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第110話 新たな戦い

 母さんの一言が俺に重く、深く響いた。

 布団の上に母さんの涙が滴っていた。


「令仁さん……あなたのお父さんは殺された。それなら、そんな殺人犯のところにあなたを送り込むなんて、絶対にできないわ。家族を失っているのに、あなたまで死んでしまったら……」


 母さんは言葉を詰まらせた。

 俺はなんとか返答を紡ぎ出す。


「で、でも……椿もいるし、警察もいるし……父さんの同僚の人も味方なんだ。だから、なんとかなるって」

「なんとかなるとは限らないから言ってるの! 

 もし、今後また令仁さんのお父さんを殺した連中が出てきて、リツを襲ったら……リツだけじゃないわ。椿ちゃんや堂宮さんたちも危険な目に遭わせることになる。その重みを、あなたは何もわかっていないわ」


 俺はドキッと心臓を強く打たれた気がした。

 普段は漠然と感じていた、“責任”の二文字が俺にのしかかる。


「母さん……」

「椿ちゃんや警察の人にも、令仁さんの武勇伝みたいに思いついた言葉を盛って、あなたがやりたいことを言ったんでしょう? 考えなくてもわかるわ」

「そ……そんな」

 

 それは心外だ。

 俺は必死で反論を考えていた。だが、その言葉が何も浮かんでこない。

 俺だって……無謀な戦いに身を投じようとしていることくらい、理解している。

 母さんはタオルで顔を拭くと、ため息を一つついた。


「なんか、令仁さんの悪いところまで遺伝したみたいね。向こう見ずで勝手に行動しようとするところ」


 俺は何も答えられなかった。


「確かに、あなたに突きつけられている現実は理解しないといけないと思ってる。だからこそ、あなたは今後自分がどうしようとしているか、真剣に考えてほしいの。それができないなら、今すぐこの案件は断りなさい」

「……」


 母さんの言葉は正論だ。同時に、息子を心配しての発言であることも納得した。口先だけでその場を乗り切ろうとしても、母さんには見透かされてしまうだろう。

 「でも」とか「だって」なんか、言っていられない。

 現実の事件は、すぐそこまで俺たちに迫り、飲み込もうとしている。

 今、俺たちにできることは椿に話してある。

 

 俺は心の中で一呼吸置くと、母さんに言った。


「わかった。母さんの言葉、しっかり受け止める」

「……本当よね?」

「うん。椿には話しているんだけど……今後どうなるかは、周りの人から協力を得られるかにかかってる。そのためには、こっちから働きかけないといけない。見通しは立たないけど、できる範囲から着実に広げていくしかないと思ってる」

「そう」

「だから……母さんも巻き込むようで申し訳ないけど、協力してくれたら助かる」


 その言葉の後、母さんは何も言わなかった。しばらく、場に沈黙が流れていた。

 俺の心臓は緊張の拍動を強めているが、今、俺が本気で考えていることを伝えたのだ。


 沈黙は断ち切られた。


「なるほどね。だったら、覚悟はできてるってことね」


 母さんの声は優しくなっていた。顔を上げると、母さんはにっこり笑っていた。


「いい……のか?」

「まあね。長年、あなたの母親をやってきたから、大人になった息子の考えを尊重するのが親ってものでしょ?」

「母さん……」

「本音を言うならやめてほしいんだけどね。でも、そうはいかないんでしょう?」


 俺はこくりとうなずいた。母さんは察しが良かった。

 相手はあの白装束。仮に俺たちが白装束から引いても、白装束は彼らの情報を知っている俺たちを狙うはずだ。いずれにせよ、退路はもうないのだ。

 俺はそのことを母さんに伝えた。


「母さん、もし、仕事で白装束の連中について知っている人がいたら、教えてくれないか」

「わかった。近いうちに同じ作家さんや、大学の先生に聞いてみる」

「ありがとう……母さん!」


 今はどんな情報でもいい。少しでも、奴らに近づける情報を集めるのだ。


***


 それから数日後。体の傷が徐々に治り始め、ベッドから起き上がれるようになった。

 ある日、俺は病院の廊下を手すり伝いに歩いていた。

 

「金谷君」


 聞き覚えのある、若い男性の声。俺はふと顔を上げると、俺の十メートル先に、二人の男女の警官が立っていた。


「堂宮さんと……越川さん……」

「調子はどうだい?」

「事件の、捜査ですか?」


 堂宮刑事は首を横に振った。


「いや、お見舞いと君に伝えたいことがあって」

「?」

「ここだと人が多いね」


 守秘義務が絡む内容のようだ。


「なら、俺の病室で」


 病室に移動する。俺は丸椅子を三つ用意すると、二人に座るように勧めた。


「その……伝えたいことというのは……」

「越川から説明させるよ」

 

 越川刑事は警察手帳を開くと淡々と報告事項を読み上げた。


「足立警部からの伝言です」


 それはこの前の事件の犯人である織田位知子が俺に面会を求めていることだった。越川刑事によれば、織田は現在拘留中であり、取り調べにも応じているという。しかし、捜査は足立班が仕切っており、内々に秘密にされていた。おそらく、このまま県警の上層部に上げても、もみ消されると踏んでいるらしい。


「織田との面会には足立警部も同伴されるそうで、警部も伝えたいことがあるとか」

「はあ……」


 いったい、なんだろう?

 面会の日は、退院の翌週ということになった。

 しかし、俺はそこで知ることになる。


 この国を覆う恐ろしき陰謀に。そして、新たな戦いはすでに始まっていたことに。


(「金谷警部の未解決事件」END)


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