異世界転生とシンメトリーガール②
「おい、なんだてめぇは! 邪魔する気か!?」
野盗のたちの怒号に、少女はゆっくりと顔を上げる。その顔には感情の欠片もなく、瞳には鏡のような光が宿っていた。
そこには、俺も野盗も、等しく「物体」として映っているだけだった。
「あなたたちの鎧、ワンショルダーアーマー…」
「はぁ?」
スッとさされた人差し指。野盗たちが自分の鎧に視線を落とす。確かに片方の肩だけに装甲を引っかけたある意味、彼ららしい野性味のある鎧だ。
「バランスが悪い…」
「な、なんだっていいだろ! 何なんだお前は」
しかし少女は遮るように「そもそも左ふとっちょ、右小さい……不揃い」と、のたまった。
恐怖で考える余裕もなかったが、確かに言われてみればこの野盗、絵にかいたような凸凹コンビだ。
「ぷふっ…」
「おい、ガキてめぇ何笑ってるんだ!」
「はい、すいませんでした!」
「このメスガキ、お前から先に痛めつけてやる。人の体のこと馬鹿にしちゃいけねぇって親から教わんなかったのか!」
「あ、そいういうアンチルッキズム的な思想あるんだ」
悪者が口にするあたり、現実世界よりまともな感性なのか、この異世界。
「君、下がってて」
そう言って少女が俺の前に立ち、腰に下げた二対の短剣に手をかけて姿勢よく構える。その動作はあまりに左右対称で不気味なほどに美しかった。
しかしそれ以上に気になったのは、やはり背中に背負った斧だ。
鋼の刃に何かしらの紋様を携えた、華奢な女の子が扱うには無理がありそうな大きな両刃の戦斧。俺でも振り回せる自信がない。
その背格好にはひどくアンバランスだが、ちょうど彼女の背骨をなぞるみたいに真っすぐ伸びる柄は、まるで彼女を左右に分かつ【中心線】を体現しているかのようだった。
だが、彼女はその戦斧を抜こうとはせず、代わりに腰の双短剣を抜き放った。
『それ』を使う必要はないということか?
「おら、死ねえっ!」
野盗の片割れ――通称・左のふとっちょが、怒りに任せて鉈を振り下ろす。
まともに食らえば、少女の細い体など容易く両断されるだろう。
俺は思わず目を逸らしそうになったが、次の瞬間、耳を打ったのは肉を断つ音ではなく、カツンという小気味いい金属音だった。
「……え?」
少女の動きは、演舞のようだった。
受け流すように鉈を弾き飛ばすと、左右の短剣が文字通り「同時」に閃く。
一閃、いや、二閃。
死に体になった野盗の左右の腕に、寸分違わぬ深さと長さの傷が刻まれた。
「う、うあああああっ!?」
痛みでヒステリックに叫ぶ野盗に、少女は躊躇いもなく延髄蹴りを打ち込んだ。ふとっちょは白目を剥き、その場に倒れて動かなくなる。
「や、やりやがったな!」
それを見た相方の通称・右の小さいのが、顔を引き攣らせながらも剣を抜き、構えた。だが、彼女はそれさえも冷めた目で見つめている。
「一歩前、右足重心。……やっぱり、歪んでる」
少女が踏み込む。
その瞬間、彼女の髪が風に舞った。
長く、美しいピンク色の髪。それが重力に従って流れる様さえ、計算し尽くされたかのようなシンメトリーを保っている。
……速い!
