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2-15.オーソン村攻防記⑤

「ケージさん、どこですか。」

 俺は視界の赤い矢印を目で追う。

 木の上方、横に延びている枝の上にそいつが居た。

「あそこの枝の上だ。クモだ。」

 クモはクモでもオオグモだ。視覚サポート機能(AR)にはオオアカグモと表示されている。

 大きさは胴体が子猫ほどだろうか、確かにオオグモだ。タランチュラのように太い脚と毛深い全身をしている。

「見つけました。」

 パーンは剣を上に突き出す格好で、慎重にクモの居る木に近づいていく。

 俺も剣を構えながらパーンの後を付いていく。

「逃げた方が良いんじゃないか。」

 俺はスキルレベルは高いが戦闘は素人、パーンもまだ新人で見習いだ。魔獣(モンスター)を見つけたからと言って、無理に戦うこともない。

「大丈夫です。問題ありません。」

 何やら危険な言動だ。

「クモの大きさからして、まだ子供です。この程度でしたらオレでも大丈夫です。それに、今、この場を離れると次に見つけるのが難しくなります。討伐しましょう。」

 小猫サイズで子供か。なるほど、オオグモと言う名前は伊達じゃなさそうだ。

「分かった。充分に気を付けろよ。」

「はい。」

 パーンがクモの居る木のそばに着いた。

 クモは動かない。

 気づいていないわけではない。俺の危機察知(スキル)の反応がさっきより強くなっている。クモが俺たちに気づいているということだ。単に動きがないだけだ。

「ケージさん、あいつを落とせませんか。」

 俺は周りを見渡すと、手頃な木の枝を見つけた。

 忍術スキルに投擲(とうてき)がある。

 俺は枝をクモに向かって思いっきり投げた。スキルに身を任せているので、問題なく命中する。

 どすっという鈍い音がすると、クモが落ちてくる。

 そこをすかさずパーンが詰め寄り、剣を振り回して脚を斬り落とす。切り口からは紫の液体が流れている。

 パーンは続けざまにクモに斬りつける。

 脚を何本かなくしたまま、クモはしぶとく逃げようと俺の方に這ってきた。

 俺はパーンと同じく残った脚を切り落とし、最後に頭を落として止めをさした。

 クモもこのサイズになると動物みたいな感覚だ。毛深いし。

 それでも、見た目が犬や猫と違うのと、斬った感触も硬質だったため、さほど嫌悪感は抱かなかった。

 昆虫系のモンスターを相手にするなら、俺でも戦えるかも知れないと思った瞬間だ。

「クモも魔獣の一種だろ。なんで結界の中にいたんだろう。結界は作動しているぞ。」

 パーンが切り落とされた頭から魔石を回収しているそばで、俺は疑問を発した。

 結界の端に近いのか、森の奥の方にうっすらと膜が見えている。

「子グモは動物と同じなんです。子グモは、まだ持ってる魔力が弱いですから、結界を通り抜けてしまうんです。」

 なるほど、結界はある程度、強い魔獣じゃないと防げないのか。

「オーソン村じゃないですが、他の村で子グモが大量に結界を越えて村の中で成長し、人も家畜も大きな被害が出たという事故の話を聞いたことがあります。」

 それは想像するに怖い事件だ。

「なので、子グモは見つけ次第、討伐しないとなりません。」

 うん、下手すると村が壊滅するもんな。

「子グモを1匹見たら30匹は居ると思えと言います。後で団長に報告してクモ狩りをしないとならないですね。」

 まるでG(ヤツ)みたいだ。

「すぐに自警団に戻るか。」

「いえ、結界の中でしたら親グモは出ないでしょうから、このまま続けましょう。先の様子も見て回ってから報告することにします。」

「わかった。ただし、俺が前を行く。今回みたいに、俺の方が危険を察知するのが早いからな。」

「いや、しかし。」

「俺の方が強いんだから、言うことを聞いておけ。」

