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異世界転生とシンメトリーガール③

ガサササッ……


 その時だった。先ほど俺が逃げてきた藪が大きく揺れた。


 嫌な予感が背筋を駆け上がる。


「……シェルン、逃げよう! さっきの化け物が追ってきたのかもしれない!」


「化け物? それって…」

 彼女の言葉が終わるより早く、ソイツは姿を現した。あのモンスターだ。


 額に黄色い結晶を宿した異形。結晶は先ほどよりも一回り大きくなって、その結晶は鈍く発光している。


「グルアァァッ!」


 彼女の手を引いて逃げようとも思ったが、野盗たちを見捨てるのも躊躇われた。


「おい、あんたら! 起きろ! 早く」


 俺は声を張り上げる。


「うう……」


 すると小さい方がようやく、身体を起こす。そして、目の前で唸り声を上げるそいつを見て悲鳴を上げる。


「せ、星骸生物ぅ!?」


「せいがい…せいぶつ?」聞き覚えのない言葉に俺は首を傾げた。


「おい、ナチョ! 起きろ! 起きろって!」


 小さい方に叩き起こされた、太った方、ことナチョも目を覚まし同じような反応をする。


「おいー! なんでコイツがこんなとこにいるんだよ!? ここらは安全って話だったろ」


 こいつらの話を聞くに、コイツはどこにでも現れる奴じゃないということはわかった。


 そして同時にかなりヤバい奴だということもわかった。


「は、早く逃げよう、シェルン!」


 そう言ってシェルンの肩に手を掛けようとした瞬間、俺は狼狽した。明らかに彼女の様子がおかしい。

 さっきまでの「ちょっと変わった女の子」の気配が消え、研ぎ澄まされた刃のような威圧感が全身から放たれている。


「……やっぱり、近くにいた」


 彼女は静かに、背中の巨大な斧の柄に手をかけた。


「え、そっち使うのか!?」


 その目には迷いがあった。そしてシェルンは唇をかみしめて自分自身を律するように首を振る。


「……まだ、その時じゃない」


 彼女は斧から手を離すと、代わりに腰の双短剣を抜き放ち、一気に地を蹴った。


 化け物の鋭い爪がシェルンの喉笛を狙うが、彼女はそれを紙一重でかわし、化け物の額にある『黄色い結晶』を鋭く見据える。


「は、速っ!」


 その動きは、野盗を相手にしていた時とは比較にならないほどだった。


 何よりあの大斧を背負ったままであの動き。あれこそチートと言うのではないだろうか。物理法則を無視したような異次元の機動力だ。

 

 双短剣が閃く。狙いは一点。化け物の額に埋まった結晶だ。


 硬質な音が響き、結晶に亀裂が入る。それでも一撃では砕けない。


「……一発」


 シェルンは小さく呟く。化け物は即座に反転し、今度は太い尻尾を叩きつけてきた。


 凄まじい風切り音。シェルンは後方に飛び退き、それを回避しながら、着地と同時に再び肉薄する。 

「はっ!」


 左の短剣が、正確に先ほどと同じ箇所を打つ。

 ガリッ、と結晶の表面が更に砕け、その欠片が散る。

 だが、化け物は止まらない。狂乱したように前脚を振り下ろし、地面を穿つ。


「二発。……次で壊す」


 泥を被りながらも、シェルンの瞳は結晶を捉え続ける。

 化け物が大きく口を開き、決定的な一撃を加えようと身を乗り出す。シェルンは敢えて化け物の懐へと飛び込み、向かい撃つ形になった。


 食われる!――そう思った瞬間。


彼女は相手より速く、両手に重ねた短剣を額の結晶の「ヒビ」へ突き立てた。


 パキィィィィン!!


