086 宝島~ブレドウィナー⑩~
ハッとステファは気が付く。
自分は一体何秒気絶していた。5秒か、10秒か。
それとも1分以上気絶していたのではないだろうか。
とにかく目を見開き、自分のHPゲージが減っているながらも危険域ではない事を確認する。
回復役である自分が一番最初にやられるようなことがあってはならない。
仲間はどうだ。全員無事なのか。
頭を軽く振りながら気力を振り絞り上半身を起こして周囲を確認する。
ハナと澄狐は無事。誠、俊也も問題なし。ペインとルカも問題なし。
しかしシゲは身体が半透明になり、頭の上に数字がカウントダウンされている。
LAOにおけるHPの全喪失。つまりはキャラクターとしての死亡が発生することは多々ある。
自分の適正レベルよりも上位のダンジョンに行ったり、ダンジョンで罠にかかって落下ダメージを負う事で死ぬこともある。
勿論、ボスからの攻撃を防ぎきれず死亡することもあれば、多数の敵に囲まれて処理できず死亡することもある。
いずれの場合も死亡するとその身体は半透明となり、頭の上で30秒のカウントダウンが開始される。
30秒以内に蘇生魔法または蘇生アイテムを使用された場合に限り、その場で復帰することが可能であるが
30秒のタイムリミットを過ぎてしまった場合は最後に宿泊した場所へと強制的に戻される。
どこにも宿泊していなかった場合は、始まりの町の一番最初に降り立った場所へと戻される。
そしてそんなシゲの頭の上には『5』と表示されている。
残り5秒でシゲは潜水艦まで戻されてしまう。シゲが潜水艦できちんと寝ていればの話だが……。
ステファには理解できない行動原理で動いているシゲに対して、常識を押し付けても無駄だという事は痛いほどわかっている。
ステファはモーニングスターメイスからロッドへと素早く持ち替えて、天高くロッドを掲げる。
『リザレクション!』
くるくると小さな天使がシゲの周りを2周すると、天使はシゲの肩をぽんぽんと叩く。
それでようやくシゲの頭の上のカウントは2で停止するとカウントが消え、半透明だったシゲの身体が実体となる。
その姿を見て安心したステファは次なる回復呪文で仲間を全員回復させる。
『ワイドヒール!』
これでようやく倒れ込んでいた仲間たちも立ち上がってくる。
ステファは素早くシゲの近くへといくと尋ねる。
「シゲ、いけるかい?」
「あぁ、大丈夫。」
「ちなみにシゲ、レベルはいくつ?」
「1のまま。」
「馬鹿じゃないの!」
思わずステファも叫ぶ。
前回の基礎の場合はレベルが1であることにメリットもあっただろうし、シゲの想定していた通りの結果となった。
しかし今回は違う。明らかにパーティを組んで戦わねばならないというクエストにレベル1で挑もうというのだから無茶を通り越して無策である。
「予想外が二つ。ひとつは師範代の噛みつきでダメージが入ったこと。もうひとつはポセイドンの強さを見誤った。すまない。」
「それにしたって……。何か策はあるのかい?」
「西洋の神殺しと、日本の神殺しは解釈が違ってね。どちらの方法をとるべきか悩んでいる。」
「ぱっと説明できる?」
「簡単に言えば、西洋における神殺しは『存在しない』んだ。神と引き分けて認めてもらうことはあるがね。一方で日本の神殺しは、神が実施するんだ。暴れ者の神を倒してくれと他の神にお願いするんだね。そして神を殺してもらう。」
「簡潔にどうも。で、ポセイドンの倒し方は?」
「西洋の神だからね……。」
「存在しないと言いたげだね。認めてもらえる可能性は?」
「ポセイドンは神の中でも感情の起伏が激しいと言われている。そんな簡単に認めてもらえるかどうか……。」
「だいぶ詰んでない?」
「LAOのゲームとしての良識を期待していたんだが、今のところ光明は見えないね。」
はあとステファはため息をつく。
戦略を考えるのはパーティの頭脳であるシゲが担当してくれなければ困る。
元々、ステファは50年前のMMORPGではその場限りのパーティ募集に参加はするものの固定のパーティは持たない主義だった。
ただ、レベルが上がるにつれて敵も強くなる。そうなるとその場限りのパーティでは不満が募る。
憤りがどうしても自分の中で渦巻く。パーティの他メンバーへのいら立ちが止められない。
回復役は重宝される反面、回復薬との差がなくなってくる。黙って回復をし続けることを求められ、ステファの意思は無視される。
そんな中で見つけた唯一の変わり者。
変わり者を集めたオールスターともいえるこのパーティがステファにとっては居心地がよかったし
この変わり者たちの好き勝手な行動も、シゲの手にかかれば立派な戦略となりどんなクエストもこなすことができた。
無敵で無敗。いつしか廃人と呼ばれた7人は常に高レベル帯の狩場で安定した攻略を行い、どんなボス級にも負けなかった。
この無茶苦茶なパーティはステファの事を回復役とは露とも思っておらず、自分の回復は勝手に自分自身で行い、攻撃を回避したり防御したり勝手にやる。
唯一、ステファに頼まれたのは気の向いたときにバフの魔法をかけてくれという事だけだった。
それはLAOに来てからも変わらない。
回避や防御が50年前のMMORPGとは全く異なり、攻撃も防御も回避も本人の資質が色濃く出る。
ゲームではなく脳の制御が何よりも優先される。
とはいえ、LAOの世界にもルールがある。抗えないことがある。
それがHPの喪失、そして死亡。HPを増やすためにはレベルを上げるしかない。
装備でHPの上限をあげることも可能だが、雀の涙といったところである。
本当にギリギリの戦いとなった際にHPの1や2が運命を分けることはある。
だが、強力なボスの一撃をレベル1で受けきれるわけはないのだ。
いくらステファが回復役でいるとはいえ、シゲのプレイの保証は出来ないことが確定した。
だからこそのため息であり、それは悲観と呆れと怒りが入り交ざったものだった。
それにしてもシゲは楽しそうである。
自分の顎を撫でながら、現在のこの状態を俯瞰してみている。そしていくつものパターンを考えている。
攻撃が全く当たらない相手に対して、勝つ方法などあるのだろうか。
でもきっとあるのである。この男はそれを考えているのである。
このメンバーで勝つ方法を、自分自身で状況を打破する方法を、ただひたすらに考えているのである。
幸いなことにポセイドンはこちらへ追い打ちの攻撃を仕掛けてくるような様子はない。
ただひたすらに俯いたまま、そこに立っている。
右手に三つ又の矛を持し、頭の上には冠がある。
それ以外はとても質素な布を身体に巻いているだけである。
回復した仲間たちは一人、また一人とシゲのもとへと集う。
全員がシゲのもとへと揃ったとき、シゲはニヤリと笑って言うのだった。
「さて、反撃と行こうか。」