 パーンは、しぶしぶと俺に従うことになった。

 俺たちは、クモの死骸に土を被せると、次の結界へと向かった。

 今までとは違い、緊張感をもっての行動だ。パーンもさすがに口数が減っている。

 ロープ伝いに2つ目の結界の限界地点に差し掛かろうと言うタイミングで、俺の視界に再び危機察知(アラート)が表示された。

 視界の左側、森の奥である。

 森の方へ目をやってみるが、木々の重なりで遠くまでは見通せない。少し距離があるようだ。

「パーン、森の奥に何か居るようだ。結界の外だろう。」

 ここは結界の端であり、多少の重なりはあるが、幅は狭くなっている。森の奥に数メートルも行けば結界の外だろう。

「行ってみましょう。」

 パーンは即答した。

「クモかどうかだけでも確認しましょう。」

 パーンは、やたらとやる気に充ち溢れている。

 危険な兆候に思える。パーンは元から冒険者に憧れて自警団に入っている。今まで警備ばかりで、冒険者ギルドへの紹介もロイスさんに止められている。

 ところが、さっきはオオグモを倒した。次もまたオオグモを倒せれば、活躍を認められることは間違いない。早く憧れの冒険者になれるかもしれない。

 パーンの心理状態はとても分かりやすい。

 じゃあ、この場合、どうするかだ。パーンの言うように偵察をしておくべきか、とっとと自警団に戻って報告するか。

 子グモは結界をすり抜けてしまうのだから、これは見に行っても行かなくても関係ないだろう。どうせ後で確認しに来るのだ。

 問題は、親グモが居るかどうか、あるいはクモ以外の魔獣が居るかどうかだ。

 危険だとは思うが、結界のそばでもあるし、早急な確認が必要だろうな。それに、ARに頼れば、少しでも視界に入れば魔獣の種類も分かるようだ。ちら見してすぐに引き返せば大丈夫か。

「わかった。偵察だけしておこう。ただし、俺が先に行く。」

 俺がそう言うと、パーンはすぐに反論した。

「いや、オレが行きます。」

「俺の方が強いし、森の中での潜伏行動も得意だ。第一、まだまだパーンは見習いだろ。」

「そんなこと言ったら、ケージさんなんて自警団ですらないじゃないですか。」

 先ほどよりも頑固に抵抗する。

「猟師のバーネスさんだって自警団じゃないけど、ロイスさんは言うことに従ってただろ。素直に専門家の話を聞いておけ。」

 パーンは悔しそうに(うつむ)いた。

 しかたないな、フォローするか。

「おい、パーン。こういう時はな、俺に任せるところは任せて、俺から技術を盗むんだよ。現時点でできないことは仕方ないからな。じゃあ、できるようにするにはどうするか、目の前に見本があるんだから、参考にするんだ。」

 俺は、本当はこんな偉そうなことを言える人間ではないと思うのだが、社会の先輩としては、後輩を導かないとならない。社会に出ると2年目から先輩と言う立場になってしまう。ましてや俺は社会人6年目だ。言いたくなくても言わねばならぬのだ。

 パーンは顔を上げた。

「はい、ケージさん、よろしくお願いします。」

 なんて素直な奴なんだ。会社()()後輩()に見習わせたい。

「それともうひとつ。何かを発見したタイミングですぐに逃げるぞ。俺たちの目的は偵察だ。余分なことを考えずに、とっとと自警団に戻って報告する。」

「はい。」

 俺が先行して森に入る。俺から2メートルほど後からパーンがついてくる。

 結界を見て回るためのロープ沿いの地面は、けもの道のように踏み固められていたので歩きやすかった。だが本当の森はそうはいかない。

 森は、木が乱立しているため見通しが悪く、足下は草や低木が乱雑に生えていて足場も悪い。高低差もあり、平面ですらない。所々、倒れた木が斜めだったり横だったりに行きたい方向を(さえぎ)っており、ほんの数十メートル進みたいだけなのに思うように行かない。

