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2-16.エーオース

 魔獣(クモ)に襲われてパーンが死んだ。 

 お調子者であったが、自警団の、そして村の未来を担う人材として期待されていた若者である。冒険者に憧れ、ロイスさんに憧れ、いずれは王都に上ることを夢見ていた若者である。一人前になったら村を守ると言っていた。

 模擬戦で戦ったこともある。工夫した戦い方をして、俺もかなり驚かされた。

 そのパーンは二度と目覚めることはない。

 俺はパーンの遺体を背負い、なんとか自警団まで辿り着いた。途中、村人に見かけられていたようで、自警団を始め、各方面に連絡が行っていたようだ。

 自警団に着くと、キャミルさんのみならず村長さんまでが俺を待っていた。

 俺は起こったことを報告すると、駆けつけてきたパーンの家族に謝った。パーンの家族は、悲しみに沈んでいたが、俺のことを責めなかった。むしろ遺体を運んでくれたことを感謝すらしてくれた。

 ヤーゴンさんがパーンの遺体にナイフを当てると、体を切り開き小指大の魔石を取り出した。人間にも魔石があり、魔石が付いたまま遺体を森などに放置しておくと動く死体(リビング・デッド)になってしまうのだそうだ。

 パーンの魔石は家族が大事そうに受け取った。

 オーソン村では、魔石を遺骨のように墓に入れ、遺体は焼却するのだそうだ。

 翌日、村ではパーンの葬儀が行われた。

 ロイスさん達、探索隊も戻ってきた。俺の話を聞き、俺たちがクモと遭遇した辺りを探索することが決まった。子グモが残っていると困るため、見つけ次第、掃討してくるそうだ。

 俺は怪我を理由にビルさんの宿に引っ込み、ログアウトした。

 とにかく疲れた。

 たかがNPCの死と言うかも知れない。

 だが、俺にとってパーンの死は限りなくリアル(ヴァーチャル)な出来事であった。

 パーンの血は赤かった。パーンを背負った時には体がまだ暖かかった。そして、気付いた時には冷たくなっていた。

 パーンの体の中には肉や骨が詰まっていたし、遺体を焼く時の匂いは(たま)らなく(くさ)かった。

 現代の東京に一人暮らしをする俺は、人間の死に触れることなどほとんどない。

 知人が死んだと聞いても話だけだし、親戚が死んだと言っても棺桶の外から見ることしかしない。

 死体に触れ、死の匂いを()ぎ、死の重さを感じることなんてリアルでは経験ないことなのだ。

 パーンと言うNPCの死は、俺にとってはリアル以上に重たかった。

 俺は体を引きずるようにカプセルの外に出ると、そのまま帰宅し、ベッドに倒れ込んだのだった。


 翌朝、出社すると山際さんに呼び出された。

 気づいたら朝であり、若干、遅刻したのだが特に何も言われなかった。

「大変な目に合いましたね。」

山際さんが珍しく神妙な顔つきでいる。

「ええ。」

 俺はそれだけ言った。

「本当は本日くらいお休みしていただきたかったのですが、こちらの事情でそうはいかなくなりました。」

 休む?

 昨日は徹夜明けだった。ログアウトしたら、昼になろうかと言う時間になっていた。仮眠はとっていたが、一晩中、ヒロモンにログインしていたことになる。

 俺はそのまま早退して家で寝ていたのだ。

 昨日、働いていないのだから、代休とか言う考えは頭になかった。

そうか、休めたのか、なんか、IT業界のハードな働き方が身に付いてしまっている自分に気づかされてしまった。

「函崎さんがログアウトされた後、函崎さんのアバターはそのままになっています。」

 俺は言われている意味が分からなかった。

 頭がまだ働いていない。実際、頭も体も重く疲れている。

「通常ですと、ユーザーがログアウトすると、5分後にアバターは消え失せます。そして、再度、ログインした際にホームポイントに現れる。」

 知っている。

 だから、ログアウトするポイントにも気を使わないとならない。

 俺がオーソン村から王都に徒歩で向かった時、わざわざキャンプ地でログアウトしたのは、ホームポイントに設定できる場所以外でログアウトすると、前回のホームポイントでログインすることになるからだ。つまり、キャンプ地以外でログアウトするとオーソン村に逆戻りしてしまうからだ。

