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運び屋と用心棒②

 町を出ると、辺りは静けさに包まれる。車もなければ、電車もない。視界を埋め尽くすビルもない。遠くを見れば地平線や山の稜線がはるか遠くに見える。


 何より、空気が澄んでいて「空気が美味しい」というのはこういうことを言うのだろうと思った。


 しかし……。


「本当にこれ、重すぎるんだけど……」



 町を出てから少しもしないうちに、俺は音を上げた。薬の入った木箱を頑丈な縄で背中に背負って歩いているが、その縄が肩を締め付けて痛い。



「まだ町ば出たばっかやん。ほんと、だらしなかねー」


けたけたと笑うレミファ。


「いや、お前の荷物、俺のより随分少ないだろ?」


「だってうち女の子っちゃもん。少なめで当然やろ?」


「男女差別反対だぞ!」


 などと、しょうもないことを話していると……



「おい、私語を慎め」


 不意に背後から低い声がする。最後方を歩くゼムスだ。顔を覆う兜のせいでその表情が伺えないが、不機嫌であることは確かだ。


「す、すみません……」


 フン、と鼻を鳴らすゼムス。「クレベル、今のうちにこいつらは町に返したらどうだ? こんなひょろいガキと女エルフじゃ、足手まといだ」


「バカを言うな。届ける薬に誤差があってはならん。俺の査定に響く。用心棒が口出しをするな」


 こっちもこっちなら、そっちもそっちだ。


 さっきの言葉が聞き捨てならなかったレミファが歩を止めぬまま振り返り、黒騎士に食って掛かる。



「女やけんって、なめんなっての。あんたこそ、そげん大層な鎧着とる割に、なんも持っとらんやん」


 気の強いエルフだこと……。だが、ゼムスはそんな彼女の言葉を無視して歩く。代わりに口を開いたのは隣のクレベルだ。


「用心棒がいざという時に動けなかったら仕事にならんだろうが。エルフのくせにそんなことすらわからないのか」


「はぁーー!?」


「もうやめろよレミファ。すみません、頑張りますから」


 そんなやり取りをしていると前方の方から声がかかる。


「ここから、山道に入りまーす! その前にここで休憩しましょう!」



 副リーダーのカイデンがにこやかに手を振っている。

 

「はぁ、こん中でカイデンさんだけやろ、まともなん」



「かもな……」


「……てか、何より顔がよかし」


 改めて彼の顔を眺める。確かに目鼻立ち整っているし、あれなら俺の世界に行っても女子から人気出るだろうな。というか……


「やっぱり、あれか? ああいう顔、いいのか?」



「あんたの顔より、100倍はよかね」



 これが正しい基準なのだ。おかしいのはウチの斧っ娘だけなのだ。


 

 山道手前の大木の下で俺たちは休憩を取ることにした。


 男たちはその場に寝転がり、中には寝息を立てる者もいた。クレベルとカイデンは今後の計画について話し合い、ゼムスは俺たちから少し離れたところで直立し周囲の気配を探っているようだった。


俺とレミファも荷を下ろして、適当な岩場に腰を下ろした。


「あー、疲れた……。これ、夕暮れまで持つかな」


 縄の締め付けから解放された肩がジンジンと熱を持つ。


「リクト、ほら、水飲みんしゃい」


レミファが革袋を差し出してきた。


「ありがとう」


 まだ少し冷たい水が乾いた喉を潤す。ただの水なのにこういう時に飲むとやけに美味しく感じる。


「少しは元気出たみたいやね」


 俺はもう一度お礼を言って革袋を返す。


「リクト、この世界上手くやっていけそう?」


「え?」


 この世界に来てからまだたった2日目だ。なんかよく分からないまま流されて、こんなとこまできているが不思議と不安はなかった。何故か? それは明白だった。


「会う人に恵まれてるみたいだからな。上手くやれる気がする」


「え!? それ、ウチのこと?」レミファの長い耳がピンと立つ。


「……そう聞かれて、肯定するのは気が引けるな。まぁ、あくまで、レミファもその一人だよ」


 勿論、シェルンのこともだ。これから俺は元の世界に帰るまで彼女の世話にもなることだろう。


「あ、そう言えばさ」俺はそのシェルンの言葉を思い出す「エルフってさ……かなりレアな存在なんだよな?」



「なんね? 急にそげなこと聞いて」



「シェルンが言ってたんだ。旅して回ってもエルフに会えるのなんて1年に2回か3回くらいだって」


 この世界にきて初日で会えた俺はかなり幸運だということになるが……。


「シェルンって、昨日の斧持っとった子? ……たしかに、そーやね。エルフってあんまり里から出らんし……」


 ふっ、とレミファの表情が暗くなる。


「というか、ウチの里さ……二年前の事件でなくなってしもうたとよ」


「え……つまり、六星大落下の時?」


 レミファは頷く。「その時、ウチはたまたま用事があって里ば離れとったけん、助かったっちゃけど。友達も、家族も……みんな死んでしもうて。それからは、あてもなかまま旅しよーと」


