117『気がついていました』
西新宿ギルドオフィスでダンジョン装備から私服に着替えて解散したあと、ルーシェルは俺の家に来た。
相変わらずイタズラ好き魔石のせいでペンやコップがフワフワと宙に浮かんでいる洋館1階のダイニングテーブルで俺たちは向かい合って座った。
「うちで話したいってことは、他の人には聞かれたくない話ってことだね」
「はい、私の生まれ育った世界……こちらの皆様が言われる“異世界”に関わることでしたので」
両手を膝の上に乗せてダイニングチェアーに腰掛けているルーシェルは、深く息を吐いたあとに、まるで何かやましいことを告白するときのように目線を外して斜め下を見つめた。
「あの……私は……ユウト様が方法を探されているダンジョンの上層階への行き方を知っています」
「え? 本当か!?」
「絶対とは言い切れませんが……おそらくうまくいくと思われます」
「そっかー。いやさ、どうすればいいのか見当もついてなくて手当たり次第色々試そうかなって思ってたから助かるよ。ありがとうな」
ルーシェルは「そんな、ありがとうだなんて……」と小さくつぶやいてから視線だけでなく顔全体を落とし、そして顔をあげるとその目からは涙を流していた。
「お、おい! どうしたんだよ!?」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
ルーシェルは涙をぼたぼたと落として泣き出した。
俺は彼女が落ち着くまで待った。
「……実は以前から上層階の存在に気がついておりました。私は階段を降りてこちらの世界に来たのですから、“異世界は上”で“こちらの世界は下”という関係なのだろうと……ですが、それに気づいたことを黙っていました」
「報告する義務はないんだから黙っていたことを気にする必要ないよ……黙っていたかった理由があるんだね?」
「最上階に“異世界につながる階段”があるかもしれないからです。もしもそんなものがあったらユウト様は私に、その階段をのぼって異世界に帰れとおっしゃるような気がして……」
俺はたしかにルーシェルは異世界に帰った方が良いと考えていた。
異世界にいる彼女の親も従者も国民も心配しているだろうし、身元不詳の人間となってしまうこっちの世界では彼女は生きづらいはずだから。
「ふたつの世界の時間の関係は歪んでいますが、私は自分がいた時代に帰ることはできるでしょう。同じ時代で私が二人存在したり、存在しないはずの未来に急に私が現れることは、因果が許さないはずですから」
「矛盾を嫌う因果が正しい位置へ引き戻してくれる……ということか」
「私はユウト様には上層階の存在を知らないままでいて欲しいと思っていました。それなら異世界への階段が見つかることはないですし、帰る方法がなければユウト様も私に帰って欲しいと思うことはなくなるので……」
「そうか……君はそんなことを悩んでいたんだね」
「ごめんなさい……私はユウト様に「帰って欲しい」と思われることがとても怖いのです。ですが、上層階の存在に気がついたユウト様はとても喜んでいらして……私は自分が間違っていたのだと思うようになって……」
ルーシェルは指で涙をぬぐった。
そしてこれまでずっと目線は外していたけれど。今度は自分のエメラルドの瞳に俺を閉じ込めるかのように、瞬きもしないで強く見つめてきた。
「上層階への行き方をお教えします。ですが……もし階段が見つかっても私は帰りません。どうか私を……ユウト様のおそばにいさせてください」




