運び屋と用心棒③
さっきまでの爽やかな笑顔がまるで嘘のように下卑た笑いを携えながらカイデンが言った。
「所詮、寄せ集めだ。実力者相手には歯が立たんだろう」
……こいつら、最初から計画通りだったってことか。思えば不自然だった。最初の休憩では荷物の管理を自分たちに任せていたのに、さっきの休憩はカイデンのイレギュラーの提案では荷物を一か所にまとめさせていた。
あれは戦いのゴタゴタの中で『商品』を破損させないためだったんだ。
そして俺たちが疲弊しきった直後の襲撃……どこまでもやることがこすい。
「ゼムス……カイデン……お前ら……」
「大人しく帰っていればよかったのだ」
ゼムスは笑うでもなく、蔑むでもなく淡々とそう言った。
「とはいえ、そろそろ片づけてもらおうか? 使い捨てとはいえ、駒を集めるのは骨が折れるんでね。……呼びつけておいた援軍も遅れているようだし、な!」
言いながらカイデンが俺の背中を軍靴の踵で踏みにじる。
「……ぐあっ!」
「……心得た」
ゼムスが地に刺した大剣を再び抜き、静かに激戦の真っただ中へ歩み寄っていく。彼が近づいていくと空気を察した野盗たちがニヤニヤと笑いながら後ずさり、距離を取る。
最初、自体が飲み込めなかった護衛たちは、仲間の死体とその状況から全てを感じ取る。
「てめぇ、裏切りやがったのか!!」
「……裏切る? 俺はもとより仲間ではない……」
ゼムスの言葉の終わりを狙って、森の奥から一筋の矢が襲い掛かる。レミファの放ったエメラルドの光矢が頭部を捉えようとした瞬間、白い闘気のようなものが彼の体から衝撃と共に発生する。矢は触れることも許されず木っ端みじんに砕ける。
「無駄だ……」
動揺する男たちを前に、ゼムスがおもむろに腰を落とし、バスタードソードを正眼に構える。
「ふざけるなッ、裏切り者が!」
護衛の二人が左右から決死の挟撃を仕掛ける。
ゼムスが動いた。一歩、踏み出す。重厚な大剣で水平の弧を描くように一回転して男たちの間隙を抜ける。その挙動には、一切の力みも、殺気もなかった。
男たちは自分が斬られたことすら気づかず、数歩進んでから上半身がずり落ちるように崩れ落ちた。断たれた血煙の匂い。それは攻撃ではなく、ただの「作業」だった。
「ちきしょう! これでもくらえ!」
別の男が差し向ける槍。ゼムスはそれを受け流すことすらせず、その穂先をガントレットで叩き折る。得物を失った男の顔から血の気が一気に引いた。
「ひ……っ、やめ――」
その命乞いさえ、漆黒の剣閃が遮った。
ゼムスの振るう大剣は、重さを感じさせないほど滑らかで、それでいて触れるものすべてを紙細工のように切り裂いていく。
無駄のない足運び。正確無比な一撃。
数分前まで仲間として歩いていた男たちの命を、彼はまるで蟻を踏みつぶす象のように圧倒的な強さでねじ伏せる。
最後の一人が逃げ出そうと背を向けたが、ゼムスは構えを崩さず、大剣の重みを借りて垂直に振り下ろした。
「……終わりだ」
地響きのような音と共に、男は鎧ごと地面に埋没し、二度と動かなくなった。
静寂。
周囲に転がるのは、かつての仲間だった、物言わぬ肉塊の山だ。
最初にその静寂を破ったのはカイデンの乾いた拍手の音だった。遅れて野盗たちも勝どきを上げる。
「さすがだな。高い金を払って雇っているだけのことはある。やはりお前、俺の下で働かないか? 金も、酒も、女も思うままだぞ」
「……遠慮する」
「相変わらず、腕っぷし以外は面白くない奴だ」
「もういいだろう、薬を回収する」
「いいや、まだだ」とカイデンは口元を吊り上げて歪んだ悦びに目を細めた「エルフの女がいたはずだ」
「……この状況で弓兵一人ではなにもできん。放っておけ」
「生け捕りにする。あんな上玉、売り払えばいくらになるか。その前に余興で俺たちが楽しんでもいいしな」
「俺の仕事の領分ではない」
「いいさ、後は俺がやる」
そう言ってカイデンは突っ伏している俺の髪を乱暴に掴み上げ顔を晒すと、取り上げたナイフを首筋に這わす
「出てこい、エルフの女! こいつの命がどうなってもいいのか?」
「ダメ……だ! 逃げ……ろ……」
俺は必死に声を絞り出す。恐怖で声が震える。
「10数えるうちに出てこい! 1つ! 2つ!」
ナイフの切っ先が肌に触れる。叫びだしたい気持ちを必死に抑える。せめて、レミファの負担にならないように……。
「やめて!」
どこからともなく声が響く。しばらくして、森の奥からレミファが姿を現す。弓を捨て、両手を上げる。
