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プラスチックと博多弁①

 やってきた町の酒場は、多くの水夫や旅人でなかなかの賑わいを見せていた。


 カウンター前で飲み比べをする海の男達、酒を酌み交わしながら何かの取引をしている商人風の男と身なりの良さそうな男女。実に多くの人たちがいる。


 傍から見れば俺たちも、その、何というか、「若き冒険者のカップル」みたいに見られたりするのだろうか?


「……なにヘラヘラしてるの?」


「ふぇっ!?」


 不意に声を掛けられて椅子から飛び上がりそうになる。顔を上げれば、ジトッとした目でこちらを見下ろしているシェルンの姿があった。


 その両手には、溢れんばかりの料理を載せた重たげなトレーが掲げられている。


「並べるの手伝って」


「もちろん! ……へぇ、美味しそう……これは?」


「それはリクトの」シェルンは言った「君が言ってた、『オコメ』に近そうなものを使った料理。水に浸したペクの実を加熱して蒸らしたものを、野菜やお肉とパラパラになるまで炒めた料理。名前はチャームラン」


 ペクの実は日本の米に比べてかなり丸みがあるが、見た目は完全にチャーハンだ。だからこそ、実に名前が惜しい。


「この、メジロ鯛の姿煮と、サック芋のフライ、バエ海老のチーソース煮込みもリクトのだよ」


「ちょっと、ちょっと」


「なに?」


「今んところ俺の料理ばかりじゃないか」


 広めのテーブル、持ってきてた料理の全てが俺の側に並んでいる。


「シェルンは何を食べるんだ」


「これ」


 そう言って目の前に置いたのは皿に盛られた、何の変哲もないパンの山だ。


 よく旅館の朝のブッフェとかにある、丸い、素のパン……素パンだ。その素パンが、皿の土台で見事に均整の取れたピラミッド状に聳え立っている。



「というか、それシェアするんじゃなくて、シェルンが一人で食べるのか?」



「そうだけど……え、食べたいの?」露骨に嫌な顔をする「満腹の度合いのバランスを考えて取ってきたんだけど」



「満腹の前に栄養バランスを考えろよ……あー、もしかして」


「ん?」


「中に何か入ってるんだろ? 餡子とかクリームとか」


「……アンコ? 何それ? ……別に何も入ってないよ」


「え、バターやジャムも塗らないのか?」


 しつこく聞いているとシェルンはムッと唇を尖らせて、パンを1つこちらに放り投げてきた。


「え? くれるの?」


「しつこいから。食べてみればいいでしょ」


 抑揚のない声でそういうとシェルンはパンを一掴みして「はむっ」と言って食べた。……いちいち可愛い。


 そんなシェルンを眺めながらもらったパンを齧ってみる。


「おお……美味い」


 ふんわりとした食感、それでいて麦の甘みや香りがほのかに感じられて、実に食べやすいパンだった。


 まぁ好意的に見ればそうなのだが、やはり全体的に味が弱いので、味変なしでこれだけ食べるのは……。



「飽きるだろ、それだけじゃ」


「食べ物なんて、お腹に入れば全部同じ」そう言って、素パンを口に運び、木のボウルに入った白湯みたいなスープを飲んで、少しホッとしたような顔で息を吐く。



「……」



 わかってはいたけど、この子はやっぱり変人だ。シンメトリー(左右対称)フェチといい、食べ物へ無関心といい普通と少しずれている。


 そんな彼女を横目に見ながら俺はコップを手に取り、口付ける。


「……んぐっ!?」


 それを喉に流し込んだ瞬間、猛烈な苦さと辛さが口内を侵食した。鼻を抜ける甘ったるい香りのあと、強烈な熱が胸の奥まで一気に滑り落ちて、咳が出る。視界が滲む。


「だ、大丈夫!?」シェルンが立ち上がる。


「も、もしかして、これお酒!?」


「そう、だけど……リクト、飲めない人?」


「飲めないというか、俺の世界ではお酒は20歳になってからなんだよ」


「ごめん、お酒は15歳から飲めるから……私たちは。リクト17歳って聞いてたし、てっきり…」


 設定の壁が不意打ちで牙を剥いてきた! 異世界、恐るべし。



「そ、そんなことより、水を…!」いまだに口内を侵す苦みと舌の根に残る甘みのミスマッチが不快感を煽る。


「え、あ、ちょっと待ってて」焦るシェルンは体を左右に振り、わたわたする。


「その、スープでもいいから……!」俺はシェルンの飲みかけのボウルを指差した。


「あ、うん、わかった!……っ!?」差し出しかけたボウルを、シェルンは急ブレーキを掛けるように引っ込める。「ダ、ダメ!」


「え、な、なんで!?」


 思わず喉を押さえながら俺は叫ぶ。


「か、関節キス……!!」


 シェルンは沸騰したように顔を赤らめていた。


 ……そういう概念はあるのか。ちょっとだけ残念だった。




 シェルンが持ってきてくれた水のお陰で何とか持ち直すことができた。賑やかな酒場で起こったささやかな事件は誰の目にも触れず密かに解決を迎えた。


