プラスチックと博多弁②
そういうわけで、俺たちは改めてパーティを組むことになった。そして、出発を少し遅らせる代わりに、ここで路銀を稼ぐという方針が決まった。
「でさ、結局仕事ってどうやって探すんだ? 酒場で紹介してもらうって聞いたけど」
シェルンは白湯のようなスープを温そうに啜ってから、俺の背中の向こうを指した。
「あそこに、ギルドの案内板がある。そこに募集の紙が貼ってある」
「飲食店の仕事があればいいんだけどなー」
春先だけ少しファミレスでバイトしたことがある。簡単な調理とウエイターの仕事。残念なことにそのファミレスは経営不振のため、俺が入ってから2か月でつぶれてしまった。
「あ! せっかく異世界にきたんだから、異世界にはない俺の世界の『風』を取り込みたいよな!」
「『風』?」
「保険業を始めるんだ!」
「ホケンギョー……?」シェルンは目を丸くした。
そう、さっき野盗たちに襲われたときに閃いた「保険業」。
野盗やシェルンの反応を見るにどうやらこの世界に保険は存在しないらしい。この殺伐とした異世界で保険業を営めば、きっと俺はこの世界を獲れるんじゃないだろうか。
そうだな、ラノベ風に言うなら……
『転生したノンチートの俺が保険屋を始めたらハーレムになりました!』
……なんてどうだろう? まだシェルンしかいないけど、やがて多くの保険のセールスレディさんたちが俺を取り合って……なんてこった!!
保険王に、俺はなる!!
「アンバランス……気持ち悪い顔やめて」
シェルンの突き刺すような冷ややかな声が俺の夢の風船を破裂させた。
「あ、ご、ごめんなさい」
そうですよね、起業するにも先立つものが必要だ。
「真面目に働いて」
人を甲斐性なしのヒモ男みたいに言わないでほしい。
「ところで働くのって、身分証明書とかいるのか? っていってもあれは使えないだろうし……」
そう言って俺は、シェルンに買ってもらったバックパックの中から財布を取り出した。食べ終わった皿を避けて、その中身をテーブルに並べる。
「これ、俺の世界での通貨ね」
全部でぴったり2千4百円。ちょっと高校生としては寂しい。シェルンは見たこともない俺の世界の通貨に興味を示す。
「え!? 紙の中で人が動いてる!?」千円札を動かしながらホログラムの偉人を見て彼女は声高に叫ぶ。
「偽造防止の仕掛けなんだよ。それより、これ、最近取ったんだよなー」
そう言って俺は原付の免許証を取り出した。夏休みに取ったばかりのピカピカのカード。
ぶっちゃけ言えば、こんなものがこの世界で身分証明にならないことはわかってた。ただ、見せびらかしたかっただけだ。
夏休みが終わったら、学校の友達に見せつけようとしていたのだが、そもそも俺はいつ帰れるんだろう?
「え!? すごい!!」
シェルンは千円札を見たときよりも食いついた。原付の免許が羨ましいのか? 異世界でも?
「この、リクトの絵……すごくリアル。写実的」
シェルンは免許証の俺の顔写真を見て目を輝かせている。
「ああ、写真だからね」
「写真? これ描いた人……すごい才能」
「あー……いや、描いたわけじゃないんだ」
そうか、写真ないのか。そうなると説明が難しい。
「これ、欲しい!」
「え、これを? いやでも……」
「借りるだけでいいから!」
すがるように言ってくる。……免許の貸し借りは多分犯罪になるだろうな。
「一応聞くけど、何に使うの? ないと思うけど犯罪に使われると……」
「これがあれば、離れててもリクトの顔を眺めることができる」
「おお……」
めちゃくちゃ嬉しいことを言われた気がするけど、あくまで彼女は俺の顔の比率が好きなだけで恋愛感情は一切ないのだ。素直に喜んだら負けだ。
「真正面の構図なのが評価高い……。巷じゃ、ろくに盛れてないのに左斜めの角度にこだわって何枚も変わらない自画像を描かせるしょうもない金満もいるけど、これは潔くて、とてもいい!」
……なんかよくわからない私怨が挟まってた気がするけど。
「わかった。いいよ、あげるよ。別にこの世界じゃ使わないから」
「ありがとう、大切にする」
そう言われると悪い気しない。それにいつか元の世界に戻ったら再発行できるだろうし。
「ところでこの素材ってなに? この世界にはない物質みたいだけど」シェルンが免許証をコツコツと爪で弾く。
「プラスチックっていうんだ。石油を使って作るらしい。完全に分解されるまで数百年かかる耐久性の高い素材だ」
「そんなのがあれば色々と便利そう」
「便利なだけじゃない。こういうのを海や山に適当に捨てると半永久的に残り続けちゃうんだ。完全に分解されないから動物が食べて、それを人間が食べたら……。体に悪い」
「ふうん」
「それでも人はプラスチックを気の緩みでその辺に捨ててしまう。俺たちの世界では特にこの問題は深刻なんだよ」
「……どの世界にも、厄災はあるんだ」
そんな大層なものではない。この星の問題に比べれば、そんなものは人の力である程度どうにかできる。
「でも」と彼女は言った。免許証の俺の顔を指でなぞり、大事そうにポシェットにしまう「私はずっと持ってるから」
不意に言われた一言に、ドキッとしてしまった。
「ずるいな、それは……」俺は言った。
「あ、そろそろ宿を抑えないと」とシェルンは立ち上がる。
「そういう時間か?」俺も彼女にならい、店を出る準備を始める。
「リクトは仕事探してきて」そう言って求人の掲示板を見やる「決まったら宿に来てほしい」
「わ、わかった」
言うが早いかシェルンは、大きな斧を背負いながら、いつものように寸分違わぬ歩幅と歩調で人波をかき分けて酒場を出て行った。
「さてと、じゃあ行ってみるか」
俺はシェルンの去っていた方向とは逆、ギルドの求人案内版とやらに向かう。客席同士の幅が狭く、若干手間取りながらその前までやってくる。
「バリバリ働くぞ! どんな仕事があるんだー?」
こういうところでシェルンの役に立ちたい。俺は掲示板にところ狭しと貼られている、紙の求人情報に目を通す。
……。
…………。
………………。
俺は目を細める。そして擦る。うん、やっぱりそうだ。間違いない。
「文字が……読めない」
テンプレ風に言えば、ミミズが這ったような文字だ。もっと早くこのことに気づくべきだった。店の看板とか見てもどんなものかさっぱりわからなかったじゃないか。
「なまじ言葉が通じてたから、そこまで深く考えてなかったな……」
普通に考えればおかしな話だ。言葉は通じて、文字が読めない。異世界のご都合があまりに過ぎないか?