「別に今は村のなかに居るのですから、どこでログアウトしても良いんじゃないでしょうか。また村から始められる。」

(おっしゃ)る通りです。しかし、OASISはそうは考えなかった。」

「OASIS?」

「はい。これは初めてのことでして、我々も驚いているのですが、OASISから本件についてコンタクトがありました。」

 OASISってヒロモンの環境構築・管理用のAIだろ。

 どうやって人間にコンタクトを取ると言うのだろう。

「使者が言うには、函崎さんのアバターが消失するとNPCが不自然に思う上に、村に混乱が起きると。なので、眠った状態としてそのままにしておくと。」

 どうやらケージは眠りっぱなしらしい。

「昨日からずっとですか。」

「はい、向こうの時間で5日以上になります。」

 通常のゲームのNPCであれば、目の前から人が消えても何も思わないだろう。実際、一般ユーザーが遊ぶ帝都であれば普通のことだ

 また、転移(ワープ)の魔法が日常茶飯事なゲームの場合も、何も言わずに消えるのはマナー違反かも知れないが、問題はなさそうだ。

 だが、ヒロモンには転移(ワープ)の魔法は一般的ではない。無いわけではないが、個人で使えるものではないようなのだ。

 そして、オーソン村のAIには考える力(じが)がある。

 ケージの姿が突然、目の前から消えたらどう思うだろうか。宿屋でログアウトしたとは言え、姿が見えなかったら捜索隊を出されかねない。

 確かに大事にはなりそうだ。

「OASISって、どうやって話をするんですか?以前のお話ですと、我々と話をする機能はなさそうなのですが。」

「ええ、ですから巫女から話がありました。当然のことながら、世界の仕様やイベントについての調整は定例の場を設けて行っています。しかし、昨日は至急に会いたいと言うメールが飛んできました。」

 巫女もAIである。AIが独自のメールアカウントを発行されていると言うのにも驚きだ。

「AIがメールを送れる時代なんですねぇ。」

「自発的にと言うのは驚いています。我々も、巫女は向こうの世界のNPCと言う位置付けで考えていたので、現実の手段でコンタクトを取ってきたと言うのに驚きました。しかも、今までの運用期間で初めてのことです。」

「それで、何を言ってきたのですか。」

「先ほどの話です。函崎さんのアバターをそのままにしておくと言う件です。それともうひとつ。函崎さんのアバターをOASIS側で操作する実験をさせて欲しいと許可を求めてきました。」

「アバターを操作、ですか。」

「疑似ユーザーAIを作成する計画の話は覚えていますか。」

「ええ、心理テストやら何やらをさんざんさせられた件ですよね。」

「そうです。あれの実験もOASISに手伝わせていたのですが、簡単な稼働テストをしてみたいと要求があったのです。」

「それで。」

「我々はゲーム会社ですから、判断はできないと答えました。一応、疑似ユーザーAIの開発チームからは、まだ早いとは言っていましたが、許可が出るならさせてみたいとのコメントをもらっています。」

「それで、誰が判断するのですか?」

 話を聞いている限りでは、判断保留のままたらい回しになっている。

「それは函崎さんです。」

「俺ですか。」

「函崎さんのアバターの保有権利は函崎さんがお持ちですし、第一、認証の話もあります。」

 ああ、そうかと思った。

 保有権利の話は、これは昨今の法律の話だ。アバターはユーザーの個人資産に近い考え方をされており、他者が改変やら操作なりをすることは禁じされている。アバターの見ているものを管理者と言えどもハッキングできないのと同じ理屈だ。テスト用のアカウントとは言え、キャラクターとしては外観も含めて俺にも権利が発生しているのだろう。

 認証の話は技術的な話だ。一般ユーザーは、単なるIDとパスワードの認証で済ませているが、テストユーザーは端末認証もしている。つまり、ログインするのに、いつも同じ端末からしかログインできないと言うわけだ。

