけだ。
俺は未だに王都のことをよく分かっていない。
出歩いていないからと言うこともあるが、オーソン村と違って、大きすぎるのだ。オーソン村だって、一回りするのに3日はかかっている。王都くらいになると、10日でも足りなさそうだ。
地図はないのかと言うと、実は、町の中の地図は持っていない。
以前、鷹野君から手に入れた地図はあくまでも世界地図。地形や大きな街道は書き込まれているが、町は丸印で示されている。何で町の地図はないのかと言うと、町の中は刻々と変化するので、地図と言う形では表せないとのことだった。と言うか、地形や町の場所は大まかなものを初期値として設定したが、後はシミュレーションを回しただけなので、運営が設計した町と言うのは存在しないそうだ。
主要な施設、城とか神殿とかはデザインを決めて配置はしたが、城下町や村の建物の配置をいちいち人手ではやらないということだ。そりゃそうか。人口1万人であれば、1家族4人として2,500軒の家を配置しなければならなくなる。世界人口が100万人だと、25万軒。そりゃあ、コンピューターに自動でやらせるよね。
では、地図を作るには、どうすれば良いのだろうか。
某無料の地図サイトのように、ひたすらカメラで写真を撮りまくるしかない。面倒なことを思うが、円環の地ではプライバシー保護の仕組みが組み込まれているため、運営と言えども何でも自由にできるわけでもないのだ。
例えば、地形データ上の建物をスキャンすれば建物マップくらいは作れる。それだと地図は地形図の一種でしかない。そうするとバード等を使って町全てを撮影させ、看板等で何の建物かを判断する必要がある。それを地形図に全てタグ付けさせていく。
町の地図を作るには、結構な時間がかかると言われた。簡単に入手しようと思うと、自分で描いて作るか、町にあるものを買うしかないと言うことだった。
プレイヤーへのサポート機能として、オートマッピング機能がある。自分が通った道は頭の中に地図が作られる。書士スキル等では地図作成があり、オートマッピングで作成された地図を紙に出力することができるのだ。
まあ、それをするためには町中をくまなく走り回らないとならないので、やりたくないけど。
では、生きた地図が手に入らないとして、自分で見て回った王都はどうだったかと言うと、非常にごちゃごちゃしているなと感じた。
俺が王都に最初に着いた日は、ミホークに連れられて馬車での移動だった。
オーソン村は王都の東にある。
オーソン村から王都への道は、森の中を抜けると開けた草原に出る。
草原の中に、申し訳程度の柵が立てられ、畑とその間に建つ平屋建ての家がぽつりぽつりと現れる。モンスターが現れれば、簡単に壊されそうな貧弱な家である。畑の中に牛か豚の小屋らしきものも見えた。
だんだんと家の数が増え、畑の面積が小さくなってくる。小さい畑ではトマトの様な野菜を育てているようだ。
そして、気付くと、平屋から2階建ての建物に変わり、建物ばかりが密集して建っているのを目にする。王都の外縁である畑の中の家々は木の家に見えたが、街中は木とレンガで建てられている。
町の中の大通りは馬車が余裕ですれ違える幅で、緩やかなカーブを描いて内層の門へと続いている。
内層と外層を隔てるのは、石で造られた分厚くて高い壁である。
幸運の光教団の外層側の事務所は壁沿いにあるので、大通りから少し脇へと入るのだが、こちらの道も馬車が通れるくらいの幅はある。
円環の地では人々の生活は常にモンスターに脅かされている。魔獣しかり、アンデットしかり、ゴーレムのような非生物しかりである。
野生動物ならば人が密集している場所に近寄ることは少ないのだろうが、モンスターは別である。街だろうとなんだろうと、人が居れば襲ってくる。そう言う世界なのである。
そんな世界で人が安全に生きるためには、柵や壁で囲いを作り、中で暮らすしかない。
しかし、囲いを作るには多大な時間と労力が必要だ。王都全体を囲うことは難しい。街を必要に応じて少しずつ拡張していったとしても、人間が住める場所と言うのは小さな空間なのである。
王都の人口が何万人かは知らないが、限られた土地のため住居スペースは小さく、密集することになる。ウサギ小屋の生活なわけだ。正直、オーソン村の方が住居スペースは広い。なにせ、村では一軒家ばかりだった。王都では、見るからに集合住宅だ。
もちろん、内層側は村並みに広々と、いや、村以上に大きな建物が建っている。俺が住んでいる幸運の光教団の建物も無駄に広い。第4騎士団の本拠地も学校並みの敷地と建物だ。そして、歩き回って目に入って来た限りでは、最低でも庭付き2階建ての一軒家、大きいところだと、その家を数軒分の敷地を持っている。