 三度目の衝撃。双方の突進から生まれたエネルギーを上手く利用した一撃で、黄色い結晶は甲高い音と共に粉々に砕け散る。


「グォォォォ……」


 化け物の巨体が、糸が切れた人形のように崩れ落ちた。


 短剣をだらりと下ろしたシェルンの肩が、僅かに上下していた。


「……やっぱり、これだと効率が悪い……三発もかかった」


「……いや、『三発で』倒しただろ。今の、どう見ても超人の動きだったぞ」


 唖然とする俺に、シェルンは再び感情を削ぎ落とした無表情に戻って答える。


「実に、アンバランスだった……」


……つまり、不格好だったとか、手際が悪かったって意味だろうか?


「そのでっかい斧だったら、楽勝だったってわけか?」


 俺は彼女の背中のバトルアックスを指さした。確かに彼女のさっきの戦い方は、野盗戦の時に見せた華麗な余裕のある戦い方ではなかった。


「戦いに勝てるかって意味なら、うん。楽勝」


「へぇー、そんなにすごいのか? その斧」


「でも、これは使わない。……使ったら、私が私でなくなるから」


 私が私でなくなる……? それはどういう意味なのだろうか。疑問に思ったがそれ以上は訊かなかった。


 ふと、化け物の死骸に目を向けると、それはすでに実体を失い始めていた。

湯気を立てるようにして黒い灰へと変わり、風にさらわれて霧散していく


「……消えた?」


「星骸生物は、空から降ってきた石に寄生された生き物の成れの果て。核を壊せば、こうなる」


「それってつまり……え?」


 急に言われてもちんぷんかんぷんだ。


 シェルンは短剣の汚れを払い鞘に納めると、消滅した化け物の跡に残った、小さな黄色い石の欠片を拾い上げた。


「これが世界に降り注いで、少しずつ、全部を壊していく」


 彼女の言葉は、まるで他人事のように淡々としていた。だが、その手のひらにある石を見つめる瞳には、隠しきれない深い陰が差している。


「なぁ、シェルン。お前はいつもあんな化け物と戦ってるのか?」


「……それが私の役目。世界の均衡バランスを保つために、余分なものを削る。それだけ」


 彼女は石をポシェットに収める、再び歩き出した。俺は遅れないようにその後に続く。


 ふと気づけば、あの野盗たちの姿はどこにもない。ドサクサに紛れて逃げ出したのだろう。これに懲りて、次はもっと平和な商売でも始めてほしいものだ。


「そう言えばリクト、さっき、異世界から来たって言った?」


 森を進む道中、彼女がふと尋ねてきた。


「あ、ああ……。それで間違いないと思う。第一、あんな化け物やお前たちみたいな服装をしている人は初めて見たぞ」



「見たことのない服……」そう言って俺の制服をじっと眺める「じゃあ、2年前の六星大落下のことも知らないの?」


「え、なに? ロ、ロクセー?」


六星大落下ろくせいだいらっか


 彼女がもう一度言い直してくれるが、当然――


「……いま初めて聞いた言葉だな」


信じられない、そんな表情をするシェルン。


「悪いこと言わないから、早く元の世界に帰ったほうがいい」



「それができたら、早速そうしてるさ」俺は首を振る「記憶もなくちゃってるし……」

 

 これからどうしたらいいんだろう。


「リクトの世界には、さっきの星骸生物みたいなのはいないの?」


「……ああ。少なくとも生き物を変質させるような石が降り注いだという記憶はないかな」


もしそんなことが起きていたら、ネットニュースは一週間以上その話題で持ちきりだろうし、SNSには終末論があふれかえっているはずだ。


「そう。……いい世界だね、それは」


 俺の言葉に、シェルンは足を止めずに答えた。その声がほんの少しだけ震えているような気がしたが、俺にはそれを追求する勇気も、かけるべき適切な言葉も持っていなかった。


「……行こう。まだ明るい内に町に入れるから」


「あ、ああ!」


こうして俺の異世界生活は、均衡バランスに執着する不思議な少女と共に幕を開けた。


 ひと言だけ言わせてもらえば、その華奢な容姿にいかついバトルアックスを背負っている姿こそが、この世界で一番の『アンバランス』なんじゃないかと思ったが――。


 彼女の生き様を根本から全否定してしまいそうなので、その言葉は心の中に留めておくことにした。



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