第107話 けじめ
俺と浅井は二台の事務机を重ね合わせて扉を塞いだ。さらにその隙間に椅子を埋め込んで壁を作る。
その間に位知子が通風孔のある部屋に入り、小さな穴に四つん這いで入っていく。
鍵のかかったドアがガチャガチャと回されている。
銃撃音が鼓膜を突き抜けようとする。
「くそっ! 早すぎる!」
「この扉は防弾仕様だから穴は開かないよ。十分に時間は稼げるはずだ」
浅井が俺の懸念を払拭してくれた。
「ありがとう……急ごう」
俺の言葉の後に続いて浅井、椿が通風孔に続く小部屋に入る。
俺は三人が入っていくのを見守ると、部屋の出入り口を注視した。
――めんどくせえな、あいつら……中に壁作ってやがるぜ。
――防弾仕様、確認
――仕方ねえ……パーチメント、あれはあるか
――ああロケットランチャー……一発だけだが……
ロケットランチャー!? おい、ライフルとか拳銃じゃねえのか?
やばすぎる実態に俺はパニックを起こす。
バン!!
部屋全体を振動させる爆音と共に、バリケードとなっていた机が吹き飛んだ。
俺の目の前が土煙で満ちる。思わずむせる。
机と椅子はまっすぐ後方の壁に吹き飛び、粉々になった。そして、入り口となった壁は大きくえぐれ、巨大な口が開いていた。周りの者はその光景に釘付けになる。
俺はとっさに避けたので難を逃れたが、あと少し遅ければ命はなかった。
土煙が次第に晴れる中、俺たちの前にあの二人組が現れた。
「ふう、やっぱド派手にやらねえとなあ」
不敵な笑みを浮かべる赤髪ショートヘアの、中東の暗殺者風の白い衣装を身に纏い、大きなライフル銃を腰に携えた女。そして、隣でロケットランチャーを構える、左目に眼帯を当て、白い暗殺者風の装備に細身で長身の男。
――白装束の実働部隊……ミルクと、パーチメント!
俺は歯を食いしばった。
俺の父さんを殺し、浅井と行動する俺たちを襲撃した、「ガチの殺し屋」。
ミルクが声を上げる。
「おっと、逃げ場はないよ! アンタたちは生死を問わず捕まえろって言われてるんでね」
「……」
反論する言葉が見つからない。
あいつらにはっきりさせたいこと、そしてぶつけたい思いがあるはずなのに、出てこない。
目の前の敵は人を一瞬で葬る重火器を持っており、一言でも口を開けばその銃口から弾丸や弾頭をぶっ放す勢いだ。
俺たちは完全に圧力に押さえつけられていた。
「リツ……」
椿の声が漏れた。彼女の顔が絶望に打ちひしがれている。
あれだけ依頼人の命を守ると息巻いていたのに、命の危機にさらされると一瞬で竦んでしまう。
打開する術はあるのか。
俺の足元には消火器が三つ。
消火器を投げて、敵を怯ませられるのか……?
「もうこの警察署は死人しかいねえよ。諦めて投降しな。すぐに殺しはしないさ」
「こっち、来い。さっさと、来い」
――死人しか、いないだと?
「そ、それは……本当か……」
俺は震える声で白装束に問いかける。
ミルクは上の歯をまるで口裂け女のごとく左右に大きく見せて、
「ああ。あいつら、酒川を匿いやがってさあ。馬鹿じゃないの? 警察なんざうちらに太刀打ちできるわけねえのにさあ。今頃、アタシらの仲間が一人残らず血祭りに挙げてるだろうよ」
死体の山……まさか、堂宮刑事や越川刑事も……?
いや、冷静になれ。彼らはプロ。大丈夫なはずだ。
それより、なんで情報が警察外に流出してるんだ?
