運び屋と用心棒①
――視界一面の緑が広がっていた。太陽の眩しい日差しが緑を発揮させ、懐かしい芝の香りが鼻をくすぐる。
俺はよくこの芝生を走り回っていた。そいつと会うのはいつもここだった。そんな気がする。そいつ? 誰だろう? 思い出せない。
でも限られた時間の中で俺たちはいつも一緒だった気がする。
ふざけあいながら、俺はそいつを追いかける。無垢な笑顔。きっと俺もその頃はそうだった。顔を見ようとすると太陽の光が覆う。白く霞む。
待って、待ってよ。行くな。行かないでくれ。やがて視界の「白」は全てを覆っていき……。
※
目が覚めた。
真っ白になっていた霧のような視界が晴れ、飛び込んできたものは間近に迫った美少女の顔だった。
長い桃色の髪が天蓋みたいに俺の顔を覆っている。
「うぉん!!」
今のは驚いて叫びそうになった声を思い切り飲み込んだ音だ。
俺が目覚めたのを確認するとシェルンはベッドから何事もなかったかのようにフラフラと2、3歩下がる。
「……独特な目覚め方」
「誰だってそうなるだろ!」起きたら息のかかる距離に女の子の顔があって、まともでいられる男子がいるなら会ってみたい「な、何してたんだよ」
「寝顔があまりに整い過ぎてて見惚れてた」
シェルンはうっとりしていう。でもその言葉に額面以上のものがないから素直に喜べない。かと言って怒る理由もない。
「シェルン、昨日も言ったけど俺は今日、薬を隣町の診療所まで運ぶ仕事をするんだ」俺は畳んでおいた上着を羽織る「何でも今日はそこに泊まってから翌日報酬支給。ここに戻ってくるのは明日になると思う」
シェルンは壁に立て掛けてあったバトルアックスを担いでその重さを確かめる。
「わかった。……昨日のあのエルフも一緒?」
「あー、うん。俺この世界の文字が読めなかったから、レミファがいなければ今回の仕事にありつけなかったんだ」
俺は昨日の出来事を思い出す。あいつ、ちゃんと仕事来るよな?
「……リクト、あのエルフには気を付けて」急に真面目な顔になってシェルンは言った。
「え? あいつ、何か……あるのか?」俺は唾を飲み込んだ。
「顔を殴られないように。私はついていけないから」
「……。いや、そこまで暴力的な奴じゃないと思うぞ」
俺とシェルンは宿の一階で朝食を頂いた。
俺は見たこともない野菜のサラダと、同じく聞いたことのない名前の鳥の卵の目玉焼きを、パンと一緒に食べた。
シェルンは相変わらず今日もパンと白湯だけで朝食を済ませていた。
こんなんでホント栄養とか大丈夫かと心配になったが、白湯を飲んでホッとした顔になる彼女の顔を見ていたら野暮なことは言えなかった。
「じゃあ、いってくるよ」
「いってらっしゃい。また明日、ここで」
俺たちは手を振って別れた。シェルンも宿には戻らずどこかに向かっていった。
道は何となく覚えていた。まだ開店前の酒場の前まで来ると既に10名くらいの人間が集まっていた。もちろんそこには彼女の姿もあった。
「レミファ」
「……遅かよ。来んのかと思っとったっちゃ」
昨日あれだけ慣れたはずなのに、一晩明けるとやっぱり博多弁のエルフの違和感はぶり返す。
「お前が来ない可能性はあっても、俺は来るに決まってるだろ」
俺は表情に「昨日の出来事」を滲ませながら意地悪く笑ってみせた。
「しつこっ! まだ言うと? もう知らんけん、口きいてあげん」
そう言って口元をゆがめてそっぽを向く。エルフ云々関係なく、博多弁女子の可愛さ全振りの破壊力は改めてすごいなと思った。
「わ、わるかったよ。昨日は俺の言い方もよくなかった」
「ホントにそう思っとるん?」
「本当だよ」
「どうだか」
「こら、そこのカップル! 私語は慎んでもらおうか!」
集団の中心にいたリーダーらしき眼鏡の男が神経質な声で一喝した。
その男は軽装の鎧こそ着て、剣も下げているがどこか頼りなさそうだ。多分だけど普段は屋内で薬の調合などをしているのではないだろうか?
