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死星の涙と服選び②

 エミナルさんが何着か見繕ってくると言うのでその間、俺たちは商談用のテーブルで待つことになった。


「シェルン、この世界のこと、もっと教えてほしいんだ」


 俺はそう切り出した。ようやく落ち着いたのだ。そろそろ情報を整理したい。


「この世界のこと……? 急にそんなこと言われても」


「あー……そりゃそうだよな」

 逆の立場だったら、俺も説明に窮するだろう。その点、フィクションという形でファンタジー世界への「予習」がある俺の方がまだマシな立場かもしれない。

「魔法……はあるんだよな?」


 さっき会った野盗たちは俺が魔法を使えるフリをしたら、腰を抜かさんばかりの勢いでビビってたっけ。


「魔法? ……うん、あるよ」


「シェルンは、魔法使える?」


「……私が宮廷に仕えている身分に見える?」


 こころなしか彼女はちょっとムッとした顔になる。よくわからないけど、地雷なの?


「ごめんよ、俺、常識がないからさ」


 なんか、そこだけ聞くとすごく空しくなるセリフだ。


「……魔法は、王家に仕える宮廷魔術師のみが研究して使用が許されてるものなの。魔法が使えるということは身分が高かったり、才能を認められてそこに仕えるものだけ。……エルフとかはまた違うけど」


「え! エルフいるの!?」


 思わずテーブルを叩いて立ち上がった。静かな店内に、椅子が倒れる音が派手に響く。

 カウンターで盾を磨いていた強面の店主が、ジロッとこちらを射抜いた。俺は慌てて肩をすくめ、椅子を直す。

「エルフはいるでしょう、普通」


「さも当たり前のように言うけどさ、俺の住む世界には普通にいないんだ、エルフ……。え、やっぱり金髪で、耳とがってるの?」


「金髪で耳とがってないエルフなんて聞いたことない」


「だよなー、そうだよなー」


 どうやら異世界間でも、エルフのビジュアルに関する解釈にズレはないらしい


「でも、エルフなんて滅多に会えるものじゃない」シェルンは言う「旅をしている私だって年に2、3回会えるかどうかだから」


 そうなのかー、意外とレアキャラなのか。一度でいいから見てみたい。できれば、可愛い女の子のやつ。


「そういえば、シェルンは旅をしているって言ってたけど、どれくらい旅しているんだ?」


「2年くらい。その中でもこのミロの港町は……そうだね、よく来ている」


 そう言ってシェルンは俺から視線を外す。


「旅をする理由とその斧は……関係あるのか?」


 俺はそう言って、シェルンの背中に背負われている斧の柄を指さした。こうして座っているときすら片時も離さないのだろうか?


「まぁ……」


 シェルンは言葉を濁す。少し彼女のことを詮索しすぎてしまっただろうか。話題を変えよう。


「あ、あのさ……魔王っていたりする?」


「え、ごめん? いま何て?」


「あ、だから、魔王……」


 シェルンはきょとんした顔になった「魔王って、あの、人間界に侵略しようとかの、あの、魔王?」


「……うん。 いや、もしかしたら俺が異世界に来たのって、倒すためだったりしてって思って」


「魔王を? リクトが?」


「……う、うん」


「…………くふっ!」


 突然、シェルンが噴き出した。それまでピンと伸びていた背筋が崩れ、彼女はお腹を抱えて震えだす。サラサラな長いピンクの髪が床につきそうに垂れる。


「え……シェルン?」


「がっはっはっはっはっは!!」


 追い打ちをかけるように、カウンターの店主が爆笑する。俺と目が合うと、必死に口を塞ぎながら奥の方へと引っ込んでいく。


「ええ……?」


「ご、ごめん……い、いないよ魔王なんて。魔王と勇者でしょ? そんなの8歳までに卒業する話だから。ふふふふ……」


 ――猛烈に恥ずかしくなった。


 アレか、俺たちの世界で言う『いい歳してサンタクロース信じてるの?』くらいの話なのか。でも、そんなに笑うことないだろうに……。


 いたたまれなくなった俺をよそに、シェルンの素の笑顔は悔しいけど、可愛かった。


「こ、この話終わり! 恥か死ぬ!  ほかの質問!」


「うん、何……? ふふ……っ」


 シェルンは必死に笑いを堪え、目を擦りながら姿勢を正した。


 俺は照れ隠しも兼ねて、さっきからずっと喉に引っかかっていたあの単語を引っ張り出した。


「あのさ……『六星大落下』って、なに?」


 彼女が森で口にした、重い響きの言葉。


 シェルンの顔から、さっきまでの笑みが一瞬で消えていく。


「ああ……うん、確かにこの世界にいる以上は、知っておく必要がある」


「そ、そんなに深刻な話なのか?」


 シェルンは、使い込まれたテーブルの木目をじっと見つめ、静かに語り出した。


「リクトの世界では……この大地が、夜空に瞬く無数の星の一つに過ぎないってことを知っている?」


「あ、ああ……わかるよ」


 驚いたことに、この世界には地動説が定着していた。……俺が今から600年くらい前から来た人間だったら眉唾ものだったが、この世界では既に天文学がここまで発達しているのか。