彼女は野盗の懐に潜り込むと、双短剣の柄で男の鳩尾を打ち据えた。
「がはっ……」
声にならない悲鳴を上げて、前のめりになる男を蹴り飛ばし、二人の野盗は折り重なるように倒れた。
驚くべきことに、倒れた二人の角度さえも完璧な十字架を描いている。
「黄金比……」そう言った少女の口元が僅かに緩んだ。
「…………すげぇ」
俺は呆然とその光景を見ていた。魔法は出なかったし、チート能力も授かっていないようだが、どうやら「SSR級の守護神」だけは引き当てたらしい。
「あの、助かりました……! 俺、嘉納陸翔。あなたは?」
感謝を伝えようと近寄る。だが、少女は俺の方を見ようともしなかった。そのまま彼女は倒れた野盗の首筋に短剣を突き立てようとして――。
「あ、ちょっと待った! もう戦意喪失してるし、そこまでしなくても……!」
反射的に止めていた。殺伐とした異世界。襲ってきた相手を殺すのは当然のルールなのかもしれない。
だけど、さっきまで「現代」にいた俺には、目の前で命が消えるのを黙って見ていることなんてできなかった。
彼女の動きが止まる。
「……なんで止めるの? 不揃いなものは、削るしかない」
「いや、削るって……命だぞ。それに、ほら、二人とも同じように気絶してるし、バランス取れてるじゃん!」
デタラメだった。ただ、彼女の奇妙なこだわりを逆手に取るしかなかった。
少女は少しの間、倒れた二人と俺を交互に見比べ、それから「ふぅ」と小さく、熱を持たない吐息を漏らした。
「なら放置する。死なない程度に、放置」
短剣が鞘に左右同時に収まった。
よくわからないけど、彼女のいう『バランス』の定義にかなったらしい。
彼女はそのまま、何事もなかったかのように歩き出そうとした。背負った巨大な斧が、その歩みに合わせて重苦しく揺れる。
「あ、待って! ここ、どこなんだ? 俺、記憶もなくて、行く当てもなくて……!」
追いすがろうとした俺の鼻先を彼女の長い桃色の毛先がかすめた。
思えばピンクの髪なんて俺の住んでいる世界では、少なくとも、地毛で映えている人間なんていない。
やっぱりここは、異世界なのだろうか。
「あの、俺、ここじゃない違うところ、その……異世界から来たみたいなんだ! ここのこと、教えてくれないか?」
「……異世……界?」
彼女の足がピタリと止まった。振り返りこちらを見る。感情を写さない瞳が、初めて俺を捉えた。そして目を丸く見開く。
「君、顔よく見せて!」
俺の質問はそっちのけで、少女は密着するくらい距離を詰めてきて、そして両手で俺の顔を包む。
「ひゃっ!」
あまりにも唐突で変な声が出た。少女はじっくりと俺の顔を見つめてくる。背伸びをして更にその距離が近くなる。
「こ、これ、どういう状況ですか?」
声が震える。恥ずかしい話、俺は女の子に耐性がない。どちらかっていわなくても学校では地味のカテゴリーに入るし、女子と会話するのなんか1週間に1回か2回あればいい方だ。
そんな俺が初対面の女の子にめっちゃ顔近づけられている。これいかに? これいかに!?
「目の大きさ、鼻の筋……耳の形……」
「え? え? 何ですか?」
ビビッて敬語になる俺。そして不意に手が伸びてきて、前髪を触られ真ん中分けにされる。
「左右対称だ…」うっとりとした目で言う「君の顔……好き」
「な……!?」
今、なんて言われた? 好き? 俺の顔が? 聞き間違いかも知れない。きっとそうだ。
「好きだなぁ……この顔」
間違いなく言われた。俺の顔が?
「そ、そんな! だって俺、産まれてこの方、誰からもイケメンだなんて言われたことないし……!」
厳密にはイケメンとは言われていない。でも、言われたようなものだし。緊張と喜びと……いろんなものがごっちゃになった複雑な感情だ。
そもそもこの子の顔だってすごく整っていて可愛い。
「イケメン?」
少女は首を傾げた後、何かにきづいたように手を叩く。そして愛用の双剣を抜きこちらに見せつける。まったく同じデザインで長さも均一だ。
「イケメン!」
「あ…いや、そうじゃなくて」
次に綺麗な十字架のように倒れている野盗たちを指さして「……イケメン?」
「……左右対称やバランスのいいものを、イケメンって言うわけじゃないんだ」
「ふーん……まぁいい。これから近くの町に向かうところだから一緒に行こう」
「ありがとう…」
「イケメン、お腹空いてない?」
「あ、少し」
顔を気に入ってもらったらすごく親切になった。彼女は腰に下げたポシェットから包み紙を差し出す。
開けてみると干した肉のような物が出てきた。
「ありがとう、えっと、これどんな味?」
「知らない」
知らないものを寄こしてきた。しかし空腹には抗えないので、切り分けてあった干し肉を一切れ食べてみた。
「あ、でも塩が利いてて美味いよ」
「そう、よかったね」彼女は少しはにかんだ。……可愛い。「じゃあいこうか、イケメン」
「待って。イケメンって呼ぶのはやめて。できればリクトって呼んでくれ」
自己肯定感が増すけど、さすがに恥ずかしいのでここはハッキリさせておこう。
「わかった、リクト。……シェルン」
そう言って手を差し出してきた。
「え?」ああ、そういう挨拶かな「シェルン!」と言って俺は手を差し出そうとした。
「違う、シェルンは私の名前」
「あ、ああ! そっか……じゃあ、シェルン、よろしく」
俺は彼女と握手を交わす。この世界にも定着している文化のようだ。
彼女は先導するように前を歩き出す。そこで、俺は否応なしに目に入ってきた『それ』について訊ねることにした。
「シェルン、ところでその斧は何で使わないんだ?」
シェルンの足がピタリと止まる。振り向く彼女の表情に、ほんの一瞬だけひび割れたような影が差した。
「これは、武器じゃない……」
「え、そうなの?」
儀式などに使う祭事用の物なのだろうか? 多分そういうものだろうと勝手に納得しようとしたが、シェルンは意味深な言葉を放った。
「今はまだ、結んでいないから」
「……え?」
「……結んだら、終わる」
「終わる?」
その言葉の意味が何一つ理解できなかった。




