109『Side:蛇澤真希』
三法師雪奈の指から出た火球が、半透明な蜘蛛の脚を爆発で吹き飛ばした。
あれが新しい魔法…………すごいわね。
私もあんな風に魔法が使えたらいいのに。
────魔法。
私がダンジョンに興味を持ったのは────魔法という存在が大きかった。
中学に上がる直前に家族を亡くしてからおばあちゃんと一緒に暮らすことになった私は、教室の隅や図書室でずっと本を読んでいるような子だった。
物語は寂しさを紛らわせて、知識は弱い自分を強くさせてくれるような気がしたから。
物語は魔法が出てくるような古典ファンタジーやライトノベルが好きだった。
なんでも思い通りにできてしまう魔法は、突然の不条理に晒された自分にとっては道理を捻じ曲げてくれる夢のような存在だった。
自分が物心ついたときにはダンジョンは世界中にあって、その中では魔法が使えるのは知っていたけれど、それは自分とは関係のない世界だとずっと思っていた。
現実の恋には興味をしめさないけれど、空想の恋の物語が好きだからって何もおかしいことではないでしょう。
そして18歳のときに、おばあちゃんが酔っ払い運転の車にはねられた。
自分には身寄りといえるような人がいなくなって、これからどうやって生きていこうかと考えて、ふと……魔法のこと……ダンジョンのことを思い出した。
ダメ元で検査をしたら自分にはスキルが2つあった。
それは10万人にひとりの幸運だと言われた。
ひとりぼっちにされた自分の不運がそれで辻褄合わせされたのかしら。そのときはそう思った。
それからすぐ、人間関係に疲れたくないからなるべく小さなギルドが良いと思って西新宿ギルドに所属してダンジョンに潜るようになったけれど……。
────結局、魔法は覚えられなかった。
三法師雪奈の爆裂火球が蜘蛛にダメージを与えていく。
蜘蛛は口から何かを吐き出した。
それはまるで漁師が投げる網のように大きく広がって、巨大な蜘蛛の巣が一瞬のうちに張られた。
蜘蛛はそれを繰り返して自分を守る蜘蛛の巣をいくつも作った。三法師雪奈の火球は蜘蛛の巣の細かい網目を抜けることができなかった。
そして蜘蛛は細い電撃を、器用に網目を通して放ってきた。
私たちはなんとか避け続けてはいる。だけどもしも蜘蛛のスタミナが無尽蔵ならばいつか全滅してしまうでしょうね。
あの網目なら私の弓から放たれた矢を通すことはできる。
でも私の矢はあの蜘蛛には効かない。
魔法を覚えたいのなら、この弓と矢への執着を捨てないといけないのかしら。
でも私はこの弓のおかげで、魔法使いにはなれなくても弓使いにはなれた自分を認めることができた。
この弓はあの人が……私に作ってくれたものだから。
ずっと一緒にいたい大事なあの人が。
────その瞬間、自分の体の中の魔力が一瞬光ったような気がした。
ああ、わかったわ。
これが、それなのね。
「……勇人、魔法が使えるようになったわよ」
「真希が魔法を? どんな?」
「説明する時間が惜しいわ……見ていて」
私は弓を構えた。
玉虫色の光が一点に凝縮して魔素の矢ができた。そこまではいつも通り。
その魔素の矢に《《点火》》するように魔法をつける。
魔素の矢は、魔法の力を帯びた氷の矢になった。
「氷晶の矢!!!」
指先から力を抜く。
弦が小さく鳴り、矢は飛ぶ。
一直線に飛んだ矢は蜘蛛の巣の網目を抜けて半透明の蜘蛛に当たり、まるで弾丸のように深くめり込んで体内に傷をつけていった。
拳を握りしめて喜んでいる彼と目が合う。
目が合った私は、きっといつもムスっとしているように見えるのでしょうけど
────私はいつも嬉しいの。




