1-23.オーソン村からの出立
「こんにちは、遅くなりました。」
俺は入り口で声を掛け、ヤーゴンさんの家に入って行った。
時間はお昼を少し過ぎている。
いつもならご飯を食べ始めるタイミングだ。
「ケージ、遅い!」
ユアンちゃんが文句を言いながら飛び出てきた。
言葉で文句を言いつつ、俺に飛びついてきて、腕の中に収まった。
「ごめん、プリウムさんと団長さんに会ってきたんだよ。お弁当を持ってきたから、一緒に食べよう。」
「うん、おじいちゃん呼んでくる。」
ユアンちゃんは、するりと俺の腕の中から降りると、奥の部屋へと走って行った。
ユアンちゃんがヤーゴンさんを呼んできて、仲良くお昼ご飯となった。
「午前中に自警団の本部と細工師のプリウムさんの所に寄って、挨拶を済ませてきました。」
ヤーゴンさんには俺が明日、村を出ることは話してある。
「いよいよ明日ですか、寂しくなりますな。」
「そう言っていただけると嬉しいです。」
ヤーゴンさんがユアンちゃんの方に目をやる。
つられて俺も目を向けると、ユアンちゃんと目があったので思わず微笑んでしまう。
「あと、明日からはお弁当の宅配はなしですからね。」
「ははは、今までお世話になりました。明日からは、また散歩がてら、ユアンと一緒に店に行きますよ。」
普通、自宅で料理をするのだろうが、ヤーゴンさんは外食が多い。ヤーゴンさんは致命的に料理が下手なのが理由らしい。薬の調合は出来るのに。
お金がかかって仕方がないと思うが、そこは薬師。村の怪我から病気から一手に引き受けているらしく、食べていくのに困りはしないらしい。実際、俺がユアンちゃんと遊んでいても、何人もの人が薬を買いに来ていた。
「そう言えば、ここから王都まではどれくらいの距離なんですかね。」
俺がそう言うと、ヤーゴンさんは呆れたような、少し驚いた顔をした。
「ご存じありませんでしたか。」
「ええ、村の西側の街道を行けば突き当りが王都だとくらいしか。」
「徒歩ですと街道を行けば大体2日から3日の行程ですな。途中、3か所ほど広場が作られてますので、そこに泊まることができます。街道と広場には結界が張られていますから、滅多に魔獣は近寄って来ません。安全に旅が続けられると思いますよ。」
聞いておいて良かった。
地図はあるが、縮尺が実感として分かってなかったのもある。そして、俺はありがちな勘違いをしていた。
地図の上ではオーソン村と王都は目測で15から16kmほどである。その程度であれば、1日で行けると思っていたのだ。時速4kmだとして約4時間。休憩を入れつつ歩いても、大したことはないなと。
だが、リアルの4時間はヒロモンの24時間である。ヒロモンの人たちは、普通、夜通し歩いたりしないのだろう。
リアルで考えると、2時間歩いて、1泊して、もう2時間歩く。これはこれでかったるいが仕方ない。
「ありがとうございます。話を伺ってなければ、丸一日歩き続けるところでした。」
「昼夜問わず歩くと言う人も、冒険者の中にはたまに居ますがね。普通は、2日はかけて行きますな。」
そうすると、ケイトさんに2日分の食糧を頼まないとな。
明日出るので、お弁当をお願いしますとしか言っていない。
「2か月に1度、王都と村を結ぶ馬車の定期便が出てましてな。それを使うと半日で着くのです。王都に用がある村人は定期便に合わせて出かけることが多いですな。」
「魔法のかかった馬車だと聞きました。すごいですよね。」
「そうですな。魔法のかかっていない馬車の2倍の速さのようですな。そんな馬車があるほど、オーソン村が特別だと言うことです。」
「特別なんですか。」
「この話もご存じありませんでしたか。村全体が魔獣除けの呪いがかかった柵で囲われていたり、結界のかかった街道で王都と結ばれていたり、不思議だと思いませんでしたか?」
「不思議だとは思っていましたが、もしかしたらオービニ王国全体がそういうものなのかもと思ってました。魔道具も発展しているようですし。」
「魔道具の発展は土地柄でしょうな。魔道具を使うには魔石が必要となりますが、国の東側には大森林がありますから。」
魔石が多く取れる環境にあるとは、魔獣が多く出る土地柄と言える。
そして、魔獣が出るので、村を作るには結界が必要となると。
「それで、どう特別なんですか。」
「この村は、王都に管理される開拓村なのです。」
半分、なるほどと思った。
自警団に騎士団や冒険者から人を募集したり、村長は居るようだが、村をおさめる領主や貴族の話をまるで聞かなかった。