「…………」


「やけん、ウチは比較的「会えるエルフ」って感じやね」


 努めて明るく言うが、ちょっと見てられなさもあった。


「エルフの里は一つじゃないんだろ? 事情を話して他のエルフの里に置いてもらうとかできないのか?」


「……エルフにも縄張りみたいなんがあるけんね。よそ者は、簡単には、受け入れてもらえんのよ」


「そう、なのか。大変なんだな、エルフも」


 レミファはチラッと俺の顔を覗き込んできた。そして立ち上がり大きく伸びをする。


「あー、ウチなんで、まだ会ったばっかりのあんたに、こげなこと話しよーとやろ。

ごめん。……忘れて」


「……ああ」


 気の利いた言葉なんて出るわけもなかった。この世界に来たばかりの人間が、彼女にかける言葉なんて、どうしたって全部薄っぺらくなってしまう。


「……ねえ、リクト。あのシェルンって子が背負っとる斧のこと、あんた何か聞いとーと?」


 不意に、レミファの瞳から軽さが消えた。それは、森の奥を見つめるような、深く、研ぎ澄まされたエルフの眼差し。


「……いや、特には。重そうだな、くらいしか。あれは何かあるのか?」


「あの子にあの斧ば使わせんで、あれは呪われた斧たい」


「……え?」


 俺は町での出来事を振り返る。人々のあの斧に対する拒否反応。もちろん異常だとは思っていたが「呪いの斧」なんてハッキリ言われると流石に身構えてしまう。



「ウチも詳しいことまではわからん。ただ、もっと年長のエルフや、ハイエルフなら知っとー人もおると思う」


「ハイエルフなんてのもいるのか……」


「ハイエルフは滅多に会えるもんやなかけん。それよりリクト、あんまり踏み込んだらいかんよ。できればあの子と一緒に行動するの、やめた方がよかと思う」


「でも、俺はあいつとパーティを組むと決めたから」俺は言った。しかしながら、不安は拭えなかった。


「……あんたがそう決めたんなら、ウチはなんも言わん。でも、斧は使わせたらいかんよ」


 それは心からの忠告だった。茶化すことなく真剣に受け取る。俺は次にシェルンに会ったとき、どんな顔をするだろう。怖くなるだろうか。それはわからない。でも、これだけは思う。

 

 あいつが何か重たいものを抱えているなら少しでも助けになりたい。俺は彼女に救われたのだから、恩は返したい。


 ふと視線を感じて俺はハッとなる。


 ガシャリ、と鉄の擦れる音がする。背後にゼムスが立って俺を見下ろしていた。


「……行くぞ」


 気づけば既に他の連中は出発の準備を始めていた。俺とレミファは慌てて薬の入った木箱を抱えた。




 険しい山道をしばらく進んだところで、俺たちは問題の土砂崩れにあった街道へと差し掛かった。


 上の方から流されてきた木や岩が道を塞ぎ、もともと狭かったであろう山道は、ところどころ完全に寸断されている。


 人が通るのがやっとという箇所も多く、足元を踏み外せばそのまま谷底行きだ。


「こりゃあ、馬車が通れないわけだな」


 スキンヘッドの男が言うと、眼帯をした男が同意するように肩をすくめた。


「足元に気をつけてください!」

先頭からカイデンの声が飛ぶ。「崩れたばかりの場所は特に滑りやすいです!」


 既に疲弊していた俺たちは言葉少なに土砂を進む。土はまだ湿っていて、踏み込むたびに靴底が嫌な感触で沈む。背中でゴトゴトと音を立てる木箱がより重く感じられた。


「リクト、大丈夫?」


 すぐ隣からレミファがちらりと俺を見上げる。

「……正直、あんまり」息を整えながら答えると、彼女は小さくため息をついた。その頬には一筋の汗が伝っている。


「無理せんでよ。落ちたら洒落にならんけんね」


 手練れの冒険者たちにも流石に疲労の色が見える。クレベルに限ってはロクに荷物も持っていないのに、眼鏡を曇らせてぜぇはぁ言っている。「なんで私がこんなことを」なんて悪態をつく始末だ。

 それより不気味なのはゼムスだった。兜の下の顔は見えないが、この悪路を重装備だというのに平然と歩いている。そして周囲の警戒も怠っていない。……マジもんのプロ用心棒だ。

