バトルアックスとバスタードソード②
「カイデン、てめぇ、どこまでゲスなんだ……!」俺はふらつきながら立ち上がる。
「おっと、動くなよ? この綺麗な長い耳を切り落としてやろうか」
「リクト……っ!」
「卑怯だぞ……」
「戦略的と言ってくれ、無駄な血を流さず勝つのが賢いやり方だ」
カイデンはレミファを拘束したまま、ゼムスの隣に立つ。
「……余計なことをするな」ゼムスが兜の奥から静かに言い放つ。
「お前こそ、要領の悪いことをするな。こんな上玉の女二人、傷つけずに「納品」すんのが最優先だろうが」そしてカイデンはシェルンを値踏みするように見る「ほら、早く武器を捨てろ。命だけは助けてやるからよぉ!」
シェルンは背中の斧に伸ばしていた指を下ろし、静かに立ち上がった。
「シェルン!」
カイデンは口元を吊り上げ、完全勝利を確信する。
だが……。
「……興味ない」
「は?」
「別に私はそこのエルフとは知り合いじゃない……殺すなら勝手に殺せばいい」
シェルンはボロボロになった服の袖を忌々しそうに見つめながら淡々とそう言った。
「ちょ……あんた……ええ?」
これにはさすがにレミファも自分の耳を疑っているようだった。普通、盾にとられた人間がたとえ赤の他人だったとしても、少しは動揺するだろう。
「お前、状況わかってんのか!? 殺すって言ってんだぞ!?」
「高額で売れる若い女エルフ……簡単に殺せないでしょ? 金の呪縛に捕われた人間が、自らその呪縛を解けるわけがない」それに、と彼女が言う「彼女を救うのは私じゃない」
「は……?」
カイデンが首を傾げた、その瞬間だった。
ゼムスが動いた。カイデンの腰の後ろに下げた剣を抜き取り、その脇腹に一切の容赦なく突き刺した。
「がはっ……!ゼム……ス……な……ぜ?」
崩れ落ちるカイデン。その無慈悲な光景に息を呑んだのは俺だけではない、野盗たちからも混乱の声があがる。
「……え? なんで……?」
困惑するレミファにゼムスは短く告げる。
「……行け」
「あの……」
呆然とするレミファを追い払うように、ゼムスは大剣を振りかざし野盗たちに向けて咆哮する。
「邪魔をするならお前たちも今ここで斬り捨てる。命が惜しければ去れ!」
「ひぃぃぃいいい!」
「冗談じゃねぇ!」
蜘蛛の子を散らすように野盗たちが逃げ去っていく。俺はその間を掻い潜りレミファのもとへ駆け寄り、足もとに転がっていたナイフでその手首の縄を断ち切った。
「リクト……! リクトぉっ!」
泣きじゃくりながらレミファが俺にしがみついてきた。
「ごめん、ウチのせいで、そげん痛い目に遭わせて……! ごめん、ごめんねぇ……っ!」
「い、いや、だ、大丈夫だから、そんな泣くなって!」
戸惑いながら震える彼女を抱きしめ、俺は前方を見据える。
もう邪魔をするものは誰一人としていない。
対峙する桃色髪の少女と、黒鉄の騎士。
「お膳立てはしてやった」ゼムスは言った「ここまでして、その斧を抜かぬ、などと無粋は言うまいな?」
シェルンは返事をする代わりに背から真っすぐ伸びるバトルアックスの柄に手を掛けて、そして抜いた。
だがその鈍色の刃が彼女の背を離れた瞬間、彼女の身体が大きく揺らいだ。
「……くっ」
シェルンは斧の重みに逆らえず体をよろめかせる。片刃が地面に深くめり込み、土煙をたてる。それまでの精密機械のような動きは見る影もない。
(シェルン? まさか、使いこなせてないのか?)
最悪の事態が脳裏をよぎる。ゼムスもまた、その兜の奥で失望の色を見せた。
「……買いかぶりすぎたか? 武器に振り回される者に俺は倒せん」
しかし乱れた髪の隙間から除くシェルンの瞳に諦めの色は見えない。
「そうか、では、こちらから行くぞ!」
シェルンの闘志に応えゼムスが地を蹴った。
唸りをあげる大剣は、俺の目では追いきれない速度でシェルンの肩口に振り下ろされる。
――だが、
シェルンはそれを超える速さで、めり込んだ斧を強引に引き抜いた。
ガキィィィン!