何より、村は比較的最近にできて、発展途上のような話を聞いた覚えがある。
疑問があるとすれば、たった500人程度の規模のようだが、そんなものなのだろうか。
「王都はレート川を跨ぐように発展した都市でしてな、城壁で囲われた中央部の周りは田畑が広がっているのです。田畑の広さは、年々、王都の人口が増えるにしたがって広がっています。」
いわゆる都市国家というやつだ。
恐らく、人口増加のスピードが城壁や町の整備スピードを超えていて、田畑が周りに広がって行ってしまっているのだろう。
「開墾できる土地が足りなくなったとかですか。」
「いえ、王都はまだまだ広がり、発展しているみたいです。30年程前のことですが、植物の疫病が広まりました。厄介なことに、疫病にかかった植物を食べた人間や家畜までが体調を崩し、死者もかなり出ました。疫病が治まった後、王都から離れた場所に農村を建てようと言う話が持ち上がりまして、この村を含めていくつかの村が作られたのです。」
なるほど、リスクヘッジと言うわけか。
それにしても、ヒロモンは凄いな。疫病なんてものまであるのか。
「その時作られた村々はクリント川沿いにありましてな。このオーソン村は、一番、新しい村なので、まだまだ小さい村です。」
「それにしても領主様がいらっしゃらないのですね。」
「そうですな。領主様と言う意味では王都の商人ギルドと言うことになるでしょうな。」
「ギルドですか。」
「王都に管理されていると言うのも、村を作るのに必要な費用を商人ギルドが出資しているからなのです。王様や貴族様の命令ではないのです。当時、商人ギルドの幹部で、今はギルド長をしておるセトと言うのがおりましてな、セトが音頭を取って生産拠点を増やそうと村を作ったのです。」
たかだか商人が村を作ることなどできるのだろうか。貴族が邪魔しそうなイメージなのだが。
「村を作ってしまうと言うのは大胆なことだと思います。かなりのやり手なんですね。」
「なに、単に悪知恵が働くだけの泣き虫ですよ。商人と言うのも、商品が手に入らなければ商売もできないですからな。」
「そのギルド長とはご知り合いなのですか。」
「小さいころ、家が近所だっただけです。年齢が2つばかり下でしてな。子供のころは、よく一緒に遊んだものでした。今では便りを出すこともなく、会うこともありませんけどね。」
俺もギルド長などと言う人とは会う機会がなさそうだ。
ヤーゴンさんは、さすが村の名士だ。色々なことを知っている。
出会ったときは病気で臥せっていたからしようがないのだが、もっと色々と聞ければ良かったな。
ユアンちゃんは、早々に食事を終えて、俺の膝の上で大人達の会話を真面目な顔して聞いていた。
あまり大人の話ばかりしていても退屈だろうからと、ユアンちゃんを連れ、いつものように庭に向かった。
この庭でユアンちゃんと遊ぶのもこれで最後かと思うと寂しいものがある。
もちろんユアンちゃんと今生の別れにするつもりはないが、当分は会えなくなるのは確かだ。
「今日はね、ユアンちゃんに良いものをプレゼントします。」
俺は庭の端に生えている白い花をたくさん摘むようにユアンちゃんに指示を出した。
シロツメクサだ。
俺の植物学スキルで鑑定したところによると、リアルと同じ名前のようだ。
「よし、いっぱい摘んだら一緒に編むよ。」
そう、俺はシロツメクサの花冠を作ろうと思ったのだ。
花冠くらいなら生産系のスキルを使わずとも作れる。俺のリアルスキルで作ったものをひとつくらいプレゼントしておこうと思ったのだ。
茎を長めに摘んだシロツメクサを3,4本束ね、別の1本をくるりと巻く。花をつめて、また茎のところに一本加えてくるっと巻く。これをひたすら繰り返す。
花の束が充分に長くなったところで、輪を作ってできあがりだ。
「はい、花冠だよ。」
俺はユアンちゃんの頭にちょこんと載せてあげた。
「わあ、お姫様みたいだね。」
ユアンちゃんは、ちょっと照れながら笑ってくれた。
めんこである。
次は、ユアンちゃんの手を取り、一緒に作る。
ユアンちゃんは素直でチャレンジ精神旺盛な子なので面倒をみるのがとても楽しい。
独楽にしろ、お絵かきにしろ、俺が教えることは何でも根気よくやってみる。
4歳児に花冠は難しいとは思うのだが、実に真剣に取り組んでくれる。会社の若い連中にユアンちゃんの爪の垢でも煎じて飲ませたい。
不格好ながらも、ユアンちゃんと一緒に作った花冠ができる。ユアンちゃんは俺の頭に載せてきた。
