1-22.あいさつ回り
ロイスさんとの訓練後、ログアウトすると2つの点で大変なことになってしまった。
ひとつ目は、俺の体の状態だ。あれだけ殴られたり蹴られたりしたのだから体中痣だらけかと思いきや、1か所を除いて何ともなかった。当たり前だ。当たり前だが、ちょっとだけ異変が見つかった。左の掌が赤くなっていた。火の弾を払い落とした個所だ。ただ、気を付けて見れば赤いかなと言うレベルでしかない。それでも医務室へと連れ込まれ、診察をされてしまった。
ふたつ目は、研究者のチームだ。ロイスさんやパーンが使っていた軽鎧の改造が今までに例を見ないものだったようだ。オリジナルのデザインには存在しないものらしい。明らかにAI化されたNPCが独自に生み出した工夫だとのこと。戦い方もそうだ。改造した鎧に仕込んだ魔法カードを発動させるなど、従来のNPCには組み込んでいない戦闘方法だった。と言うか、俺よりも先行してヒロモンを始めているのだから、そういう事例をたくさん見ているんじゃないのですかと言いたい。
結局、その日の午後は再度ログインはできなかった。
身体検査やカウンセリングについては、元から週の後半に予定されていたものがあるので、そっちで細かく診ることになった。
研究者のチームの方は、特に俺が取るべきアクションはない。単に周りが騒いでいるだけだ。
周りのせいで自分の仕事が何も進まずに無駄に疲れる、そんなことは社会人になれば良くあることだ。
納得は行かないが、それが社会と言うもので、諦めるしかない。
さて、次の日、ヒロモンの世界はヒロモンの世界で大変だった。
俺が村を立つのは翌日であったが、村で知り合った人たちへの挨拶まわりをしたからだ。
最初に細工師プリウムさんの所に寄った。
プリウムさんは、俺の顔を見るなり試作品を見てくれと言ってきた。
前回、花をあしらったデザインの話をしたので、さっそく試してみたのだろう。
それは、小さなテーブルと言うか、腰ほどの高さの台だった。一抱え程度の大きさの円形の天板を一本脚が支える形状だ。
木を組み合わせただけの簡単な作りであったが、天板には小さな草花が彫られていて、なんとも可愛らしい作りになっていた。
「ケージさん、あんたに聞いた話を自分なりに考えてみたんだ。ケージさんは、自分の故郷で人気のあるウメやサクラを日用品に彫刻すると言ってた。この辺で人気のある花と言えば、月雫なんだ。なんで、月雫の花をあしらってみたんだ。どうかね。」
「へえ、良いじゃないですか。とても可愛らしい。」
「そうだろ、そうだろ。自分でも言うのもなんだが、結構、上手くいったんじゃないかと思っているんだ。」
プリウムさんは嬉しそうに笑いながら続けた。
「村長の奥さんに台を作ってくれと頼まれた時にな、この細工を思い付いたんだ。村長の奥さんは、貴族様の持ち物じゃないのに彫刻なんてと言っていたけどな、値段は変わらないと言ったら即了解さ。現金なものだよな。」
そうか、普通は細工など施したら値段は上がるだろうからな。
「ひと手間かかる分、大変じゃありませんか。」
「ああ、良いさ。半分は練習みたいなものだからな。村の連中から頼まれたものは、金は取らずに彫刻をしていこうと思っているんだ。むしろ、この村に月雫の花をあしらった家具や小物が増えて、定着すればと思っているんだ。何しろ新しい村だからな、名産…とも違うな、象徴みたいなものになってくれないかなとかなんてな。」
プリウムさんは真剣な顔で熱く語っていた。
「とても良いことだと思いますよ。月雫の花か。俺も本物を見てみたいですね。」
「残念だな、本物が咲く時期は秋なんだ。ケージさん、秋になったらまた訪ねて来てくれよ。そしたら本物も月雫も見られるしな。」
「そうですね、今度、この村に来るときは秋の季節に合わせるようにしますよ。」
「うん、それが良い。」
プリウムさんと俺はがっちりと握手をしながら再会を約束し、俺は建物を出た。
RPGと言うものは意外と同じ町を何度も訪れるものだ。
ただ、秋にと言うのが忘れそうだったので、頭の中でメモをしておく。
