111『Side:ルーシェル・ハイナスタリ』
クルリ様の新魔法の「聖光の鎖」が透過蜘蛛の動きを完全に封じている。
はじめて西新宿ギルドの皆さんと同行して、ずっと信じられないことばかり。
これがダンジョン……これが魔法……。
ユウト様は両腕を前に出している。
これからユウト様の最強闇魔法が発動されるみたい。
「《境界感知》! 最大警告!」
ユキナ様が突然叫ぶように言った。
透過蜘蛛を見ると、我々の方を向いている口が完全に裂けるようにして広がり、その奥に強い光が見える。
これまでの電撃魔法とは比べものにならないほどの強い攻撃が来ることは、明らかだった。
「勇人くん! 闇魔法は中止して逃げないと!」
「ここまで魔力を練ったら魔法エネルギーも消費してるから、もう次は発動できない。俺と蜘蛛のどっちの魔法が先に出せるかの勝負だ! 危険は俺だけでいい、全員ここから離れてくれ!」
「ユウト様……駄目です、そんな……あっ」
────そのとき私は、ずっと憧れていた魔法の“ひらめき”を得た。
私を中心に、魔法陣のような模様が表面で動いている大きなドームがパーティー全体を覆った。
私はこの魔法がどういうものなのか、もう知っていた。
これはとても不思議な感覚だった。
「絶対魔法防壁……これは完全なる魔法防御壁です。どれほど強大な魔法攻撃であっても1回に限り無効化します」
「ルーシェル……君がこれを?」
「はい、ユウト様」
透過蜘蛛の口の中の光が眩しくて直視できないほどに光った。
次の瞬間、激しくて強大な電撃魔法が放出されたけれど、そのまま丸い壁面をなぞるように滑っていく。
青白い稲妻はドームの曲面に沿って流れ、私たちには一切届かなかった。
役目を終えた絶対魔法防壁はガラスが砕けるように四散した。
「魔法防壁がなかったら、やられてた……助かったよルーシェル」
ユウト様の両腕に黒い魔力の影がまとわりついている。
「《天蝕む虚無の柱》!!!」
光の鎖で身動きがとれない透過蜘蛛の真上に、裂け目ができた。
そこから、夜そのものを切り取ったような黒すぎる柱が落ちてくる。
これが……人間族が恐れた……魔族の王の最強闇魔法……。
最近すっかり意識しなくなっていたけれど、ユウト様は魔王だったのですよね。
その魔王を救いたいと願った瞬間、私は新たな魔法の“ひらめき”を得ていた。
魔王を忌み嫌っていた父上と母上が知ったらどう思うでしょう。
私は城を抜け出して、持ち出した家宝の指輪を売って旅をして、そしてこの世界に辿り着いた。
私は親不孝者ですね。
きっと父上と母上は私が城に戻ったら叱ることなく私を抱きしめてくれるのだと思う。涙を流して喜ぶのだと思う。
そのくらい愛されているのがわかっているのに……私は信じれないくらいの親不孝者ですね。
────でも、仕方がないのです。お許しください。
魔王の絶対的な闇が薄くなっていく。
姿が見えてきた透過蜘蛛は全身に亀裂が入り、そして砕けた。
床に散らばった蜘蛛の破片は霧になって消えていく。
地響きがしたので階段の方を見ると、私たちがこのフロアから出られないようにと塞いでいた鉄扉がなくなっていた。
魔素が極端に薄くなった。
おそらくはあの透過蜘蛛が大量の魔素を放出していたということなのでしょう。
このダンジョンで魔素浴をしているときに《追憶眼》が勝手に発動したのが多すぎた魔素量のせいだったとしたら────
今後はもう私の中に誰かの記憶が入ってくることはないのかもしれない。
結局どんな記憶だったのかは思い出せない。
けれど、なんとなくわかることがある。
あれは、どこかの誰かの記憶というよりも、
私の中に元々あった記憶。
最初から体に眠っていたもの。
────血の中にあった記憶なのだと思う。