「酒川は……どうした? なぜ、酒川の居場所がわかったんだよ」
「酒川はうちらに警察の情報を流す張本人だからよお。こっちで手厚くもてなされるだろうぜ?」
「情報を……流した?」
「別に通信機器はスマホだけじゃない。アンタらの言うような、正義の警察は最初からいない、とだけ言っておくよ」
そしてにやりとこっちに銃口を向けるミルク。
ふたりの殺し屋は余裕の表情。
俺は冷や汗を額に浮かべ、椿も固唾を呑んで状況を見守っている。
情報が多すぎて、確認したいことはたくさんあるが、今はこの状況を切り抜けないといけない。
形勢不利は明らか……どうする。
絶望的な空気が流れる中、あいつが動いた。
浅井は目にも留まらない速さで床をすべるように移動。そして、白装束の背後に回り込み、手刀で二人を拘束した。
「離せ!」
「……!」
俺は思わず声を上げた。
「浅井さん! 死にたいんですか!?」
「これくらい、俺も警察だからね。どうってことはない」
「相手はテロリストですよ!?」
「テロリストの対処くらい心得ているさ。今のうちに、早く逃げるんだ!」
「でも、あなたは……あなたは……」
相手が考えていることが理解できない。
俺たちを守るため? 人を殺しておいて、何を言っているんだ?
「けじめくらい、つけさせてくれ。警察権力を悪用して、市民を危険な目に遭わせた俺たちは、姉川たちと何ら変わらないからな」
「……けじめ、ですか」
後ろから声がする。
椿が心に何かを決めたような、真剣なまなざしで俺を見ていた。
その後ろには浅井の共犯であった位知子がいた。
「リツ、浅井さんに従いましょう」
「でも、椿!」
しかし椿は首を横に振った。
「依頼人を信じることも、必要なことなの。行くわよ」
そういって椿は先に通風孔に入った位知子の後に続いた。
背後ではミルクとパーチメントが羽交い絞めにされ、動けなくなっていた。拳銃は取り上げられ、ロケットランチャーは弾切れだ。信じろというなら、信じてやる!
「探偵さん、早く逃げるんだ!」
「は、はい!」
俺が駆けだそうとした、その刹那。
逃がさない……。
バン!!
乾いた発砲音。俺は脚に激しい痛みを感じた。
被弾したか!?
しかし、出血を確認する暇はない。
火事場の馬鹿力なのか、俺の身体は熱いが、軽くなっていた。
振り向くと、パーチメントが引き金を引いたのか、床にへばりついたまま銃口をわずかに上げている。しかし、その腕は浅井に抑えられていた。
「逃げろ!!」
浅井の叫び声。
俺はうなずくと、思いっきり消火器を白装束の二人目がけて蹴とばした。
不思議と、痛みは消えていた。
「無事に……帰ってきてくださいよ!」
俺は脚が被弾したことも忘れて、全力で通風孔に走っていった。
***
激しい轟音と揺れが俺たちを襲ったのは、俺たちが通風孔のダクトに身を潜めて十分後のことだった。
俺たちは思わず身を縮こませ、耳を塞いだ。
轟音と揺れが収まると、今度は何者かが走る音。次第にそれは遠ざかっていく。
「位知子さん、廊下の様子はどうですか?」
椿が小声で網目の天井をのぞき込む。
「……白装束は消えたみたいですね。撤退命令が出たのかも」
「わかるんですか?」
「あいつらは、ボスの指示で、まるで軍隊みたいに動くんです。さっき、廊下を歩く連中が無線で指示を聞いていました」
「そう」
位知子は廊下の安全を確認すると、網目状の蓋を取り外して、警察署の廊下に降りた。
俺と椿も後に続こうとするが、ここに来て電撃のような痛みが足に走った。これまで、俺を奮い立たせていた痛みのストッパーが外れてしまったかのように。
思わず膝をつく。
「うっ……」
俺は両手を床につけたが、すぐに力が抜ける。
「リツ! 脚、血が流れてるわよ!」
椿はすぐに駆け寄って俺のそばにしゃがみ込んだ。
「っつ……擦りむいただけだ……」
しかし、鮮血があふれている。よく見ると、左足から鮮血が流れ出ている。
「まずいじゃないの! まさか、被弾したとか? 今止血するから、動かさないでよ……!」
椿は俺を仰向けに寝かせると、しゃがみ込み、彼女のスカートの上に俺の脚を乗せた。
そして、ブラウスのポケットからハンカチを取り出すと、それを使って俺の足を縛った。
そして、廊下にいる位知子に呼びかける。
「位知子さん!! 救急車を呼んでくれる? あと、ガーゼとか、消毒とか止血できるものもあったらお願いします!」
「わかりました」
位知子が走り出す。
なぜか、俺の視界がぼやけ出す。椿の顔は見えないが、足に彼女の体温が感じられ、必死に俺に呼びかける声が聞こえる。
――リツ、もうすぐ救急車が来るから、しっかりするのよ!
椿……ありがとう……。
そのまま俺は、意識を手放してしまった。