「よし、あとはお祖父ちゃんの分も作っちゃおうか。」
「うん、そうする。」
俺とユアンちゃんは、一緒になってまた作り始める。
次に作った花冠は、俺の頭の上に載っているものよりも上手くできた。
その他に同じ作り方で腕輪や首飾りも作ってみた。
いろいろと花の作品が出来上がると、時間も夕方となっていた。
ユアンちゃんにお別れを言うタイミングが遅くなってしまった。子供相手だと、どうしても優柔不断になってしまうようだ。
俺には姪っ子が居る。盆と正月くらいしか会う機会がないため、姪っ子に構ってもらうために涙ぐましい努力を重ねている。姪っ子の好きなアニメを観たり、好きな歌手の歌を振り付きで覚えたり、もちろん、貢物も忘れない。それほどの努力をしても、姪っ子に構ってもらうことは滅多にない。
一方で、他の親戚の男の子達にはモテたりする。体を動かした遊びに付き合うだけで意気投合できてしまうあたり、女の子よりも男の子の方が安いものである。
ユアンちゃんのように、女の子で俺に懐いてくれていると言うのは余りない状況と言える。
俺がぐずぐすとしていると、ユアンちゃんが俺に話しかけてきた。
「ケージ。ケージがお出かけしちゃうと寂しいな。」
4歳児に先を越されてしまった。
「ケージも村に住めば良いのになぁ。」
俺はユアンちゃんの頭をそっと撫で、話して聞かせる。
「俺もユアンちゃんを置いて村を出るのは寂しいよ。でもね、王都に行ったり、他の村や町に行ったりするのが俺のお仕事なんだ。だから、俺は明日、村を出るよ。」
ユアンちゃんはとても悲しそうな顔をする。
目から涙が零れ落ちそうだ。
「でもね、ユアンちゃん。また、この村には戻ってくるよ。」
「いつ来てくれる?」
王都で何をするか分からない、次にどこに行くのかも分からない。
しかし、先ほどの話では、丸1日歩けば移動できると言うし、定期便に乗ることができれば半日で着くのだ。
王都に居る限り、すぐにでも来られるはずである。
「秋には来るよ。そして、秋までにも1度、来るよ。」
ユアンちゃんは、なんとか泣くのをこらえた。
「ケージ、約束だよ。ちゃんと来てね。」
「うん、約束しよう。」
俺はユアンちゃんの目を見て頷いた。
「私、ケージのお嫁さんになってあげる。」
唐突にプロポーズされてしまった。
「そしたらね、ケージも一緒に住もうね。」
「ユアンちゃんが、もっともっと大きくなったらな。」
ユアンちゃんは不満げだが頷いた。
ユアンちゃんは聡明な子だ。きっと、俺と結婚すれば、俺が次は出て行かないようになると考えたのだろう。
親戚の子を思い返すと、4歳くらいの男の子など、さて帰りますかと家を出るタイミングで泣き出すものだ。事態が起こってからじゃないと気が付かない。
ユアンちゃんは、俺が出て行くことを察していて、一緒にいると嬉しいなと言って引き留めた。さらには、次に来たときにも出て行かないようにと布石を打とうとしたのだ。
なんと聡い子なんだろう。
また、そんなにも懐かれていると思うと、非常に嬉しくなってしまう。
姉にダメ叔父とか、叔父バカとか言われるが、ユアンちゃんに対してもダメさ加減全開になりそうだが、そこはグッと堪える。
俺は、、明日の朝、ユアンちゃんが見送りに来てくれると言う約束をしてから宿に帰った。
次の日の朝、俺は村を出た。
ヤーゴンさんとユアンちゃんが朝早くから宿に来てくれた他、ビルさん、ケイトさんと出発前の最後のお茶を飲んでいる間に、ロイスさんも訪ねてくれた。
3週間ほどの期間に、こんなにも仲良くなれたのかと思う。仲良く思われていたのかとも思う。
また来ますと改めて約束し、俺はオーソン村を出た。
小説やドラマだとここで切れて、次回からはいきなり場面転換してくれるのだろうが、実際はそうはいかない。
俺はリアルに4時間近く、ひたすら歩き続けた。ヒロモンの住人がやらないだろう、一昼夜歩き通しプランである。
王都への街道は森の中を通っているため、見た目は余り変化がなく、ひたすら歩くだけである。
転移魔法のような便利なアイテムは持ってないし、乗り物的なモンスターカードも持っていない俺の移動手段は徒歩だけである。
村を出た所でログアウトしても、次回のログイン時に、結局は4時間分歩かないとならないのだ。
ヒロモンはリアルさを追求するのも良いが、移動の大変さはたまらない。
今日は、午前中の感動的な業務(?)の後、午後のひたすら歩くだけ業務と言う日であった。
間延びした一日であった。