文字通りのメモ機能の利用だ。
ヒロモンでは、なぜかカレンダー機能が付いている。例えば、今日であれば「帝国歴0539年04月28日」となっている。ここは王国なのに帝国歴とは如何に。まあ、単にゲームで通常ログインするのが帝国領なので統一規格として帝国歴を使っているのだろう。
このカレンダー、日常で使うウェアラブルコンピュータのものと同程度の機能を持っている。スケジュール管理、ToDo管理、日記、プレイログの自動記録などである。スクリーンショットを撮影したらカレンダーに自動的に貼り付けられるのでアルバム代わりにも使えたりする。
今まで俺は、あまりメニューを見ていなかったので気づかなかった。どちらかと言うと、ヒロモンがゲームと言うことを忘れ、ゲーム本来の機能には目を向けていなかった。ところが、週末にどこかの誰かのヒロモン・プレイ日記を読んでいてゲームとしての便利機能があることを知った。今更感があるが、知らなかったものは仕方ない。
俺は、プリウムさんの姿をスクリーンショットにおさめ、コメントとして、秋に月雫を見せてもらう約束ありと記述しておいた。ToDoリストにもリンクを貼り、秋にオーソン村を訪れるとも記述する。
俺は細工師さんの所の次は自警団を訪れようとしていた。
自警団は細工師さんの所の通りの向かいにある。
ふと気づいたが、俺はメモをとるのに通りの真ん中に突っ立ていた。ここは田舎の村なので良いが、傍から見るとぼうっとしているように見えるだろう。
俺は自分のしていることに苦笑いをした。
グラス(俗称スカウター)が登場したばかりのころ、ディスプレイ情報に集中してしまい、道の真ん中で立ち止まる人が増えたらしい。
今の俺たちの世代は、物心ついたときからグラスを始めとしたウェアラブルコンピューターに囲まれていたため、操作に夢中で体が疎かになるようなことは滅多にない。
なのに、今は、それをしてしまった。
俺はヒロモンの世界に馴染みすぎな気がする。しっかりしないとな。
俺は心の中で気合いを入れると、自警団の本部へと入っていった。
「こんにちは。」
受け付けは知らない人だった。
この村、小さな村のくせに自警団員が多いのじゃないだろうか。まあ、何人が適正なのかは分からないけど。
俺は、名前を名乗ると、団長さんの部屋に勝手に行けと言われた。
今日は、俺が知っている人たちは見回り中らしい。間が悪いことだ。
「おお、ケージ殿か。ワタシと戦うために来たのか。」
団長さんは、にやりと笑った。
「いえ、今日はご挨拶に。」
「ほう、ロイスとはやり合ったのに、ワタシではダメなのか。」
昨日のは業務命令ですと言いたかったが、言っても意味のないことだ。
「明日、この村を立つ予定でして、あちこちに挨拶に回っているんです。」
「なおさら、今、まさにどうだ?ワタシとやらんか?」
まるで肉食系女子に襲われているようだが、色っぽい話じゃないところが残念だ。
俺が断り方を考えていると、団長さんがふふっと笑った。
「冗談だよ、ケージ殿。ケージ殿の不思議な技は見せてもらったしな。本当は教えを受けたいところだが、旅人にお願いするのは難しいのは分かっている。」
そう言えば、スキルの継承は1ヶ月の修行だったか。
修行って何をするのか知らないが、1ヶ月は無理だな。
リアルの時間で考えても、2週間以上は一緒にプレイしないと無理なんじゃないだろうか。
上位格闘スキルの獲得は、難易度が高そうだ。
それよりも気になるのは、NPCに対してスキルを教えることができるのかと言うことだ。
誰に聞けば分かるのだろう。
「俺も皆さんの戦い方は興味があったんですけどね。」
お世辞ではなく、本当に。
「あれはな、オービニ王国流戦闘術と言うんだ。オービニ王国の騎士団で発達した戦闘術だ。戦の中で発展し来た戦闘術なんでな、剣術の他、無手の技もある。まあ、素手ではケージ殿に全くかなわなかったけどな。」
「ぎりぎりでしたよ。」
「ケージ殿と優劣を決めたかったわけではないし、大丈夫だよ。ジュージュツを見せてもらった。相手を投げ飛ばす技を見たのは初めてだ。面白い経験だったよ。」
