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095 決定と決心

 ハナはベッドで目が覚める。

 ハナの起きる時間はだいたい決まっている。

 歳を取ってからは目覚ましなどセットしなくても毎朝6時には目が覚める。

 LAOの世界では天気予報が絶対のものとなっており、予報ではなく予告になっている。

 確か、ハナの記憶では今日は晴れ。気持ちのいい晴れた日の予告だったはずである。

 

 ハナの定宿は市場から近い場所で、目が覚めると市場をぶらぶらしながら朝食を適当な屋台で済ませるのが日常である。

 その為、ハナの宿にも市場の喧騒は起きた時から届いてくる。

 しかし今日は全く音がしない。人々の雑踏が全く聞こえないのである。

 鳥のさえずりだけが良く響く。

 

 はて、今日は何か特別なイベントがある日であっただろうか。

 しかし、前にLAOの周年記念イベントの時は寝ていられないほどの人々の熱狂と雑踏が朝6時前から響いていた。

 静かになるイベントなどあったはずもない。

 ハナはベッドを抜け出すとまずシャワーを浴びる。

 これはただの習慣で、生活魔法を覚えれば本来必要のないものではあるが

 LAOの世界に来て、自分一人でシャワーを浴びることができる喜び、朝に熱いシャワーを浴びることでなんとなく脳が覚醒した気になることから日課となっていた。

 自分の確認できる範囲で裸体となった肉体を確認してみるがおかしなところはない。

 シャワーの水音も正常に聴こえている。耳が聞こえなくなったわけではない。

 

 生前に身体的障害があったハナはその辺が過敏である。

 また、いつ、どこかで自分自身が障害を抱えるようなことになることを人一倍恐れている。

 それはゲームの中であり、脳だけとなった今だからこそ強く恐れているのかもしれない。

 シャワーを浴びた後、ハナはいつもの装備へと着替えて二階から階段で一階へと降りる。

 ゲームの宿屋でよくあるように、この宿の一階は食堂も兼務している為雨の日や外に出るのが億劫な日などは市場に行かず宿で朝食を済ませる。

 

 しかし一階には誰もいない。

 宿屋のおかみさんも、宿の仕事を手伝う娘さんも、朝食の下準備に追われる旦那さんもいない。

 ハナは慌てて外に出る。外に出て大通りを目指すが誰ともすれ違うことがない。

 大通りにはこれから冒険に出かけようとする冒険者が行き交い、商人は商品の運搬を護衛してくれる冒険者を募集している筈である。

 それが誰一人いないのである。

 ハナは慌ててシゲの定宿へと走り出す。ハナの定宿からはすぐ近い、ただしシゲは寝るのが遅いため起床時間は朝10時をすぎないと起きてこない。

 とはいえ今は緊急事態である。たたき起こして問題ない。

 ハナはシゲの宿へと到着すると急いで階段を駆け上り、シゲの部屋を乱暴にどんどんとノックする。

 

(早く……早く伝えなきゃ……。)

 

 ハナの焦る気持ちとは裏腹に部屋の中で人が動く気配がない。

 まさかシゲすらいなくなってしまったのではないかという恐怖を覚え、「シゲ! シゲ!」と半分泣きそうな声を出しながらドアを叩く。

 ようやくシゲは眠そうな目で、寝癖のついた頭をぼりぼりとかきながらベッドから何とか起き上がり這うようにしてドアへと辿り着きドアを開ける。

 

「うー……。なんだ。ハナじゃないか。」

 

「シゲ! シゲ! 大変なの! 誰もいないの!」

 

「んー……。俺はいるぞ。」

 

「違うの! NPCとか他のプレイヤーがいないの!」

 

「あぁ、それか。気にしなくていいよ。多分『決定』されただけだと思うから。」

 

「何? どういう事?」

 

「げっ、まだ朝6時じゃないか。俺はさっき寝たばかりなのに。大丈夫だよ。ゴシックロリータに行けばいつものメンツは多分ちゃんといる。ZZz……。」

 

「それじゃわかんないって!」

 

「うーん。仕方ないな。ゴシックロリータで珈琲でも出してもらうか。」

 

 シゲはそういってふらふらしながら階段を降り、誰もいない通りを抜けてゴシックロリータへと辿り着いた。

 ハナはその最中もきょろきょろとしながら誰かほかの人がいるんじゃないかと探し続けていた。

 ゴシックロリータの看板は『OPEN』となっており、中に入るとステファがのんびりと珈琲とホットサンドを楽しんでいた。

 