 それでも、ARで魔獣の気配を感じた辺りはそう遠くはない。すぐに目的の場所らしきところに着く。

 ひときわ背の高い草が茂っている。木が少なく日当たりが良いということだろう。

 この背の高い草の奥に何者かがいるのだろう。嫌な予感がたっぷりとする。

 俺はパーンに、そこで止まるように合図をして、草をそっと掻き分けていく。

 そこは(くぼ)みになっているようで下へと向かって行く。

 ふいに、視界が開けると、目の前に柱が現れた。

「!」

 俺は声が出そうになるのを必死で押さえた。

 目の前にあったのは、馬鹿でかいクモの脚だった。

 一抱えはある太さだ。

 草を押しつぶすようにバス程のサイズの大きなクモの体が横たわっていた。

 俺はしばらくの間、固まったように動けなかった。

 なんとか気持ちを立て直し、後ずさろうとしたそのとき、クモの腹がもぞりと動いた。

 脚や体そのものではない、腹の一部がだ。

 ARはオオアカグモとそれを示した。

 もぞりと動いたそれは、クモであった。

 先ほど倒した子グモと同じである。子グモが親グモの腹から這い出てきたのだ。

 俺は全身鳥肌がたった。おぞましい。

 親グモの腹から出てくる子グモは1匹ではなかった。何匹も這い出てくる。

 そう、子グモは親グモを食べているのだ。

 科学系のコンテンツや話で、虫の中には親が孵化した子供の餌になるものがいることを聞いたことはある。しかし、目の前でそれを、しかもバスと子猫の大きさで見ると、おぞましさを通り越して恐怖であった。

 俺が硬直していると、ふと、子グモの1匹と目が合ったような気がした。

 いや、気のせいではない、子グモのうち何匹かの動きが止まった。

 瞬間、俺の体は素晴らしい瞬発力を発揮し、来た道を逃げ出した。

「パーン、逃げろ。」

 俺は走りながら叫んだ。

 俺が草を抜けると、驚いた顔のパーンが突っ立っていた。

「いいから逃げろ。」

 俺はパーンの脇を通り抜け、そのまま村の方へと走る。パーンもすぐについて来る。

「ケージさん、どうしたんですか。」

「クモだ。さっきの子グモが大量に居る。」

 俺が言いながらパーンを振り返ると、その後ろから子グモが何匹も追ってくるのが見えた。

 蜘蛛の子を散らすとか言うけど、子グモはちっとも逃げる気がない。俺たちを襲う気満々である。

 しかも、足が速い。こっちは足場の悪い森を必死に進んでいると言うのに、クモにとっては足場は関係ないように追いついてくる。

「くそ。」

 俺は、クモの最初の1匹が追いつこうかというタイミングで立ち止まると、剣を突き出した。

 見事、頭に突き刺さる。

「パーン、先に行って人を呼んで来てくれ。俺は少しだけ食い止めてみる。」

 すぐに2匹目から5匹目くらいが追いついて来た。

 その後ろにも何匹も見えている。

 このまま村に戻ったらクモも連れ込んでしまう(注)。

 パーンは一瞬の躊躇(ちゅうちょ)の後、すぐに駆けていく。

 俺はスキル任せにクモを退治する。動きは早いが、サイズは子猫ほどだ。的は大きい。2匹目と3匹目は順当に刺殺した。

 しかし、そこまでだった。

 3匹目の頭に剣を突き立てたところで、その上を越えて4匹目が飛びかかってきた。

 俺は反射的に剣から手を放してしまった。

 そうなると後は子グモに次々と飛びかかられてしまう。

 鎧を着ているとは言え、簡易なプロテクターのようなものだ。太腿や二の腕は保護されていないし、首も保護されていない。思いっきり右太腿に噛みつかれてしまった。

 激痛が走った。

 なんでこんなに痛いのかと疑問に思う暇もなく、何とか首と顔だけはと思ってクモを振り払おうとするが、あまり効果がない。

 やばい、このまま食い殺される。

 ステータスにも怪我と言う文字が点滅している。

 俺がじたばたしていると、不意に顔にのしかかっていたクモが居なくなった。

「ケージさん、大丈夫ですか。」

 パーンだ。

「馬鹿、逃げろと言っただろ。」

 俺は足に張り付いてたクモをもう一方の足で蹴り飛ばすと、パーンの手を借りて立ち上がった。

 クモは俺たちの周りを取り囲んでいる。ARを見るまでもなく、完全包囲状態だ。クモの数は20や30は居るんじゃなかろうか。

 右足はずきずきと痛むし、剣は持ってないし、パーンは戻ってきてしまうし、手詰まりも良いところだ。

「なんで戻ってくるんだよ。」

 俺は怒鳴った。

「俺の方にもクモが迫って来まして、追いつかれることが分かりました。このまま逃げ切っても、村にクモを連れて帰ることになるので、ケージさんと一緒に戦った方が良いかと思いまして。」