「カナ。それが私たちの住む星の名前。カナは、この世界で豊作を願う慈愛の神の名でもある」


「カナ……」


 当然、聞いたこともない。だが、その響きはどこか優しく、同時に壊れそうなほど脆く聞こえた。


「カナには、古くから周期的に巨大な隕石が降る。その大きさ次第では、生態系は塗り替えられ、文明に大きなダメージを与える。……人々はやがて、その隕石がどこから、何年の周期で落ちるのかを研究するようになった。国家間でその功績を競い合うほどに。そこで発展したのが『星学ほしがく』と魔法。魔法の発展は、星を知ることと深く結びついてる」


「おお……なんか、俺たちの世界でも似たようなことをやってるけど……」


 俺たちの世界で言う「宇宙開発」が軍事や科学を底上げしたのと似ている。ただ、その目的が「探究」ではなく「生存」だというのが、この世界の切実なところだ。


「ざっくり言う。研究でわかったことは、隕石は約150年周期で一つ落ちるということ。……その正体は、ここから遥か遠くにある巨大な死星――『アバス』」


「アバス……それも神様の名前か?」

 シェルンが頷く。


「アバスは涙で洪水を起こし、一度世界を滅ぼしたとされる神話の神。アバスは星としてはとうに死んでいるけれど、その崩壊して砕け散った残骸が流れる先に、私たちのカナがある」


 シェルンは無意識に自分の左腕をさすった。


 いつの間にか戻ってきていた店主が、盾を磨く手を止め、椅子に深く座って俺たちの話に聞き入っている。店内にいた小柄なフード姿の客も、弓を選んでいた手を止めていた。



 この星に住む者にとって、それは避けようのない天災であり、今なお続く悪夢なのだろう。


「2年前の『六星大落下』は、星学史上、未曾有の出来事だった」


「未曾有の……?」


「……周期が、狂ったの。本来なら150年に一度の隕石が、前の落下からたった10年で落ちてきた。しかも……」


「六星ってくらいだから、6つ落ちてきたってことか?」


シェルンは黙って頷いた「そして、そのどれもが、一国を物理的に消し飛ばす程の規模だった」


「…………」


 絶句した。


 隕石1つで恐竜が絶滅するような話を、俺は知っている。それが一度に6つ。


 しかも、たった2年前。俺が親に初めてのスマホを買ってもらって狂喜乱舞していた頃、この世界は文字通り「終わり」の危機を迎えていたのだ。


 思っていたよりこの世界はボロボロだった。


 そんな絶望の真っ只中に、なぜ俺は放り出されたのか。


「4つの国家が消滅し、カナの全人口の3分の1が失われたって言われてる」


「3分の1……」


 そう聞いても実感がわかないが、地球で言えば約30億人だ。そう言ってみても、やっぱり上手く想像ができない。


「その隕石は奇しくも星学が進んでいた先進国にばかりに落ちて、隕石の直撃を受けた国は跡形もなく壊滅した。だから、未だにこれほどまでの異常事態が起きた原因ははっきり分かっていない。研究や調査が遅れてる。……でも、本当の地獄は六星大落下の後に始まった」


「……地獄?  あの星骸生物とか、結晶のことか?」


 問いかけると、シェルンはポシェットからあの黄色い石を取り出した。さっき倒した星骸生物の額に埋め込まれていた、不気味に発光する結晶。


「……この石は、このカナには存在しない鉱物。アバスの隕石に含まれて降ってくるもの。学術名は『アバスの涙』または『欠片』と呼ぶ人もいる」


「……アバスの涙」


「この石には性質がある。……死んだ動物に、寄生するの。そして肉体を再構成し、異形の怪物へと変える。それが、星骸生物」


「なんで、そいつらは人を襲うんだ?」


「行動原理まではわからない。でも、人や家畜、野生動物を襲うことは確か」


「……ゾンビみたいなもんか。じゃあ、あいつらは元々いた生き物の成れの果てなのか?  ……死滅した星から、このカナへ逃げてきたのかな」


 シェルンが、不思議そうな、あるいは虚を突かれたような顔をして俺を見た。


「逃げてきた……?  そんな考え方はしたことがなかった」


「いや、素人のたわ言だよ」


 シェルンは続ける


「……隕石が落ちると、本来は国家がすぐに跡地に向かい、星骸生物が生まれる前に『涙』を回収し、生まれてしまった星骸生物は駆逐するのが通例。でも今回は、回収を担うはずの大きな国そのものが消えてしまった。だから今は、各地で星骸生物が野放しになってる……」


「なるほどな。処理が追いつかないほど、石が降り注いだってわけか」


「理解が早くて、助かる」


「ここが異世界だと思えば、疑う理由も何もないからな、でも、さ」俺はそもそもの疑問をぶつけた「それで、何でシェルンが、わざわざそれを倒して回ってるんだ? ……その、デカい斧。それが関係してるんだろ?」


「それは……」


 シェルンが言葉を濁した、その時。


「アウスバッハ様! リクト様! 大変お待たせいたしましたぁ!」


 エミナルさんが、両腕いっぱいに服を抱えて、嵐のような勢いで奥から戻ってきた。俺たちはその空気にいい意味で拍子抜けして、肩の力が抜けた。


「リクト、取り敢えずこんなところ。服を選ぼう」


「あ、ああ……」



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