 そして料理もひとしきり食べて落ち着いたところで俺は話を切り出す。


「まず、これからのことなんだけど、お金を稼がなくちゃいけないと思うんだ」


「そうだね」シェルンは小さく頷く。


「この服のお金もシェルンに返したいと思っているし」


「それは別にいいよ」


「よくないよ」俺は言った「親しき仲にも礼儀ありって言葉が俺の世界にはあるんだ」


「私たち、別に親しいわけじゃ……」


「傷つくからそういう上げ足取りはやめてね」


「ごめん。でも、ここでお金を稼ぐっていうのは賛成。ここから隣の町は結構遠いから。リクトはここで十分に稼いでから出ていくといいよ」


「あ、うん」


「私は明日にはここを発つから、君の仕事の面倒までは見れないけど、港町だし、漁師はどこも不足しているっていうから……」


「ちょちょちょちょちょ!」


「ちょちょちょ?」シェルンがセキセイインコみたいに首を傾げる。


「ちょっと待ってね」


 俺は開いた両手を彼女に向けて「ストップ」というジェスチャーをとった。


「どうしたのリクト?」


「うん……あれ? あ、もしかして俺たちってここでお別れなの?」


「そのつもりでいたけど……」


 当然、と言った感じの彼女の顔。俺は椅子を引いて座り直す。


「それはちょっと困るよ!」


「私も、困る……」


 あまりにも無表情で言われてすごく胸が痛むけど、ここで引くわけにはいかない。


「俺、急にこんな世界に放り込まれて、頼る人もいなくて、あの……その……こ、心細いんだ。後生だから旅に連れて行ってくれないかな」


「え、無理」即答だった。


「そんな!」


 多くの人々で賑わう店内。傍から見たら俺たちは「別れ話をしている若き冒険者カップル」みたいに見られたりするのだろうか?


 シェルンは長い綺麗な桃色の髪を両手で弄りながら伏し目がちに口を開く。


「あのね、これから私は隕石が落ちた場所に向かわなくてはいけないの。ここから先、多くの星骸生物と戦うことになる。だから……その、つまり……」


「……足手まとい、ってこと?」すごく言いにくそうにしているシェルンの代わりに俺は言った。


「……ごめん」

 

「いいんだ。足手まといは本当のことだから。でも」


「でも?」


 俺は彼女のちょうど頭から中心線を引くように伸びているバトルアックスの柄を眺める。


「俺が異世界に来た意味……もしかしたら『アバスの涙』に関係あるかもしれないんだ」


「え、そうなの?」


「知らんけど」


「知らんけど!?」


「異世界転生ってそういうものだから」


「ちょっと何言ってるかわからない」


「頼むよ、シェルン。自分のことは自分でする。危なくなっても助けなくて構わない。だから連れて行ってくれ」


 俺は必死になって頭を下げる。少しずつ周囲の目が気になってきた。それはシェルンも同じらしく、キョロキョロして落ち着きがなくなってきている。


「で、でも……」


 いまだに煮え切らないシェルンの態度。俺はやむなく最後の切り札を使うことに決めた。本当は、これだけは死んでも使いたくなかった。


「この……」


「え?」


 俺は自分の顔をシェルンの目の前に突き出しながら叫んだ。


「この! 俺の顔に! 免じてっ!!」


「……!!」


 シェルンの顔がみるみる赤く染まっていく。開いた唇を震わせながら、恥ずかしげに目を逸らす。


「ず、ずるい……! 見ないようにしていたのに!」


「シェルン!!」


 勿論、俺だって恥ずかしい。羞恥心で爆発しそうだ。だが、引けない! グイッと更に顔をシェルンに寄せる。


「うう……そんな顔、見ていたら、ずっと……ずっと側に置いておきたくなっちゃうっ!!」


「うぶふっ!!」


 今のは照れで俺の口から発した爆発音だ「だ、だろう? だから、そこを何とか……」


 生まれてこのかた自分の容姿で自信を持ったことないし、実際褒められたことなんてない。


 けれど彼女の目には、雨に濡れた段ボールの中の子犬が必死に加護を求めているように映っているのだろう。


 モテる奴って普段からこういうスリリングな駆け引きをしてるんだろうか……知らんけど。


「わ……わかった。連れていく」シェルンは諦めたように頷いた。


「シェルン! ありがとう」



「でも、一つだけ約束して」


「うん、何を?」


「危ないことは、しないで」


「もちろん!」


 シェルンは柔らかく微笑んだ。


 何となくだけど、俺はシェルンのことが少し理解できたような気がした。変わった奴だけど、少し近寄りがたい雰囲気を持っているけど、本当は情に厚くて、面倒見のいい、「いい子」なのだなと。


「――あと、危ないときは絶対『顔』だけは守ってね。傷がついたら承知しないから」


「……………」


 ……多分、いい子なのだと思う。


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