ただ、内層は例外だろう。権力者しか居ないのだから。
外層の外縁部が一軒家だとしても、安全面から最低の生活だと考えられる。恐らく、畑仕事ひとつとっても命がけのはずだ。
下手に外層に住むのなら、オーソン村のような土地に引っ越した方が快適なんじゃなかろうか。家は広いし、結界で囲われた土地なのだから。
そのことをハンナさんに聞いてみた。
「私は王都で産まれて王都で育っているので、他の村の生活と言うのは分からないのですが、私が魔道具職人として独り立ちできたら、どこかの村で発展に寄与するのも良いと思います。でも、今は王都です。王都であれば、色々な工房も人も居ます。自分の技術を磨くには王都に居るのが一番です。」
都会に住む人間の言うことは、どこでも一緒だ。
俺も人のことは言えない。
俺も一人暮らしをしているが、東京生まれの東京育ちだ。地方の生活と言うのを経験したことはない。
北海道でも九州でも、どこか地方都市に積極的に行くかと聞かれたら、きっと行かない。会社から行けと言われれば行くだろうが、自分から行く理由がない。
確かに、地方都市の方が生活費も安く、食べ物もおいしく、家も広くなるだろう。
じゃあ、何で行かないのかと言われたら、東京と言う町が気に入っている。
いや、嘘だ。気に入っているのはあるが、単に自分の生まれ育った町から離れたくないと言うに過ぎない。要は保守的なんだな。
なので、王都の家が狭くて、ごみごみしているとしても、王都の人間に何でどこかの村に行かないのかなどと聞くだけ野暮なことだった。
機械的に描かれた地図は入手が難しく、自分の目で見た範囲はとても狭いとなると、王都ってどんな街だと聞かれると、はてなと首を傾げることになる。
そもそも、俺の以前から研究者たちがわんさかと活動を開始しているのだから、町の情報くらい共有できるようにしておいて欲しかった。無理だけど。研究者たちは所属する会社が異なるし、ハンナさんとまともにコミュニケーション取ることができなかった人間の集団だ。他の人と情報を共有しようと言う発想がなかったんだろうな。
俺が入手した情報は、今度、鷹野君とは話し合ってみよう。鷹野君は、どちらかと言えばミホークとして内層を飛び回っているようだ。だから、俺の外層情報とは被らないんじゃなかろうか。有益な情報交換ができそうだ。
まあ、それはさておき、困ったときのハンナさん情報だ。
王都の構造はハンナさんから聞いたものだ。
本当に大ざっぱなくくりで4つに分けられる。実は王都は川(水路?)の上に作られているそうで、言われて世界地図を確認すると、王都は川の上に丸が付いている。その川の北側を北区、南側を南区と呼んでいる。俺は通ってないので見てないが、ちゃんと、王都内の川もあるらしい(?)。北区と南区における、川の傍の区域を西区と東区と言う言い方をするそうだ。
東区には工房が多く存在し、西区には商業施設が多く存在するらしい。東側は川において上流に位置し、森や山に通じているため資材輸入の窓口になっている。なので職人が多く住みついて居る。一方、西側の川を下る船を使った貿易路の入り口になっている。よって、商人が多く住みついて居るそうだ。東西区域以外の北と南は、職人と商人に加え、内層に勤める役人や冒険者やその他もろもろが入り混じっているようだ。
幸運の光教団は、南区の壁の真ん中辺りにある。壁は南北に楕円形をしているため、王都に流れる川からは一番離れた場所に位置する。東西地区とも距離が遠い。なので、普段の買い物や仕入れは南区で行っているのだ。
ちなみに第4騎士団の事務所は、内層の南東側にある。距離的には200~300m、歩いて5分である。が、5分とはリアルの時間の話。ヒロモン時間で片道30分、往復1時間と考えると、近いようで遠いのだ。
しかし、何度も思うのだが、買い物のために町をリアルタイムで5分も10分も歩き回るゲームと言うのはどうなんだろうか。オービニ王国は北半球にある小さな国だ。一般ユーザーがプレイしている南半球にある帝国は、もっと大きな町のはずだ。歩く距離が半端ないだろう。ユーザーからマップが広すぎると文句来ないのだろうか。俺なら確実に文句を言う。
町から町への移動も、馬車や騎獣を手に入れるまでは徒歩しかない。と言うことは、ダンジョンに行くぞと意気込んで町を出ても、リアルタイムで2時間歩いても着きませんなんてこともあるんじゃないだろうか。オーソン村から王都への道のりも、初回は大変だったもんな。一般プレイヤーは、どうしているんだろうか。
後で調べてみるか。
そんなとりとめもないない事を考えながら紹介された店を巡った。