 さらに、俺はカプセルを使っている。カプセルは個人用にチューニングするため、カプセル自体の起動時の認証に生体認証を用いている。

 俺のアバターを操作しようとすると、俺の代わりにカプセルを起動し、カプセルに登録されている認証キーとパスワードを使ってログインする必要があると言うわけだ。

 法的にも物理的にも俺が協力しないと、今の仕組みでは俺以外の他者がアバターを操作することは叶わないというわけだ。

「俺のアバターを使って何をするんですかね。」

「簡単な操作と会話の検証程度とのことです。具体的には、このまま起き上がり、村を出て王都に行くまでをOASIS側で操作したいと言ってきています。」

「俺がするのは、許可を出してログインするところまでですか。」

「実験後、ヒアリングをさせて欲しいとのことです。」

 俺はAIからインタビューを受けると言うのは何と言う冗談だと一瞬思ってしまった。

 イメージは、サーバー機器と向き合ってマイクを向けられている状態である。

「まあ、良いですよ。」

 俺は許可を出した。

 OASIS側で何をするのか興味もあったし、今日は疲れからヒロモンをプレイするのが億劫でもあったのだ。

「分かりました。では、さっそくブリーフィングをいたしましょう。」

 山際さんは、持っていたタブレット端末から会議室のプロジェクターを呼び出した。

 プロジェクターが点灯すると、壁に巫女姿の女性が現れた。

「函崎様。初めまして、OASISの代理筆頭のエーオースと申します。この度は、急なお願いをお聞き入れいただきありがとうございます。」

「いえ、どうも。」

 唐突にAIとの打ち合わせが始まったが、俺は心の準備ができていない。

 焦って、どうもとしか言えなかった。

 壁に映し出されたのは、黒に近い紺色の髪をした、巫女姿の女性であった。神社の巫女がしているように、髪を後ろで纏めている。

 日本人ではないと分かるが、アジア系の風貌をしており、細目で細面の美人である。

 そして、まるで人間にしか見えなかった。CGらしさが欠片もなく、映話をしているのとかわりない。

「さっそくですが、これから行わせていただく検証のご説明をいたします。」

 格好さえ巫女姿と言う非日常的なものでなければ、とてもスムーズに進められるビジネスシーンそのものである。

「山際様から簡単に説明があったかと思いますが、今回、模倣AIユーザーの開発チームでは、いくつかの新しい技術を試験したいと考えております。

 ひとつは、函崎様の思考・行動パターンを模倣したAIの稼働実験。

 ひとつは、試験環境の稼働実験です。」

 説明は滞りなく進む。

 映像コンテンツに出てくる役者のようだ。

 普通、会議ではこんなに堅苦しく、そでも緊張もせずに流暢に話をする人は稀だ《まれ》。

 いや、そう言う人も居るのだろうが、俺の回りには居ない。

「AIの実験につきましては、AIの行動を別のモニターで見ていただき、試験終了後にヒアリングをさせてください。

 AIの言動について、函崎様ならこう答えたはずと言ったコメントをいただくことを想定しております。

 ヒアリングの時間は1時冠程度を予定しております。」

 今まで自分の行動をモニターされていたが、今度は、俺が俺の言動をモニターするのか。

 何ともシュールな感じである。

「次に、試験環境の稼働実験についてですが、簡易な図で説明します。」

 映像がスライド資料に切り替わった。

「本来、函崎様のアバターの操作は特定のカプセルでしか行えません。カプセルに固有に備え付けられた認証用のROMチップがWorld of Heroes & Monsters Onlineを始めとしたゲームコンテンツにおけるカプセルモードの起動キーになっております。

 そこで、カプセル内の認証用ROMを仮想化してみました。」

 いや、そこ、してみましたじゃないから。

 そんなことができたら、カプセルの乗っ取りができてしまうじゃないか。

「もちろん、これは実験と言うことで、カプセルの開発メーカー様にご協力いただいた特別措置です。」

 俺の焦った顔から考えたことを想像したのか、脳内に浮かんだ突込みに回答があった。

「この仮想化された函崎様用のカプセルに、模倣ユーザーAIを接続し、函崎様のアバターを操作する段取りとなっております。」

 そういうことをされないためにカプセルに物理的なROMを付けたと思うのだが、メーカーは何を考えているのだろうか。

 俺には関係のないことながら、本末転倒さ加減に頭が痛くなってくる。

 いや、この頭痛は昨日の疲れを引きずっているだけか。

「ひとつ質問があるんだけど、良いかな。」

 普段、俺は初対面の()には丁寧な口調で話をするのだが、なぜか、今回はぞんざいになってしまっている。

 自覚はあるのだが、理由は分からない。

 まあ、良いだろう。

「はい、どうぞ。」

「カプセル自体を仮想化してしまうのであれば、俺の出番はないのでは?認証キーはそっちでも持っているだろうし、アバターを使う許可を与えたのだから、勝手に操作して良いのだけど。」

「残念ながら、現時点では全てを仮想化できているわけではありません。仮想上のカプセルであっても、起動キーとなるのは函崎様の生体情報です。その際にご協力をお願いします。」

「ああ、なるほど。了解。」

 現時点では、カプセルの乗っ取りはできないと言うことか。

 だからなんだと。

 頭が相変わらず重くて、うまく働かない。

 俺は、エーオースから細かいタイムテーブルを渡され、すぐに実験に付き合うことになった。

 結論から言うと、なんのトラブルもなく実験はスムーズに成功した。

 仮想化されたカプセルは上手く動いたし、模倣ユーザーAIは村人との会話を滞りなく済ませ、無事に王都へと旅立って行った。そして、王都への途上のキャンプ地でログアウトする。

 実験と言うこともあって、平面ディスプレーでヒロモンの世界を見て、キャミルさんやロイスさんと会話するケージは、どこかの映像コンテンツの話のように他人事(ひとごと)であった。まさに()()()()たっぷりの映像だった。

 実験後、エーオースにヒアリングを受けたが、それもまた、どこかガラス越しの出来事のように、実感が湧かないまま終わってしまった。

 聞かれたことも、あなたならあの場面でどのように受け答えしましたかと言った質問で、ある意味、適当に答えればすんだ。


 パーンの死の翌日、何から何まで夢の中のできごとのようだった。

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