118『開く上階への穴』
ルーシェルは「上層階への行き方」を俺に教えてくれる。
そのかわりに「異世界に帰らせること」を俺に諦めて欲しいらしい。
────気がついていたんだろうな、俺がルーシェルに帰ってもらおうと考えていたことに。
「君は世界の因果に詳しいし、俺の魂がどう流れるのかも見れたよね」
「はい」
「単純に気になったんだけどさ……君だけが異世界に帰ったとして、俺がこっちの世界で人生を終えたら、記憶を持ったまま君の異世界に転生して、また会えたりしないのか?」
「ユウト様の魂は二つの世界を行き来しやすい特殊な性質をお持ちです。ですから再び私の世界へ流れ着く可能性はあるとは思います」
「じゃあ、会える可能性はあるんだな」
「ですが、今回のように記憶を保持できるかは別です。前回はシャチクのお仕事中に仮死状態になったという特殊な状況でしたから……」
「なるほど……転生すれば必ずまた会える、ってほど単純じゃないわけか」
「はい。因果がどう結び直されるかは誰にもわかりませんが……たとえ記憶を保持したまま転生できたとしても、私とは生きる時代も種族も違う可能性も大きいですし」
もしダンジョンの最上階に異世界につながる階段があって、彼女がそこをあがりきってしまったら俺たちは二度と……永遠に再会できないってことか。
ルーシェルはそのことを知っていた。
元の世界へ帰すのが筋だというのは間違いない。
だけど最終的にどちらの世界で生きるかを決めるのは、本人の意思であるべきなんだろう。大事なのは筋が通っているかどうかじゃない。
正しいと思う道を押しつけるのは、それこそ彼女の人生を奪うことになる。
「わかった。もう君を異世界に帰そうなんて思わないよ。君がこっちの世界で生きていくと決めたのなら俺はそれを応援する。だからもう心配しなくていい」
「ほ……本当ですか?」
「約束は守る。というか守れない約束はしないってだけだけどね」
「嬉しいです……ありがとうございます」
久留里パパにルーシェルの戸籍のことを正式にお願いしにいかなきゃな。
まずはこの世界で彼女が安心して生きられる土台を作る。それが今の俺にできることだ。
あまり深刻に考えるのはよそう。
先のことは、そのとき考えればいい。
こっちの世界にひとり仲間が増えた。聡明でおもいやりがあるけれど、ちょっとポンコツで後先考えないところもある面白い女の子が。
────今は、それでいいじゃないか。
翌日、西新宿ギルドメンバーと雪奈はまた中野Cダンジョンへとやってきた。
今度はちゃんと五郎もいる。
ルーシェルは今回は雪奈のギルド側で登録してもらった。
1ギルド4人パーティーまでというルールの都合上、そのほうが都合がいい。
ルーシェルはもっと魔法を覚えたかったし、彼女のあまりにも強い魔力はきっと大きな戦力になっていくはずだ。
俺は前回と同じ位置に立って《闇築因子》を使って地面を隆起させた。今回は俺ひとりだけじゃなく全員が乗れるサイズの床を天井付近までせりあげた。
湾曲している天井の石に、俺は手のひらをつけた。
「勇人くん……それは何をしているの?」
「ああ、雪奈。魔力を送り込んでみようと思ってね」
だけど魔力を送り込むだけじゃ駄目なんだ。このあとはルーシェルから教わった方法でやらないといけない。
これと似たような仕組みが異世界の人間族の聖地にあるのだそうだ。
聖地もダンジョンも人間族の神が作ったものなので同じようにすればいいというわけだ。
手をつけて目を閉じて魔力を送る。そして石の向こうの鍵穴を見つける。
その鍵穴は現実には存在しない……けれど必ず「ある」らしい。
これかな? なんとなく鍵穴っぽいイメージが見えるような見えないような。
先に教えられてなきゃ気が付かないくらいのぼんやりしたイメージだ。
そして次は鍵をイメージして鍵穴に差し込む。
だけどただ回せばOKなわけじゃない。
左、左。
右を三回。
左、右、左……。
ルーシェルに教わった「うさぎちゃんのダンス」の手順を、頭の中で歌うようにたどっていく。
冷静に考えてみると……ノーヒントでこれってクソゲーすぎやしないかい?
たぶんだけど……もともとの“試練の洞窟”ってやつは普通に地下1階層から上に行ける階段があったんじゃないのか?
誰かが作った“試練の洞窟”を、ルーシェルが自分が作ったということにしちゃったから色々とおかしなことになっているような気がする。
────ガチャ
鍵が開いた手応えのような感覚が脳に入ってきた。
その瞬間。
天井に四角い継ぎ目が走り、石板がゆっくりとせり上がる。
その向こうには、これまで誰も見たことのない空間が……。
新世界――――――上層階へ続く縦穴が、静かに口を開いていた。