「はぁ!? か、カップルやなかし……!」レミファが抗議の声を上げるが、リーダーの後ろに立つ男の顔を見て、不自然に言葉を飲み込んだ。
リーダーと副リーダー的ポジションの若者の後ろに立つ、黒い鎧の男。肩には大きな……バスタードソードと言えばいいだろうか、禍々しい大剣を背負っている。
兜の隙間から覗く眼光は虎のように鋭く輝き、目で射殺すようにこちらを睨みつけている。
あの立ち位置からして彼らが保険として個別に雇っている用心棒だろうか。
素人の俺でも一目でわかる。こいつは絶対強い。
改めて周りを見渡すと、雇われたのは俺とレミファを含めて求人通りの10人だ。いかにも腕に覚えがありそうな屈強な男たち。彼らの得物や装備品は程よく使い込まれておりそれなりに「修羅場を潜り抜けてきた」という不穏な説得力を持っている。
逆にそんな荒くれ者どもの中で、隣に立つレミファだけが浮世離れしていた。
背負っているのは、エルフらしさ際立つロングボウ。ピンと張り詰められた弦が鋭い光を放つ。腰の矢筒には緑の羽をあしらった矢が詰め込まれ、時おりカチカチと乾いた音を立てる。
博多弁さえなければ……本当に理想通りのエルフなんだけど。
一方、この俺、嘉納陸翔は、女の子に買ってもらった新品の服、新品のバックパックを背負い、護身用に借りてきた無骨なナイフを腰に下げただけの高校生だ。
もはや、ソシャゲ初めて3日目くらいの装備である。あのリーダーの男と戦っても泥仕合になること請け合いだろう。
そんなのでこのクエスト達成できるのか!?
「リクト! 何ばぼけーっとしとーと。荷物配るって言いよーばい」
「おお……」
レミファに肘で突かれ、俺はリーダーのもとへ歩み寄る。どうやらここで点呼を取るらしい。
「君の名前は?」
「リクト・カノウです」世界観の為とはいえ、名前と苗字を逆に呼ぶのちょっと恥ずかしい。
「うん、名簿通りだ。私はベルパーレ医療団のクレベルだ。見たところ、強そうには見えんが……頼んだぞ」
「どうも……」
握手を交わす。
「副リーダーのカイデンです。そして、これが君の荷物ですよ」
カイデンは爽やかな笑みを浮かべつつ、暴力的な重さの木箱を手渡してきた。あまりに軽々持ち上げるので一瞬腰が持っていかれそうになった。
「おい、気を付けてくれよ!重傷者用の治療薬だ。これ一本割れるだけで5000クレの損失になるんだ」クレベルが悲鳴のような声を上げる。
ぞっとした。俺のこの世界での金銭感覚の基準は『いま着ている服とバックパック一式でぴったり1000クレ』なのだが、とりあえずそのセットが5つ買えるということだ。やばい金額ではないだろうか?
全員の点呼が終わり、俺たちはクレベルから説明を受ける。
俺たちはこれからこの貴重な薬をルシという隣町の大きな診療所に運ぶことになる。
街道が1週間前から土砂崩れで壊れており道が悪化しているため、馬車を使うとその振動で薬瓶が割れる恐れがある。というわけで、人手を使って輸送をすることになった。という流れだ。
貴重な薬のため、報酬が高く設定されているし、道中、何事もなければただ歩くだけで収入が入るのだから、かなり人気の高い求人だったそうだ。
「それでは出発します! 2列になって並んでください」副リーダーのカイデンが号令を取る。俺とレミファは示し合わすでもなく隣り合って並ぶ。
「なんとしても日暮れまでにルシにたどり着くんだ。遅れた者は減給だ! ではゼムス、シンガリは頼んだぞ」
ゼムスと呼ばれた黒鎧の男は小さく頷いた。
「任せておけ……。一滴も無駄にはさせぬ」
こうして、長い旅が始まった。