シェルンに頼るにも彼女は宿を取るため別行動。そこで気づく。
「文字が読めなきゃ、宿にもいけないじゃん!」
芋づる式に絶望が収穫されていく。……取り敢えず今は仕事を探そう。字は、恥を忍んで誰かに読んでもらえばいい。
ちょうど背後に、同じように掲示板を見ている人の気配を感じて振り返ってみる。
そして俺は絶句した。
目の前にいた「美」がつくほどの少女は、金髪で、耳のとがった、エルフだった。
シェルンよりは頭一つ分くらい背が高く、大きく吊り上がった青い目は、鋭さはあるが決して攻撃的ではなく、それでいて気品高さを感じる。背中に弓を背負い、ローブの下には丈の短いスカートにブーツ……。
それは、まさに俺の思い描いている理想のエルフ像だった。
「あ……ああ……」
俺は声をかけるのも忘れて彼女に魅入っていた。もしかしたら感動のあまり泣いていたかもしれない。
やがて視線を感じた彼女が俺と目を合わせる。次の瞬間、彼女はネズミかゴキブリを見たかのような嫌悪感に満ちた表情に変わる。そこに気品高さなどなかった。
「な、なにジロジロ見とーとよ!」
「す、すみません!」俺は脊髄反射で謝った。
「気持ち悪かばい! 看板が読めんと! 読んだらさっさとどきんしゃい!」
……ん? なんて? ……気持ち悪かばい? さっさとどきんしゃい?
「は……はぁっ!?」
追いつかない理解が奇声となった。俺は彼女の容姿を嘗め回すように確認する。女エルフ(?)は自分の体を抱きしめるように、腕をきつく回して俺から後ずさる。
「な、なんね! やろうっていうん!? 女やけんて甘く見よったら、怪我するばい!!」
博多弁! エルフが!? え、待って待って。俺は冷静に考えた。そして、一つの結論に至った。
「お前……」
女エルフ(?)はキッとこっちを睨みながら、体を強張らせている。
俺は、名探偵よろしく人差し指を突きつけた!
「さては、異世界転生者だな!!」
彼女は眉間にしわを寄せる。敵意というよりは、頭に大きな疑問符を抱えているような表情だ。
「……はぁ? あんた、何言いよーと?」
「本物のエルフがそんな口の利き方するわけないだろうが!!」
俺は確信した。これはきっと、ちゃきちゃきの博多っ子が異世界転生した姿なのだと。
「にしても、エルフに転生かよ! すごくツイてるな、人気出るぞお前。いや、それにしてもエルフ×博多弁は反則だろー」
未だにきょとんとした顔をした博多エルフに俺は右手を差し出す。
「俺は嘉納陸翔。きづいたらこの異世界にやってきてたんだ、よろしくな!」
彼女は俺の手と、顔を交互に見やった。そして、無表情に右手をスーッと差し出すと……俺の右手を力いっぱいに打ち下ろした。
「痛ってーーーー! 何すんだよお前……」
「あほ! エルフをバカにしよーと!? だから人間は嫌いっちゃけん!」
顔を真っ赤にして、目に涙を溜めながら声を荒げる。
「え……お前、本当にエルフ……なの?」
「さっきから言いよーやん! 何ば聞いとったとね?」
俺は愕然とした。どうみてもこいつが嘘をついているようには見えない。
…でも、吊り上がった青い目に涙を溜めて、真っ赤な顔で怒鳴る姿。……悔しい。悔しいが、高潔なエルフが「~っちゃけん!」なんて言っている姿は、破壊的なまでに可愛い。
俺の中の「理想のエルフ像」は博多の屋台に引きずり込まれていった。
「あの、本当に失礼いたしました。異世界から来たもので、常識がないんです」
取り敢えず謝ることにした。
進んで過ちを認める勇気があれば、大体の場合は取り返しがつく。これは我が家の家訓の一つでもある。
博多エルフはフーフー言いながら敵意を剝き出しにしていたが、やがて熱が冷めたらしく、徐々に警戒を解いた。