 しばらく進んだ先で、カイデンが遅れている俺たちを待ち受けていた。

「大丈夫ですか? エルフのお嬢さん。君も。もう少しで難所は越えますからね」


「あっ、はい! もう全然大丈夫です!わざわざ待っていてくれてありがとうございますぅ~!」


 俺には絶対見せない笑顔でレミファがこびへつらう。とがった耳がピクピクと動いてる。なんだこの差は……。


「高貴なエルフの方がこんな仕事を引き受けてくれるなんて光栄ですよ」


「そんなぁ! 私もこれで医療のために少しでも役に立てるなら、恐悦至極ですぅ~!」


 地味に標準語なのも気に入らない。


「もう少し、頑張りましょうね!」


 そう言って白い歯を見せ、先頭に戻っていくカイデン。爽やかな笑顔は、汗さえ宝石に見えるようだった。……と、自分で言っててひがむ気持ちが湧いてきた。


「リクト、なぁにその顔? ヤキモチ妬いとーと?」


 俺の顔を覗き込みながらレミファがにやける。


「は、はぁ!? なにそれ? んなわけないだろ」


 つい、ラブコメみたいな返事をしてしまった! っていうか、博多弁の威力やばすぎだろ。


「あんたにはシェルンがおるやろ」


「べ、別にシェルンとはそういうんじゃないし」


 何を……何を言わせるんだこいつは!? でもちょっとだけこういうやり取り、楽しい。


「お前たち、無駄口を叩いてる暇があったらさっさと歩けぇ!!」


 疲労困憊で汗まみれのクレベルの怒号が背後から飛んでくる。俺たちは弾き出されるように慌てて歩き出した。




 泥濘に足を取られながら、しばらく歩いていくとようやく土砂崩れ地帯の終わりが見えてきた。


「ほら、もう少しやけんね。リクト、がんばりー!」


 次第に距離が開いて、前を行くレミファがこちらを振り返り励ましてくる。

「おおー……先行っててくれー! 追いつくからー」


 俺の後ろにいるのは黒い鎧のゼムスとリーダーのクレベルの2人だけだ。ゼムスはあくまでシンガリを守る意味で最後方にいるのだが、クレベルの方はもう顔が死んでいる。


 そして、泥濘を抜ける最後の一歩を踏みしめる。


「だぁぁ! もう歩けない!」


「おつかれー、よう頑張ったやん」


 先に土砂を抜け、腰を下ろしていた男たちが俺の到着を確認すると、おもむろに立ち上がる。


「ひぇええ……もう行くんですか」


「当然っ……だ。さっさと行かないと、日が暮れてしまう。俺の、ボーナスに……」


 俺から数歩遅れて地獄を抜けてきたクレベル。むしろ俺以上にお前こそ休め、と思う。


「いえ、ここはもう少し休んでからいきましょう」そう提案したのは爽やかカイデンさんだ


「リクトくんもやレミファちゃんもお疲れのようですし」


「きゃー! カイデンさん優しーい!」


 ……ブレないなこいつ。


「馬鹿を言うな! ヤマ場は抜けたんだ。ここからは休みなしで歩き続けるぞ」


 クレベルがカイデンに詰め寄り怒声を発するが、カイデンには動じる様子がない。


「まぁまぁ、クレベルさん。ここで疲れを引きずったまま先に進むより、一休みしてから行った方が効率的ですよ」


「……くっ、まぁ、それもそうだな。だが、10分だ。10分休んだら出発だ」


「……自分も休みたかったくせに、偉そうに言いよーと」


 レミファは俺だけに聞こえるように言った。思わず互いに見合って笑いがこぼれる。


「じゃあ、みなさん! 荷物は一度こっちにまとめて置いておいてください!」


「あ、ここにまとめて置けってか?」


 男の一人がカイデンに確認を取る。


「ええ、万が一割れてしまっては困りますからね」

 俺たちは彼が指したところに薬の木箱を並べた。


「おう、坊主」


 不意にスキンヘッドのごっつい男に声を掛けられる。


「はい?」


「お前、もうちっと体鍛えないとなぁ!」


「ええ……」


「そんななまっちょろい腕じゃ、エルフの彼女を守ってやれねぇぞ、ははは」


「そう、ですね……ははは」


 話の内容はともかく、この仕事を通して妙な連帯感が生まれたのは確かだ。この人も見た目は怖いけど案外いい人なのかもしれない。


 不意に、ひゅうっ、っという風を切るような音がした。スキンヘッドの男がカッと目を見開く。


「え……?」


 突然の出来事に俺は目を疑った。



 男の首にさっきまでなかった矢が突き刺さっていた。


 それは左から右に貫通していた。


 男の体がわずかに後ろに傾く。そしてその角度のまま修正されることなく、支点を失った棒みたいに倒れた。


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