「やあ、早いね。いらっしゃい。」

 

 シゲは目をこすりながら「同じものを頼む……。いや、珈琲は濃いめで。」とステファに注文をする。

 ハナは「紅茶とパンケーキでお願い。」とシゲに続いて注文する。

 

「紅茶とパンケーキ、ホットサンドに濃いめの珈琲ね。」

 

 ステファは注文を繰り返すとカウンターの奥へと引っ込む。

 シゲはボックス席のソファーで半分死んだように身体を預けてだらけている。

 普段のシゲであれば、女性にソファーを譲り、自分は椅子に座るのだが今日はハナが無理矢理に起こしてしまっただけに致し方ない。

 やがて二人の前にステファが注文の品々を並べる。

 

「ごゆっくりどうぞ。」

 

 そういってステファはカウンターの中の椅子に座り、また静かに珈琲を飲みはじめる。

 シゲはあーとかうーとか言いながら酷い猫背で珈琲カップを手に取り、少し口を付けては背もたれに身体を倒して上を向き、また猫背になって珈琲に口をつける。

 その間、ハナは何事もないように過ごすステファと全く頭の働いていないシゲに質問したいことがたくさんあるのに聞けないでいた。

 やることと言えばステファの用意してくれたパンケーキをちびちびと食べ、紅茶を飲むだけ。

 ただ、この世界にハナが一人だけ取り残されたというような事態でない事だけはわかったので少しだけ安心もした。

 やがてゴシックロリータの入り口ドアが開きカランと音が鳴ると澄狐、誠、俊也と次々店内に入ってくる。

 

「いやーすっげーな。お、いいもの食ってるな。ステファ、俺もパンケーキと珈琲。」

 

 そういってハナの横に座るのは誠である。

 

「昨日の相対性理論の説明がなければ焦るところじゃったわい。ワシはホットサンドと紅茶にしようかの。」

 

 澄狐もそういって席へと座る。

 

「理屈を聞いておけば、納得だもんな。まぁ今回はしゃーないか。俺は……珈琲とホットドックにしようかな。あ、珈琲はミルクつけてくれ。」

 

 俊也もそんなことを言いながら席へと座る。

 

「え? みんな今の状態理解しているの? どうなっているの?」

 

 ハナは驚いてみんなに状況を聞く。

 

「だから『相対性理論』だって。俺達は隔離されたんだよ。」

 

 誠が何でもないようにハナの疑問に答える。

 

「だって誰も魔王に返答してないじゃん? なのになんで勝手に……。」

 

「返答したんじゃよ。大方ペインじゃろうて。どうせ気まずくてここにはこれんじゃろうから、食べたら迎えに行かねばならんな。」

 

「自分一人が行けばいいと思っての返答だったのかもしれないし、みんなで行こうと思っての決定だったのかもしれないし、真意はわからないけどね。」

 

「前者のような気もするな。ペインはトライデント持ってるし、あとはレベルだけあげちゃえばいいだけなら何百年でも修行しようって。」

 

「あー、その線は可能性あるな。」

 

「残念ながら一蓮托生になったのだけれどもね。こればっかりはクエスト受諾ボタンを押してみないとわからないし。」

 

「え? そんなのあった?」

 

「みんな出てた筈じゃぞ。ステータス画面開いてクエストのところに赤ビックリマーク付いてたじゃろうて。」

 

「見てない……。」

 

 ようやくここで少しだけ脳が覚醒したシゲがしゃべり始める。

 

「決定はされた。後は個々人が決心するだけだ。」

 

「決心?」

 

「そう、もう俺達の230年は決定された。とはいえ、不真面目にやって230年を無駄にするのも一興。真面目にやって230年でAIに立ち向かうのも一興。結局最後は『決心』が必要なんだよ。」

 

「まぁ。」「そう言われても」「やるしかない」「だな。」

 

 ハナ以外の誠、澄狐、俊也、ステファはもう決心していた。

 取り残されていたのはハナだけなのである。

 

「あーもう! わかったわよ! やるよ! やればいいんでしょ!」

 

 ハナが投げやり半分にそう言い放つと、待ってましたと言わんばかりに魔王が姿を現す。

 

「その言葉を待ってました。」

 

「あんたなんてすぐにボコボコにしてやるんだから!」

 

 ハナはいきり立って魔王を指さしそう言うのだった。

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