第108話 君らが知っていること
うとうとするまどろみの中、どこからか声がした。
――金谷はずっと眠ってるんです。命に別状はないんですけど……
――そうか。でも本当にどうなるかと思った。神原さんの措置が早かったから、金谷君は助かったんだと思う
――ありがとうございます
――礼を言うまでもないさ。君らがいなければ、事態はもっと大変なことになっていたかもしれない
聞き覚えのある声……誰だろう。頭がものすごく痛い……。
ゆっくり目を開けると、そこには探偵事務所の所長である神原椿、その妹の紅葉。そして、俺たちと共同戦線を張る刑事、堂宮刑事がいた。
ここは……病室?
「あ、お姉ちゃん、刑事さん。リツさん、目を覚ましたよ!」
紅葉ちゃんの声に椿と刑事さんも反応する。
「金谷君!」
「リツ!」
椿は思わず俺の右手を握った。彼女の温かいぬくもりが伝わってくる。
椿はしゃがみ込んで、顔を俺の腕に押し付けていた。
「意識が戻ったのね……! よかった……!」
なぜか俺の腕が濡れた。
よく見ると椿は涙顔で俺を見ていた。
状況がよくわからず、かといってみんなを心配させるわけにもいかず……。
「椿……俺、どれくらい寝てた?」
「一週間よ。よく頑張ったわね」
「……」
頑張ったと言われても実感が湧かない。ダクト内で意識を失って、気がついたらこの病室にいたのだ。
「なあ、椿。これまで、何があったんだ? 白装束とか、事件の犯人とか……」
「まあ、いろいろあったわね」
椿は俺が眠っている間にあったことを話してくれた。
気を失ってすぐに現場へ救急車が到着。俺は紅葉ちゃんが入院していた病院に搬送された。
あまり痛みは感じていなかったが、被弾してからかなりの血を垂れ流していたらしく、生死の境をさまよっていたという。幸い、輸血を何度か行って一命をとりとめた、ということだった。
紅葉ちゃんが内容を補足してくれた。
「……お姉ちゃん、ずっとリツさんに付き添っていたんだよね」
「ちょっと、紅葉! あなたの部屋にも行ってたでしょ?」
「だってわたしは明日退院だし、検査受けるだけだったから……」
「そういうことじゃないでしょ!」
「でもさあ……」
ニヤニヤする紅葉ちゃんに声を上げる椿。それを見守る堂宮刑事。
いつもの光景だ……。
こんなシーンはいつ以来だろうか。
「椿、ごめん。声のボリューム落としてくれない?」
「あ、ごめんね……」
申し訳なさそうに謝罪する椿。
俺は苦笑いしながらも、気になることを尋ねた。
「それで……犯人たちはどうなった?」
「それについては、僕が話すよ」
椿に代わって、堂宮刑事が話を引き取る。
「まず……犯人の織田位知子。彼女は逮捕された後、近くの警察署に留置されている。容疑は認めているようで、犯行内容も君が推理した通りだった」
「そうですか」
俺はあることを懸念していた。犯人たちは公安職員であり、同時に白装束の件にもかかわっている。捜査の過程で証拠隠滅される危険性がある――警察自らの手によって。俺はその疑問を堂宮刑事に尋ねた。一応、位知子が公安職員であることは伏せた。
しかし、堂宮刑事は首を振った。
「そこは、わからない。近々、足立警部が面会に行くそうで、その時に今後どうするかの話をするらしい」
「足立警部が? どうして?」
「僕にもさっぱりだ。足立班のほかのメンバーも同行する人はいないみたいでね……」
これ以上話も続きそうになかったため、俺は話題を変えた。
「そうですか。なら……もう一人の犯人……浅井刑事は……」
堂宮刑事は話を続けた。
「彼は……浅井は……見つからなかった。署内で白装束と一戦交えてね……殉職した警官も多数出たんだ。だけど、彼の姿はどこにもなかった」
殉職した……警官?
