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バトルアックスとバスタードソード①

 静まり返った戦場を、シェルンの足音と、不釣り合いな背中のバトルアックスが揺れる音だけが支配する。


 先ほどまで勝どきを上げていた野盗たちは引きつったままの表情で固まっていた。


 そして何人かの、彼女の歩く先を塞いでいた男たちは、己の意に反してその進行方向を譲ってしまう。


 こんな小さな少女に対して、だ。


 そんな中で何人かの野盗が、彼女の背負う斧に気づき、ざわめきたつ。


「おい……あれ……」


「呪いの斧……なんであんな子供が?」


「あ? 何の話だ?」


 全員が全員その斧のことを知っているわけじゃないらしい。



「な、なんだこのガキは! お前ら早くそいつも取り押さえろ! 売り物にしてやる!」


 カイデンの悲鳴に近い叫びが静寂を引き裂く。


 それでも誰一人として動けない。手にした剣を持つ手が震えている者すらいる。


 シェルンが俺の目の前で足を止める。


 俺はまだ力の入らない身体を両肘で起こし、なんとか顔を上げた。


 彼女はしゃがみ込み、汚れ切った俺の顔を無機質な目で覗き込む。


「……リクト、大丈夫?」

 

「まぁ……ね」


「顔、汚れてる」そう言って、俺の口元の血を指で拭き取る「でも、傷はない」


「……よかった、ですかね?」


「左頬が少し腫れてる」ちょっと不機嫌そうな顔になった。


「あ、いや、それは……」


 ちらりとレミファの方を見ると、彼女は罰が悪そうに目を逸らしていた。


「まぁ、腫れが引けば問題ない。歪んだら、直せばいいし」


 直すって……何されるの?