 思いましてじゃないよ。

「しかたないから、戦うぞ。」

「はい。」

 俺はザックからナイフを取り出して身構える。

 クモ共と目が合う。ダメだ、勝てる気がしない。

 クモがじりじりと迫ってくる。

「うわっ。」

 背後でパーンが声を上げた。パーンの顔にクモが貼りついている。

 どうやら、クモが上から飛びかかって来たようだ。

 パーンからクモを引きはがそうとした途端、今度は俺にもクモが飛びかかってきた。

 俺とパーンは二人とも地面に転がされ、クモに(たか)られる。

 俺はナイフを使ってなんとか噛み付かれるのを防ぎつつ、パーンの方を見ると、血まみれになっているのが目に入って来た。

 やばい、冗談じゃなく、やばい。

 とは言え、何もできない。

 俺は焦りつつ、体を常に動かして致命傷を負わないように必死で腕を振り回し、足をばたつかせる。それでもどうしようもなかった。

 何とかできないかと必死で考える。

 パーンの体の動きが弱ってきているのを感じる。

 そして、木の上のアイツを見つけた。監視カメラ(クロスケ)だ。

 クロスケのやつは、俺たちが食い殺されようとしているのを冷静に見つめ(さつえいし)ていた。

 俺はクロスケに殺意を覚えつつも、クロスケの特性(わざ)を思いだした。

「クロスケ、増殖!」

 俺の視界にあるクロスケ・アイコンの数字がものすごい勢いで増えていく。木の上からクロスケが降ってきて、地面一杯に転がり、溢れていく。

 クロスケの増殖は、召喚者(おれ)の魔力を1消費するごとに1匹のクロスケを生み出す。俺の魔力は無限だ。いくらくらいなど考えもせずに魔力を投入し、一気にクロスケの数を増やす。

「クロスケ、自爆だ!」

 俺は地面に転がり、複数のクモに()()かれながら必死で周りを見渡し、クモをターゲッティングしていく。

 クロスケは雪崩を打ったようにクモに襲いかかっては消滅していく。

 クモがどんどん動かなくなっていく。

 クロスケの自爆攻撃は、相手の魔力を1奪う。魔力を持つ生物は、魔力がゼロになると一時的に意識を失う。

 一瞬だったのか、それなりに時間がかかったのか、俺の視界に動くクモが見えなくなった。

 俺は体の上のクモを腕で()けると、重い体をなんとか動かし、ザックから医療キットを取り出す。スキルを付け替えると、自分自身を治療した。

 ステータスが治療中に変わっている。

 本当は横になりたかったが、なんとか立ち上がり、パーンの方へと向かう。

「おい、パーン。大丈夫か。」

 俺はパーンの体に噛み付いているクモにナイフを突き立て、引き剥がしていく。クモは9匹も群がっていた。

 パーンは首からどくどくと血を流しており、意識もあるのかないのか分からない。

 俺はとにかく治療を行う。

「パーン、しっかりしろ。」

 俺はパーンに呼びかけながら、体中の傷に治療を使っていく。

 パーンは体中が包帯に巻かれているような状態だ。

「おい…。」

 それでもパーンから返事はない。

 俺は、認めたくなかった。

 視界には、「パーン/死亡」と出ている。出ているが、認めたくなかった。

 これはゲームであり、医術スキルでも人を生き返らせることができる世界だ。ただし、死者蘇生を施すには医術スキル90レベル以上が必要だ。たったレベル50の俺にはパーンを蘇生する(すべ)はない。

 パーンと言う一人の若者は二度とこの世界で目を覚ますことはないのである。

 俺はパーンに包帯を巻き続けた。だが、何も起こらない。

 後ろで、かさりと言う音がした。

 見るとクモが(うごめ)いている。魔力切れによる気絶状態から回復してきたようだ。

「増殖!自爆!!」

 俺は再び全てのクモにクロスケをぶつけた。

 俺はよろけながら転がっているクモ共の方に向かうとナイフを突き立てた。

 クモはたくさん居る。全てのクモを殺さなければ。

 俺がナイフを突き立てるたびに涙が勝手に出てきて、だんだんと声まで出てきた。

 俺は泣き叫びながら、クモにナイフを突き立てる。

 ナイフも、手も、体中がクモの体液で紫に染まっている。顔は涙でぐしゃぐしゃだ。

 自分が何のためにクモにナイフを突き立てているのか分からなくなった頃、どうやら最後のクモを殺したようだった。

 俺の体は相変わらず慟哭を続け、それを俺の意識のどこかで冷静に見つめ、そして意識の大半は呆然としていた。



注:かの有名なトレインと言う行為。ゲームでは違法ではないが、マナー違反。村人からも嫌な顔はされるだろうけど、犯罪行為ではない。

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