父さんの姿が脳裏に浮かぶ。
俺は目にはしなかったが……堂宮刑事いわく、白装束の組織との銃撃戦の結果、警官の数名が負傷し、何人かは殺害されたという。
現場を見たわけではないが、俺はこれまで理不尽に奪われる命を何度も見てきた。
「そんな……」
俺の身体は小刻みに震えていた。
「ひどすぎますよ、刑事さん」
「ああ。君はお父さんを亡くしているからね」
署は銃撃戦の結果、大きく損壊しており、使える状況ではなかった。当面は近隣の警察署や派出所を常盤署の代わりとして、使用しているのだという。
一方、署の捜索の結果、破損した通信機が発見された。恐らく、酒川が使用したものとみられた。この通信機は署内のあらゆるところに隠されており、警察内部から白装束へ情報が流されていたことが判明した。
そして、浅井だけでなく酒川の遺体も発見されなかった。あの時ミルクが言ったことは正しいのかもしれない。白装束の組織に丁重にもてなされているのか。
しかし、銃撃戦については火災があったとされ、白装束が襲撃したことは隠蔽されてしまった。
「それで、浅井さんの生死はわからない、と」
「ああ。懸命に捜索したんだが……」
そして、堂宮刑事は俺に目を合わせた。その目は俺にある種の疑念を投げかけているようだった。
「むしろ、君らが知ってるんじゃないかい?」
「え?」
「君らは浅井の依頼を受けている。あの後も、一緒にいたんだろう?」
俺はドキッとした。
殉職した警官……。つまり、白装束に殺害された警官がいるらしい。それも衝撃的だが、それ以上に浅井のことを聞かれるとは思わなかった。
いや、むしろ聞かれて当然だろう。堂宮刑事からすれば、相手は殺人事件を起こした犯人なのだ。
浅井からはこう告げられていた。
――この部屋の事やここで知った情報については、絶対に公言しないでほしい
浅井は公安課の刑事。だから、情報を漏らすことは絶対に許さない立場なのだろう。そして、浅井は俺たちの依頼人でもある。
しかし、これは薬にかかわること。そして、浅井は殺人犯である。浅井との約束を守ることは、殺人犯の擁護になってしまうだろう。
むしろ、事件解決のため、警察に可能な限り情報提供する義務がある。
俺はいきなり、答えるのに窮する問いに直面してしまった。
俺が答えるのに迷っていると、
「刑事さん、そのことについては私が話します」
声を上げたのは椿だった。
「私たちは避難するために近くのマンホールに隠れたんです。そこから、署内に入って、ダクト内で身を潜めていました」
「その時に、白装束の襲撃を受けたのかい?」
「はい……。パーチメントとミルクに襲われて、金谷は足を怪我しました」
「その時、浅井はどうした?」
「浅井さんは……逃げろと言っていました。浅井さんがまるで私たちを庇うように、前に出て、白装束に抵抗していました」
「命を懸けて、白装束を止めようと?」
「はい」
椿は淡々と受け答えをした。
しかし、椿の答え方は巧妙だった。彼女が話した内容は事実であるが、浅井が「口外しないでほしい」といった内容は伏せていた。「依頼人のため」と「警察への情報提供」を両立させた回答だった。
だが、これはあくまで俺たちの立場を踏まえた発言。警察としてはもっと俺たちを追及したいだろう。犯人が生きているなら、逃亡していることになる。警察としては信用にかかわる問題だからだ。
堂宮刑事はメモを取りながら椿の話を聞いていた。
その時、病室内を軽快なスマホの通知音が引き裂いた。
堂宮刑事のスラックスのポケットにあるスマホが鳴っている。
「ん? 誰だ……? はい、もしもし」
瞬間、堂宮刑事の顔色が変わった。
「……け、警部? どうして……あ、はい……」
通話を終えると、刑事は改めて俺たちに向き直った。
「ありがとう。この件は足立警部に伝えておくよ」
「え、さっきの電話、どうかしたんですか?」
「き、君らには関係ないことだ。とりあえず、警部からの電話で、内容を報告してほしいと」
「はあ……」
「じゃあ、今日はここまで。また、何かあったら連絡するよ」
堂宮刑事は会釈すると、早々に病室を去っていった。
俺は口をぽかんと開けたままだった。
堂宮刑事はすんなりと追及をやめた。いったい、何があったんだろう。




