95『激闘! ティアマット!』
地下59階層に《闇築因子》作った土の野営用小屋で寝て、そして目覚めた。
まだ寝ている他の人たちを起こさないように寝袋の中で横になったまま、60階層にいるボスモンスター・ティアマットのことを考える。
過去に挑んだギルドの念写画像を見ていたので、その姿は知っていた。
ウロコで覆われた胴には6つの首と長い尻尾がついている。脚は一般的なドラゴンよりは細く、長く、俊敏さを想像させた。
羽がついてはいるが、それは退化したもののように小さく、ティアマットの重量を空に上げるようには思えない。
素早く動き回りながら、6つの首から属性の違う攻撃をしてくるらしい。
タイプとしては「広範囲制圧型・多方向同時攻撃ボス」だ。
わかることはその程度なので実際に戦ってみないとなんとも言えない。
これまでのボスとの戦いを思い出して、ある疑問が浮かんできた。
西新宿ギルドが入っているオフィスビルの地下駐車場にあった「ダンジョンX」はルーシェルの話では異世界に勇者を送る“試練の洞窟”のオリジナルだ。
そして世界中にあるダンジョンはバグで増殖してしまったものだ。
だけど「ダンジョンX」にはティアマットもケルベロスも、富士山ダンジョンで戦った石の竜巻もいなかった……それは何故だろうか?
どうしてコピーダンジョンにいるモンスターが、オリジナルダンジョンにはいないのだろうか。
やはり、俺たちが「ダンジョンX」の最下層だと思っていた正二十面体の水晶体ボスがいたフロアのどこかにティアマットなどがいるさらに下の階層に潜るための階段があって、それを見逃していた可能性が大きい。
もしかして知床ダンジョンで手に入れた羅針盤があれば下への階段を見つけられたのだろうか?
だけど、もう何もかも今更の話だ────これから戦う相手に集中しよう。
全員が起きてきたので、朝食をとりながら作戦会議を行なった。
「まず戦闘には参加しない鯨山さんはなるべく階段付近にいてください、というかフロアには降り切らないで階段にいてもらってもいいくらいです」
「はい! わかりました!」
「久留里は自動回復魔法を新しく覚えたからそれを戦闘前に全員にかけてもらう。そしてダメージを受けた仲間を随時回復してくれ」
「りょ! たぶん、ほとんどは五郎の回復だねー! 解毒もできるようになったから毒でやられても治すよー!」
「耐久力の高い俺がタンク役になるのは当然だからな。久留里みたいな抜け作に俺の生殺与奪の権が握られているってのは恐ろしいけどよ」
五郎はそう軽口を叩くが、久留里を信頼しているのは全員わかっている。
真希はデザートのリンゴの皮を器用に剥きながら俺を見つめてきた。
「……私はいつも通り後方から相手を撹乱させればいいのね。狙えそうなら目も狙うけど」
「ああ、それに真希は《千里眼》で遠くのものも見えるから何かを見つけたらすぐに俺に教えてくれ。そして雪奈だけど……」
「私は五郎さんと一緒に前衛で戦う。《霧中歩行》で私の存在は察知されにくいから五郎さんにヘイトが集まる。私は隙をついてティアマットの首を落とすわ」
さすがに雪奈は自分の役割をしっかりと理解していた。
そして最後は俺がやるべきことだが……。
「俺はいきなり闇魔法をティアマットにぶっ放してやる。いわゆる「開幕ぶっぱ」ってやつだ。一発しか使えないけど最高魔法は出し惜しみしない方がいい。そのあとは状況を見ながら《闇築因子》で防御壁なんかを作っていく」
「社長のあの魔法はヤベぇからな。あれで敵の体力を削ってもらえたらかなり楽になるぜ」
「よし! じゃあ準備して出発しよう!」
我々は装備を身につけて地下60階層へとつながる階段を降りた。
鍾乳石が天井からつらら状に垂れ下がっているフロアにはティアマットがいた。
ティアマットは我々の姿を認識すると、準備運動なのか。あるいは帰れと見せつけるためなのか、6つの首から属性の異なる6つのブレスを吐いた。
「炎の首」は、灼熱の火炎放射のブレス。
「氷の首」は、空気すら凍結させる冷気のブレス。
「雷の首」は、ほとばしる稲妻の電撃のブレス。
「毒の首」は、毒霧のような病魔のブレス。
「水の首」は、圧力で物理的に攻める水流のブレス。
「風の首」は、全てを吹き飛ばす強風のブレス。
ひとつでも厄介そうなのが6つもだ。
俺は最強闇魔法の《天蝕む虚無の柱》を使うために両腕を前に出した。
その瞬間、ティアマットはブレスを止めてこっちに向かって走ってくる。
速い! 想像以上に速い!
これじゃあ《天蝕む虚無の柱》をやつの頭上から落とすのは無理だ!
「しゃあねえな。行くぞ!」
五郎が叫び、雪奈と共に前に出た。
やはりティアマットは、五郎にだけ意識を向けていた。
ブレス攻撃を五郎は避ける。
避けられないときはブレスを真正面から受け止めるのではなく、刃で“流した”。
それでも炎は鎧を焼き、皮膚を焦がす。
しかしタフな五郎はそれくらいじゃ倒れない。そして久留里が一瞬でダメージを回復させる。
ティアマットは五郎が近くにいるときにブレス攻撃をする。そのときは足が止まっているので《天蝕む虚無の柱》のチャンスだったが、五郎もついでに巻き込んでしまうから使えなかった。
雪奈はタイミングを見計らっているようだった。確実に倒せる時にだけ動く。これが彼女の戦い方だ。
そして雪奈はついに動いた。
首を一瞬さげる瞬間を見逃さず、彼女はティアマットの首をひとつ斬り落とした。
そのあとも、それの繰り返しだ。
雪奈はもうひとつ、そしてまたもうひとつ、首を落とした。よし、このままいけば倒せそうだ。
「ユッピー! もう私の魔法そろそろ終了の予定かもー!」
「マジか久留里? そうか、毒の首が残っていて、それの解毒でも魔法を使ってしまっているからな……」
「勇人……退却したほうがいいかも……」
俺が《闇築因子》で作った高台の上から弓で援護をしていた真希は《千里眼》でティアマットの首の様子がよく見えていた。
「三法師雪奈が斬り落とした首が……再生しようとしている。切り口からじわじわ肉が盛り上がっているのが見える。まるでトカゲの尻尾のように」
「じゃあ、せっかく首を減らしたのに、また元通りになるってことか……」
首が再生するなんて思ってもいなかった。
ティアマットの体力も減っているようには見えない。
くそ────ダメか。ここまでか。
俺は雪奈が斬り落として地面に転がっている「炎の首」「雷の首」「風の首」を見た。
モンスターは死ぬと霧のようになって消えるが、ティアマットそのものはまだ生きているから分離した首は消えないのだろう。
再生されるのは間違いなくあの転がってる3つの首のはずだ……。
しかし、そもそも6つもある首をどうやって統率しているんだ?
ティアマットにはどこかにすべての首をコントールしている「コア」のようなのがあるのか?
その時、もう一度転がっている3つの首を見た俺は気がついた。
6つの首には6つの属性がある……そうか!
まだ諦めるのは早い────その属性を利用すれば、勝機があるぞ!
次回
エピソード96『最下層と巨大魔石』