団長さんはバトルマニアとは言え、戦うことが好きなだけでもないらしい。格闘技マニアのような雰囲気を感じる。
これは予想でしかないが、格闘ゲームマニアの山際さんと話が合うのでは。
山際さんと団長さんが居酒屋で格闘技について熱く語っている姿を妄想してしまった。
「ちょうど良い、ケージ殿には渡したいものがあったんだ。」
団長さんが机から丸められた羊皮紙を取り出した。
「何ですか、これは。」
「王都の騎士団のな、第4部隊にガルガンと言う男が居る。無骨だが面倒見の良い男でな。手紙ついでにケージ殿も紹介しておこうと思ったのだ。」
「紹介ですか。」
「うん、騎士団に居るからな、ケージ殿がオービニ王国流戦闘術に興味があれば見せてもらうこともできる。興味がなければ、手紙としてそれを届けてくれれば良い。」
俺の居るテスト環境には、クエストとかは無いそうなのだが、通常だったら手紙の配達クエストとかなのだろうか。
「分かりました。団長さんもロイスさんも元気だとお伝えしておきましょう。」
「あー、ロイスのことはいい。むしろ、まずいかな。」
団長さんの目が泳ぎ始めた。
「ワタシは元気でやってるとだけ答えておいてくれ。」
俺は大人の事情かなと思い、あえて聞いてみた。
「もしかして、昔の恋人ですか?」
「違うよ。兄と言うか、父親のように面倒を見てくれた人だ。ワタシが騎士団に入るために色々としてもらったり、入ってからも面倒を見てもらったんだ。ただな、ロイスとは仲がよろしくないと言うか…。」
「ロイスさんは嫌われるような人ではないですよね。ガルガンさんって気難しいとかですか。」
「いや、そうじゃない。元から騎士団と冒険者と言うのが仲が悪いんだ。冒険者ってのは町中で悪さするのも多いからな、騎士団の中には冒険者をゴロツキのように思っているのも多い。その中でもガルガンは冒険者には比較的寛容な方なんだ。ただ、ワタシがロイスと結婚したり、結婚を機に騎士団を辞めたりと色々あったので、どうしてもロイスとは仲良くできないでいるんだ。」
娘を取られたお父さんってことか。
「分かりました、話題には気を付けます。」
ガルガンさんとやらの前でロイスさんや冒険者のことを褒めたりしたら、殴られそうな気がする。
と言うか、手紙を渡したら近寄らないようにしよう。
俺は、覚えたばかりのメモ機能を脳内で使った。
「それにしても、手紙は前もって用意していたんですか。」
「ケージ殿が村を立つことは聞いていたからな。宿にでも訪ねようと思っていたのだが、挨拶まわりとはケージ殿も律儀だな。」
「お世話になりましたからね、突然居なくなるのも何かと思いまして。」
「そう言うのを律儀と言うんだよ。王都に行った後はどうするんだ。」
「何をするとは決めてないのですが、知り合いも居ますし、長めに滞在しようと考えています。」
「ほう、王都に知り合いが居るのか。どこの方か聞いて良いか。」
「良いですよ。俺の知り合いは、協会の方にお世話になっていると言っていました。何をしているかは知りませんけどね。」
「どこの宗教だ。」
「幸運の光です。俺は信者じゃないんですけどね。」
「なるほど、商売の神様か。その知り合いもヒノモト国出身なのか。」
そうきたか。
どういう設定で動いているのか分からない。適当に決めるしかないな。
「ええ、そうですよ。昔の知り合いです。」
「幸運の光は大きな組織だ。出入りする人も多い。無事に会えると良いな。」
「ありがとうございます。村にもまた来ますよ。」
「うん、機会があれば是非とも立ち寄ってくれ。」
俺は団長さんとも握手をし、自警団の本部を出た。
よく握手をするのはヨーロッパ風のファンタジーだからか。これが和風RPGならお辞儀なのだろうか。
俺はくだらないことを考えながら宿に戻った。
意外と時間をくってしまった。
ヒロモン時間でお昼を回ってしまっている。
挨拶まわりの最後は、難関中の難関であるヤーゴンさんの家だ。
ユアンちゃんに泣かれないかだけが心配だ。と言うか、泣かれるだろう。泣かれた後、どうするか、それが問題なのだ。




