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第109話 あなたまで、行かないで

 堂宮刑事が帰った後、現場の緊張がほぐれた。俺は思わずため息をついた。


「助け舟出してくれてありがとう、椿」

「……」


 椿に顔を向けるが、彼女は何も言わずに顔を下に向けていた。


「お姉ちゃん、どうしたの?」


 紅葉ちゃんが椿を下から覗いている。


「泣いてる?」

「……ごめん。紅葉」


 すすり泣く椿に俺が見とれていると、いきなり俺は肩に手を回された。そして、一気に椿に顔を引き寄せられた。

 彼女は俺を抱きしめながら、声を上げて泣いていた。


「何が依頼人のための探偵よ! 命を落としちゃ、誰も守れないじゃないの!」

「椿……?」


 俺は戸惑いながらも、椿の背中をさすった。


「本当に怖かったのよ! 銃向けられて生きるか死ぬかの瀬戸際に追い詰められて……!」

「うん」

「依頼人も、紅葉も、あなたも死んじゃうんじゃないかって、何度思ったことか……」

「うん」

「浅井さん……死んじゃってたらどうしよう……。だとしたら私のせいだ……」


 椿はただ嗚咽するだけだった。

 最初はわからなかったが、次第に彼女が泣き叫ぶ理由がわかってきた。

 俺たちが決めた目標。


――依頼人の安全を確保する


 長期的な目標とはいえ、今回達成できなかったのだ。

 いや、浅井は死んでいるかわからない。だけど、何度も依頼人を命の危機にさらしてしまったのは事実。

 でも、俺は知っている。

 銃弾が飛ぶ中、依頼人を守った椿の姿を。

 

 そして、今回は事情が事情だ。


「……でも、相手は武器や兵器を持った連中なんだぜ? あの状態で俺たち、よくやったじゃないか」

「……」

「むしろ、緊急事態だと、普通なら自分から身を投げ出す必要はないと思う。それは、警察とかそっちの人の役割だろうからさ」

「……それは……そうね。私たち、公安でもあるあの二人に頼るしかなかったもんね」


 椿は涙をハンカチで拭っていた。

俺は椿から手を離し、椿を見守っていた。

 椿はハンカチをしまうと、俺にその顔を向けた。


「……なら、どうすればよかったと思う?」

「うん。すぐには答えられないけど……」

「……そうね」

「少し、待ってくれないか?」

「うん」


 俺は目を閉じて考えると、椿が話していることを思い出した。


――一人で抱え込まず、仲間である自分を頼って


 それは、今の俺たちにも言えることだ。


「今回の事件で、完全に白装束に目をつけられてしまった。多分、俺たちだけでどうにもならないことも増えてくると思う。なんせあいつらは、政府の人間ともコネがあるからね。強大な敵を相手にしないといけなくなる。だから……」


――俺たちも警察だけじゃなくて、ほかの人たちにも協力を仰ごう


 それが今の俺の答えだった。相手は人数も多いうえに、高度に組織化されている。

 とても俺たちだけで敵う相手ではない。


「できる限りいろんな人から情報を集めるんだ。協力できる仲間を増やして、奴らの根城に潜り込んで、白装束の連中を白日の下にさらす」


 そして、俺は椿の返事を待った。

 今更ながら、現実的ではないことに変わりはない。しかし、もともと俺たちは「組織の情報を集める」という難題に対処してきたのだから、この程度どうってことないのだ。


「……リツの言うとおりね。明らかに、私たちの状況は悪くなってる。しかも相手が強大ときたら、こちらも数を揃えないといけないわね」

「ああ。幸い、俺たちには“人生をやり直せる薬”に関わった事件関係者がいるだろ。彼らからもう一度、白装束に関する情報を集めた方がいいかも」

「ええ。今度、一度作戦会議しましょうよ。できたら、刑事さんたちも交えて。情報を整理して、今後の方針を決めないとね」


 椿の提案に俺は首を縦に振った。

 俺たちは今後のことを軽く話し合った。

 

 その時、病室の扉がガラガラと開いた。その先には茶色いショートヘアに黒縁眼鏡をかけた中年女性。彼女は衣類が入ったバッグと果物が入ったバスケットを抱えて、部屋に入ってきた。

 彼女は、目を見開き口をぽっかり開けて俺を見ていた。


「リツ、目を覚ましたのね……!」

「か……母さん!」


 まぎれもなく、俺の母親がそこにいた。彼女は壁際に荷物を置くと、椿と紅葉ちゃんに目もくれず、俺の病床に寄ってきた。


「頭、痛くない? 目は見える? 体、震えやしびれはないの?」


 母さんは矢継ぎ早に俺の体調を聞いてくる。俺は戸惑い気味に目をぐるぐるさせていた。


「だ……大丈夫だって!」


 その様子を、口をぽかんと開けて見守る椿と紅葉ちゃん。

 椿は何とか言葉をひねり出すと、


「あ、じゃあ、私たちもう帰るね。お大事に……」

「リツさん、元気になってね……」


 紅葉ちゃんも椿に続くと、二人は足早に病室を出て行った。

 お、おい、母さんに挨拶せずに帰るな!!


***


 俺が意識不明で搬送されたとき、母さんは大学での講義を途中で放り出して病院に駆けつけたという。俺が眠っている間、母さんは可能な限り見舞いに来て、身の回りの整理をしていた(これに椿と紅葉ちゃんも協力していた)。


「令仁さんみたいになったかと思って……。でも、目が覚めてよかったわ」

「生きた心地がしなかった」

「馬鹿ねえ。生きてるんだからいいじゃないの」

「うん……」


 そして、母さんは暗くなってきた夕焼けを眺めると、カーテンを閉めた。


「ねえ、何があったの? やっぱり……依頼に関係する事件なんでしょ?」

「……」


 何も言えねえ……。だけど、これは紛れもなく、母さんも巻き込むことになってしまう。

俺は今回の事件を話さざるを得なくなった。もう、これまでのようなありふれた日常ではないかもしれない。


「ああ。全部は話せないけど……」


 父さんの死の真相、彼は白装束の実働部隊に殺害されたこと。俺たちが本格的に白装束に目をつけられていること。そして、事件が解決するまで警察がボディガードとしてついていること。

 母さんが聞いたらどんな顔をするか想像すると、話すだけでも気が滅入ってくる。

 俺は、彼女の目を見ずに、ただ淡々と話した。

 最後に、俺たちが今後どうしようとしているかも。


 すべてを話し終える。

 話を聞いた母さんとの間に、沈黙が流れた。


「……リツ、今からでも引きなさい」

「え?」


 母さんに顔を向けると、彼女は今にも感情が溢れそうになっていた。


「立場的にもう後戻りできないのはわかっているわ。だけど、母親として言わせて」


――あなたまで、行かないで


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