「ぐぅっ!?」
森の木々を揺るがすような金属音が響き、ゼムスの大剣が弾きあげられる。
死に体だ。黒騎士の体勢が完全に崩れる。
「ああっ!」レミファが思わず声を上げた。
シェルンは振り上げた斧の反動を利用して飛び上がり、両手で握った斧を振り下ろす。
ゼムスはかろうじてその一撃を大剣で受け止めた。その足元の地面が円形に窪む。
――なんという一撃の重さだ。
「ぬぉぉぉぉぉっ!!」
ゼムスが咆哮とともに、その斧を押し返す。
シェルンは反動を殺しきれず、斧に引っ張られるようにして後方へ大きく飛び退き、着地した。だがその足元が不自然に泳ぐ。
彼女はよろめきながら、杖代わりにするかのように斧を地面に突き立て、ようやく踏みとどまる。
(……おかしい。何かが、変だ)
さっきまでの、あのバランスの取れた、美しい戦い方じゃない。
今の彼女は、斧という名の巨大な振り子に振り回され、必死に自分の重心を追いかけているように見える。
そして何より、たった二振りだ。
それだけで、彼女の肩は激しく上下し、青白い額には不自然なほどの汗が滲んでいる。
「……やっぱり、あの斧は」
俺にしがみつくレミファが、震える声で呟いた。
「レミファ?」
「あの斧は『代償の斧』。ウチらエルフからはそう呼ばれてる。あの斧は、きっと振るたびに使用者の生命力を吸い取っとるとよ! あんなの使いよったら、あの子は……!」
「何だって……!?」俺は愕然とした。そもそも何であいつはそんな斧を持っているんだ。
俺たちの困惑を他所に、二人はバスタードソードとバトルアックスを一合、二合と打ち合う。
互いに決定的な一打は生まれない。だが、呪いという制約がある分、シェルンの方が圧倒的に不利だった。
呼吸の乱れ、発汗がより顕著になっていき、徐々に劣勢になっていく。
――そして
切り上げたゼムスの大剣が、シェルンの胸当てを掠め、粉砕した。お互いに打ち合ってから、初めて体の一部に触れた一撃だった。
「くっ……はぁ、はぁ……」
斧を地面に突き刺し額を拭う。
「そろそろ潮時だ……」ゼムスもまたシェルンほどではないが息があがっていた「決着をつけよう」
「……のぞむところ」
シェルンは斧を引き抜き、両手で構える。ゼムスもまたそれに応じ、背後に引き絞るように大剣を構える。
一瞬の静寂の後、二人は同時に真っ向から激突した。
「獲った!」
ゼムスがバスタードソードを一閃する。そしてそれはシェルンの身体を確実に仕留めた、かのように見えた。だが、そこに手応えはなかった。
「何だと!?」
回避は不可能のように思えた。だが、彼女は最初から真正面からぶつかる気などなかったのだ。ゼムスの振りぬいた剣を死角に、背後に回り込んでいた。
背後から放たれたシェルンの一撃が、ゼムスの肩甲骨を覆う装甲を粉砕した。
「やった!」俺は思わず叫んでいた。
ゼムスの鎧に食い込んだ渾身の一撃。
だが、鎧の破片が舞う中、ゼムスは強引な体の捻りだけで致命傷を回避していた。
鎧の隙間から覗く肌には傷一つついていない。
浅かった。届かなかったのだ。シェルンはその場で膝をつき、その目に僅かな悔しさを滲ませる。
「やっぱり……ばないと……ダメ、なの?」
乱れた髪が地面に垂れる。疲弊しきった彼女は立ち上がる力も残っていないようだった。
「シェルン!」俺は思わず駆け出そうとしたがレミファに腕を引かれる。
「リクト、いかんって! 行ったっちゃ、あん人に敵うわけなかろうが!」
「でもっ……!」
そう言っている内に、ゼムスは無慈悲な足取りでシェルンの前に歩み寄る。
「代償の斧、か。残念だったな……お前はそれを使いこなせなかった」
「くっ……」
黒騎士が大剣を天にかざす。この戦いに幕を引く、処断の一撃。
「シェルンっ!!」
俺はナイフを握りしめ、駆け出していた。レミファの腕を振り払い、死に物狂いで走った。
背後からレミファの悲痛な声が聞こえた。
振り切るように、俺はシェルンとゼムスの間に割って入った。
短いナイフの背に左手を添え、今まさに振り下ろされるバスタードソードを受け止める姿勢に入る。
「リクト!? ダメっ!」シェルンが意外なくらい感情的な悲鳴をあげる。
それくらいなことをしてるんだな、俺……。
恐らくこいつの一撃はナイフを砕き、俺の身体もろとも一刀両断するだろう。
それでいいんだ。シェルン、お前には成すべきことがあるんだ。
(ああ……でも、やっぱり死ぬのは怖い……!)
そう思った。俺は力いっぱい目を閉じた。でも、いつまでたっても俺は真っ二つにはならなかった。
「え……?」
俺は恐る恐る目を開けて、そして腰を抜かした。ゼムスの斬撃は俺のナイフに触れる直前で止まっていたのだ。
しかし……
「ごふっ……」
ゼムスの兜の隙間から、赤黒い血が漏れてくる。
「えっ……?」
俺の動揺をよそに、黒騎士はその場に両膝を突き、うつ伏せに倒れた。
そこには鎧が砕け、むき出しになった背に突き刺さる一本の矢があった。
あまりにも呆気ない幕切れだった。