「なんで……」
俺の情けないつぶやきを、カイデンの嘲笑が打ち消した。
「さすが、エルフはお利口さんだ。……取り押さえろ」
野盗の一人にレミファは後ろ手に縛られ、カイデンの前に連れてこられる。
「また、お会いしましたね? レミファちゃん」
カイデンはそれまでの旅路で見せていたあの爽やかな「偽りの笑み」を浮かべた。
「……約束やろ。リクトば放して」
「んー、それは君次第、ですね」
「んっ……」
カイデンが指先だけでレミファの顎をえぐり取るように持ち上げる。カイデンの目が獲物を睨む蛇のようにねちっこくレミファの肌を刺す。
「まぁ、君、僕のこと気に入ってたみたいだし、まんざらでもないだろ?」
「その汚ねぇ手を離せよ、このクソ外道がぁっ!」
後先考えず俺は叫んでいた。直後、名も知らぬ悪漢が、間髪入れず俺の腹に蹴りを突き刺してくる。
「ぐうっ……!」
「リクト! やめて!」
「……は、はっ! 強い奴の背中に隠れてるだけの三下が! 都合のいいときだけ優男気取りかよ!」
俺は必死だった。口を止めなければ、レミファがあいつに汚されそうな気がして、必死に気を引いた。
たとえその代償がそいつの足蹴だとしても。
「誰が三下だ! あぁ!?」
「ぐ……ぐぅぅ……」
俺の後頭部にカイデンの軍靴の底が擦りつけられる。どうやら三下って言葉が効いてるらしい。
「リクト、もうなんも言わんで! ウチは大丈夫やけん! あんたは自分のことだけ考えんしゃい!」
「何だ……よ……。偉そうにしてる割にはうだつ上がらない感じ、か? まぁ、現場仕事して、る、時点でお察しだけどな」
「黙れって言ってんだよ!」
「かはっ……!!」
転がされ、鳩尾を蹴りあげられる。息ができない。一瞬だけ意識が途切れそうになる。でも、まだ生きてる。
「リクト、やめて……もう、なんも言わんで……」
ぼやける視界に、レミファの涙が見える。俺はできているか自信がないが、彼女に笑って見せた。
「もういい、殺せ。永遠に黙らせろ」
カイデンが部下に指示をする。
「なんで!? 約束と違うやろ!」
「そもそも約束なんかしてねぇだろ! さっさと首を切り落とせ」
「リクト! リクトぉぉーーー!」
下品な笑いを浮かべた野盗が大鉈を持って俺にすぐ傍で立ち止まる。処刑の刃が振り上げられる。
「自分の手も汚せない臆病者か! だっせーな! だからお前は一生三下なんだよ! 三下ぁ!」
もう死ぬまで口を止めるもんか。
何もできなかったけど、少なくとも俺は、最後まで立ち向かった。
胸張って……死ねる。
そして死の間際、俺が最後に目にしたものは……空を舞う大男だった。
…………え?
ドシャッ!!
「ぐえっ!」
「な、なんだ!? 何が起こった!?」
カイデンや野盗たちに動揺が走る。
倒れる俺の目の前に飛び込んできたのは、口から泡吹いている屈強な野盗だった。
よく見るとそいつは、昨日俺を襲ってきた二人組の山賊の、ふとっちょの方だった。
確かナチョとか呼ばれてた。ナチョは俺を処刑しようとした男を押しのける感じで目の前で伸びている。
間もなくして、片割れの小さいおっさんの方も飛んできた。またしても綺麗な十字架みたいにナチョに覆いかぶさる。
「こいつ、遅れてた援軍じゃねぇか!」
「空から降ってきたぞ!?」
そこにいる誰もが事態を把握できずにいた。俺も、レミファも、誰もが空を見上げる中、ただ一人、ゼムスだけが森の奥を見据えていた。
「……出てこい」ゼムスの殺意を孕んだ声が低く響く。
ガサガサと茂みが揺れ、その少女は姿を現した。
左右に一点の狂いもなく分けられた、桃色の長い直毛。
温度を感じさせない大きな瞳は、顔の中心から等距離に配置され、完璧な対称を描き出している。
腰の両端に下げたポシェットさえも、その装いは寸分のズレを許さず、鏡合わせのような均衡を保っていた。
だが、その極限まで整った輪郭の中で、唯一、その背に負った大きなバトルアックスだけが、彼女の完成された均衡を暴力的にぶち壊し、あまりにも禍々しいアンバランスを撒き散らしていた。
華奢な少女と、無骨な戦斧。
彼女は目の前に広がる惨状にも、こちらを睨む黒騎士の視線にも目をくれず、淡々とつぶやく。
「右手で10人、左手で10人倒してきた……しっかり均衡が取れてる」
……少しだけ得意げだ。
「シェルン!!」
俺はいまこの世の中で一番頼りになる最強の仲間の名前を叫んだ。