「おいこら!さっきから俺たちを無視してんじゃねぇ!」


 シェルンが立ち上がると同時に、ようやく呪縛から解かれた野盗の一人が、背後から彼女の華奢な肩を掴もうと手を伸ばした。


 だが、その指先が触れる直前――。


 彼女の身体は、独楽のように一度だけ回った。


 次の瞬間、男の巨体が前のめりに崩れ、顔面から地面に叩きつけられる。ドスッ、という鈍い音。男は受け身も取れず、そのまま動かなくなった。


「……触らないで」


 それを見た野盗たちは再び静まりかえる。


 スラッ、とシェルンの双短剣を抜く音だけが、冷たい硬質な音を立てる。覇気のない瞳に僅かに光が差す。


 その視線が己に向けられたものと悟り、ゼムスは地に突き立てた大剣を抜いた。


「あなたは世界の歪み……」


「シェルン、一体どういう? そもそも何でここが?」俺はようやく立ち上がる。まだ膝が震えている。


「説明はあと」


 シェルンは二対の双剣を左右対称の姿勢で構え、ゼムスと向き合う。


「貴様、その斧は……」ゼムスが鉄兜の下で微かに笑いを漏らす「まぁ、いい。それを抜かんのか?」


「必要ない……」


「ふ、では、その細い腕でどこまでやれるのか、見せてもらおう」


 ゼムスは小さく息を吸い、正眼の構え。


 その巨大なバスタードソードの切っ先を、シェルンの喉元に定める。


 そして革の柄を握る指に力を込める、その瞬間――。


 ゼムスの、いや、俺たちの視界からシェルンが消えた。


 誰もが彼女の行方に目を凝らす。


 そして、唯一「その」動きに追いつくことができたのは当のゼムスだけだった。


 ゼムスの背後、その虚空に彼女はいた。


 両手の双短剣を重ねるように振り被り、鎧と兜の継ぎ目、首を狙って振り抜く。


 捉えた! そう思った。しかし、その確信は次の瞬間、霧散する。



 ゼムスは振り返りざまに重心を背に傾け、そこに生まれた空間に左腕をねじ込む。


 ガツンッ!とガントレットに弾かれた双剣。


 すかさずゼムスは右腕一本でシェルンの脇腹を目がけて一閃するが空を切る。


 ゼムスの足元、屈み込んでいたシェルンはその反動を利用して、右手の短剣で首元を狙う。


 ゼムスはその切っ先を左の甲で辛うじて防ぐと、右手のバスタードソードを切り返し気味に、目にも止まらぬ速さで振り下ろす。


 しかし俺がその斬撃を視認できたときには、既にシェルンは元いた位置に戻っていた。



 何事もなかったかのように息一つ乱さず、双短剣をやや外側に構えたシンメトリーな姿勢。


「なん、今の? むちゃくちゃやん……」


 レミファは自らが捕まっている状況なのを忘れ、呆然と呟いた。


「速さだけではお前の方が上かも知れん」ゼムスは言った「だが、それだけではこの鎧に傷一つ付けられぬぞ」


「あなたの重心、やや左寄り。僅かな傾きは、いずれ大きな揺らぎになる……その時が終わる時」


 シェルンの言葉が終わるやいなや、次はゼムスから仕掛けた。


 巨大な大剣、その質量を不問にするかのような神速の斬撃を、シェルンは舞うように躱す。


 紙一重、剣の風圧に髪をなびかせながら、回避動作の反動を双剣の反撃に込める。


 鎧の合わせ目、彼女の銀光は正確に「隙間」を突くが、ゼムスはその都度、最小限の身体の捻りと頑強な装甲で刃を受け流す。


「なんだよ……これが、こんなのが人間同士の戦いか!?」


 そしてそんな俊敏な動きを、ゼムスは鎧を纏い、シェルンはあの大きな斧を背負ったままでやっているのだ。


 誰もが息を呑む中、シェルンは一瞬の勝機を見た。


 ゼムスの大振りの直後、その姿勢がわずかに前傾する。シェルンは鋭い蹴りをゼムスの喉元に突き放った。


 狙い通り、鉄兜の顎を撥ね上げるような一撃だった。


 しかし、その刹那、シェルンの表情が曇る。



 動かない!


 本来なら首が折れるか、少なくとも兜が飛ぶはずの衝撃。


 だがゼムスの頭部は一ミリも微動だにしない。



「……っ!?」



「捕まえたぞ……」


 ゼムスは掴んだ彼女の細い足首を、まるで雑草でも引き抜くかのように上方へと撥ね上げた。



「……っあ!?」


 宙に放り出され、逃げ場を失った彼女の身体は、ただの的でしかない。


 ゼムスはバスタードソードを脇に構え、彼女の体が正面に落ちてくるタイミングに合わせて水平に薙ぐ。



「くっ……!」



 シェルンは反射的に両腕を胸の前で交差させ、二本の短剣を重ねた。



 ――衝突。



 ゴキンッ!!!


 金属音を通り越した破壊音が轟く。



 ゼムスの斬撃を真正面に受け止めたシェルンは衝撃を逃がしきれず、砲弾のように弾き飛ばされた。 


 背中から地面を一度、二度と叩きつけられながらも、強引に身体を捻り体勢を整える。


 地を深く抉りながら片膝を突いたシェルンの髪が乱れる。彼女は表情一つ変えずにゼムスを見据えている。



 気づけば彼女の左手から短剣が消えていた。ふっ飛ばされた時に手から離れてしまったらしい。


「斧を抜け。それを使わねば俺とは渡り合えんぞ」


 シェルンは右手に残った短剣をじっと見つめ、それを地面に突き立てた。


 そして背負っているバトルアックスの、頭上に伸びている柄に手を掛ける。


「シェルンっ!」俺は叫んだ「大丈夫なのか!?」


 シェルンの目に一瞬、迷いが見えた。呪いの斧、野盗やレミファはそう呼んだ。その言葉の意味はシェルン本人が一番理解しているはずだ。


「くはははっ! そこまでだっ!」



 場違いな汚い笑い声が二人の間に割って入った。


 声の主、カイデンは拘束されたレミファの背後に立ち、その細い喉元にナイフを突きつける。


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