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死星の涙と服選び

「おおー! すげぇ! これが町!」


 俺は素直に感動していた。シェルンに連れられて体感2時間くらいの距離を歩いてたどり着いた町『ミロ』は、思い描いていた通り「テンプレート」なファンタジー世界の街並みだった。


丁寧に舗装された石畳、日本建築の繊細さとは無縁の重厚な石造りの民家。


4K画質のオープンワールドゲームでさえこの空気、行き交う馬車や人々の賑わいまでは再現できまい。


「……リクト。さっきから口、開きっぱなし」


 シェルンは抑揚のないしゃべり方で言ったが、だがその薄い唇の端はほんのわずかに、誇らしげに吊り上がっていた。


「そりゃあ口も開くだろ! 初めて本物の異世界の町を見たんだぜ」


「ここは郊外の港町。……リクト、この調子じゃ城下町に行ったらひっくり返るよ」


  港町。言われてみれば潮の香りが満ちてくる。


「あっちにあるのは市場? 行ってみたいなぁ。買い食いしたい!」



「きっと私たちの世界って、リクトの世界より文明が進んでるんだね」


 得意げな彼女に、俺は愛想笑いを返した。


「あー……そうかもな」


 ……スマホの電波すら届かない世界で文明を張り合っても虚しいだけだ。俺は記憶にある秋葉原の風景を、脳内のゴミ箱フォルダにドラッグした。


「市場もいいけど、私はまず宿を確保しないといけないから」


「おお、宿! やっぱりあるんだな、宿!」


「宿くらいでなんでそんなに興奮するの……? どこに行ってもあるでしょ」



 シェルンには俺のこの感動がわからないんだろうな。ファンタジー、町、ときたら宿なんだよ。


「あれだろ? 寝たら体力全快だろ?」


「や、全快かどうかは個人差だけど……」


「毒にかかっても、泊まればスッキリ治るよな!」


「毒は治らないよ!? 死ぬよ!?」


 シェルンが初めて無機質な仮面を剥いで声を荒げた。


「リクトの世界の宿どうなってるの? 医療施設なの!? 教会なの!?」


「いや、てっきりそういう世界なんじゃないかと思って…」


「君はたまにアンバランスなことを言う……」


 彼女は呆れたようにため息をつき、再び歩き出す。

 だが、町の中央広場らしきところに差し掛かったあたりで、賑やかだった周囲の空気がふっと冷めた。


――ヒソヒソ


 道行く人たちが、足を止めてこちらを見ている。


 正確には、俺の隣を歩くシェルン――その細い背中に背負われた『バトルアックス』を。


 畏怖。あるいは、腫れ物に触れるような拒絶?


 彼女の歩く道だけ、ありきたりな例えだが、モーセが海を割ったように人波が左右にわかれていく。



『私が、私でなくなるから』



 シェルンはそう言った。


 この斧はやはりただの斧ではないのだろうか?


「…………」


 シェルンはそんな周囲の視線を気にする素振りも見せず、ただ機械的にミリ単位で歩幅を揃えて進む。

 

 俺は彼女の隣に並んで歩くのが少しだけ気まずくなり、その間を持たせるみたいに、ポケットから、『圏外』の割れた画面のスマホを覗いた。


 ……この行為でこの世界での共感は、まず得られないと自覚するのに数秒のラグがあった。


 ふと、シェルンが足を止めて、こちらを見上げてくる。その瞳には心なしか憐憫の色が見えた。


「リクト……町の人々が怖がっている」


「そう、だな……。でも、そんなの気にすること……」


「君の服が変だから」


「…………」


 気を紛らせる冗談を言うようなタイプには見えないが、天然なのか?


 シェルンは空を見上げる、正確には太陽(って呼んで、いいのだろうか?)の位置を確認する。時間を確認しているらしい。


「宿はまだ大丈夫。先に服をどうにかしよう。いい店がある」


 そう言って連れてこられたのは、いかにもな『防具屋』だった。


 俺たちの世界で言うマネキンの代わりに鎧立てがところ狭しと並んでいる。ガタイのいい髭の店主が座るカウンターの向こうの壁には木製から鉄製、鋼製の盾が掛け時計のように並んでいる。



「おおおお……かっけぇ!」


「そう?」


 どこか冷めた表情のシェルンを横に俺は店内を歩き回る。どうやら『武器屋』も併設しているようで、向こうの方では剣や槍なんかが飾られている。


「すごいなぁ、初めて見た。こんな鎧や、武器!」


「別に君は鎧なんて着なくていいと思うよ。重いし」


「ウィンドウショッピングだ。気にするな」


「ウインドウ……?」


「俺の世界にはさ、武器とか防具が売ってる店がないから新鮮なんだ」


「え、リクトの世界には武器、ないの?」


「そりゃあね。そんなの持ち歩く必要ないから」


「戦いのない……世界なんだ」

 俺はシェルンの言葉にハッとした。彼女たちの世界は化け物がいて、森を一人で歩けば野盗に襲われるそんな世界。


 彼女やこの世界の人たちにとっては『戦い』が日常なんだ。俺たちの享受している平和が、この世界ではどんなに異常なことか。


「あー……戦いがないってわけじゃないんだ。ここよりも、もっと酷い武器があったりする」


「酷い? それってどういう?」


「そうだな……例えば……『斬れない、ナイフ』とかかな」


 俺は笑って嘘をついた。銃やミサイル、原子爆弾……効率よく、大量に人を殺すために磨き上げられた俺たちの世界の武器。そんな残酷な世界を語る気にはなれなかった。


「いらっしゃいませ、アウスバッハ様。今日は何をお探しでしょうか?」


 奥からやってきたのは肩くらいの青い髪をした若い女性だった。


「アウスバッハ?」


「私のこと」シェルンは言った。「シェルン・ミカ・アウスバッハ……フルネーム」


 ……かっこいい。ミドルネームもあるんだ。ミカ、か。日本人みたいな名前だな。


「エミナル、しばらくね。今日は彼の服を見にきたの」


「ええっ!?」


 エミナルと呼ばれた彼女は俺とシェルンの顔を交互に見て急に頬を紅潮させる。


「もしかして、アウスバッハ様……そちらの殿方は、こ、ここ、恋人でございます……」


「違う」


 地の文で俺が何かを言う前に即否定された。コンマ数秒の食い気味な否定、結構ダメージデカいんですけど。


「顔が好きなだけ」


「顔が好きなだけぇ!?」


 エミナルさんはボリュームマックスでオウム返しした。というか、俺は今どんな顔してたらいいんだろう?


「本当に……好き。ずっと見ていられる」


 ――感情が追いつきません。


 シェルンは突然、俺の顔を両手で包むと、グイっとエミナルさんの前に突きだした。


「ほら、イケメンっていうんだよ、こういうの」


 ついでに髪を真ん中分けにされる。


「……シェルンさん、ほんんっとやめてください」


「いいから、どう? エミナル」


「あーー……ええ、ふふふ……」


 ……だめだ。エミナルさんの反応が、俺の顔がこの異世界で「チート級の美形」として通用する可能性をゼロにした。


 判明したのは、シェルンの異常なフェチズムがこの世界の美意識と致命的に噛み合っていないという事実だけ。……あ、もうこれ死にたい。



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