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第106話 すべてを奪い去った元凶

「いきなりだったさ。訃報が入ったのは」


 二週間前。とあるニュースが浅井と位知子を震撼させた。


 “常盤市〇〇町三丁目にて放火殺人事件 犯人逃走か”


 スマホの動画付きニュースサイトに流れたのは、激しく燃え盛る浅井の実家。あそこには彼の家族がいるはずだった。

 浅井の目が画面にくぎ付けになる。

 彼は不意に家族に連絡を取ろうと、通話ボタンを押した。


――……おかけになった電話番号は現在――


 家族のどの電話にかけてもむなしく響く電子音声に浅井の焦りが募り始める。

 位知子は不安そうに浅井を見るが、今度は間髪容れずに、位知子のSNSアプリ、SENN(セン)の通話音が鳴った。


「もしもし、お父さん?」

【位知子、お前は帰ってくるな!】


 位知子の父の大声が響く。


「な、何があったの!?」

【白い服を着て銃を持った奴らが家に入ってきてーー】


 唐突に通話が切れる。


「お父さん、何があったの!?」


 位知子は何度も通話画面に叫ぶが、虚しい電子音が響くだけであった。

 しかし、数秒後、恐ろしいメッセージが返ってきた。


ーーこれがお前らの末路だ


 SENNのメッセージに添付された写真が見せたのは、位知子の実家のむごたらしい状況であった。壁に飛び散る血しぶきと脳漿。ぐったりしている人の形をした“何か”。

 性別の判別できない遺体が数体、壁やふすまに寄りかかるように倒れていた。中には、四肢が離れているものもあった。


「そんな……」


 同時に位知子は胃から込み上げる何かを感じ、その場でむせてしまった。


「位知子、大丈夫か」

「……」


 浅井は必死で位知子の背中をさすり、ティッシュで嘔吐物を拭いていた。

 その後、二人の実家から数名の遺体が発見された。いずれも、二人の家族であることは確実だが、遺体の損傷が激しく、どれが誰だかわからない状態なのだという。


***


「地獄だったよ。俺たちのすべてが奪われたみたいだ……でも、犯人はわかっていた。あいつらだ」


 そう言って浅井はこぶしを強く握りしめた。


「警察組織が、君らが言う白装束の連中と結託して、秘密を暴こうとした人間を片っ端から葬ったんだ。金谷さんのお父さんだった、金谷警部みたいにね」


 浅井は俯いていた顔を上げて、俺たちにその顔を見せた。その目は怒りに震えているように見えた。


「もちろん、この国にはびこる腐敗と搾取を許すことはできない。白日の下にさらして、世の中を変えたいという思いもある。だけど……何よりも躊躇(ちゅうちょ)なく自らの手を汚さずに人を殺す姉川班の連中が、腸が煮えくり返るほど許せなかった」


 その言葉を続けるように、位知子も口を開いた。


「姉川班を始末したら、白装束に乗り込むつもりだったんだよね」

「ああ。時間をかけてでも、警察と白装束の闇を暴いてやるつもりだった」


 浅井は俺たちに向き直ると、話を続けた。


「あとは、君らが推理した通りさ。自作自演の脅迫状を作り、〈殺し屋X〉という架空の犯人をでっちあげて、あいつらを殺す計画を立てたのさ」


 そして、浅井は力を抜いて、俺と椿に柔らかな素顔を見せる。


「でも、君たちを巻き込んでしまって申し訳なく思う。改めて、謝らせてくれ」

「……」


 複雑な気持ちになる。相手は犯人。しかも、アリバイ証人として俺たちを利用したのだ。

 姉川班の面々を恨む気持ちはわかるが……それならなぜ俺たちをわざわざアリバイの道具に利用しようとしたんだろう。

 俺が考えているのをよそに、浅井は話を続けた。


「君らのことは、公安の人間として、色々調べさせてもらった。偶然、“人生をやり直せる薬”を調べていたとはね」

「……つまり、都合がよかったってことですか」


 それまで沈黙を貫いていた椿が口を開いた。

 彼女の目は鋭く浅井を貫いていた。


「すまないと思っている。だけど……」

「……卑怯じゃないですか。勝手に他人を己の犯罪に利用して、危険な目に遭わせて……。一歩間違えていたら、私たち死んでいたかもしれないんですよ⁉ 私たちも仕事で依頼を受けているんです。お客さんの安全を守るのも私たちの役目。でも、お客さんが自分から危険な目に遭おうとするのは、私たちの信頼性に関わるんです。勝手にやったから、だけじゃ済まされないんですよ?」


 椿は静かだが、鋭い声を上げて浅井を糾弾していた。

 浅井は後頭部に手を当てて、申し訳なさそうに頭を下げた。


「ああ。これは完全に俺たちの落ち度だ」

「気持ちは理解できないわけじゃありません。私たちも、白装束に苦しめられている当事者ですから。でも、あなたたちがしたことは、いかなる理由があろうと許されない殺人なんです。依頼料はいりませんから、警察に出頭してください。それまで、私たちはあなたたちの安全は保障します」

「探偵さん……」


 浅井がどんなことを考えているのか、ここからは読み取れない。

 椿は怒りを抑えながらも、俺たちの仕事の一環としての役割を全うしようとしていた。俺も同じ考えである。依頼人に裏切られようと、依頼人は依頼人だ。


 一方、位知子も不安そうに彼を見ていたが、チラチラとスマホも眺めていた。


「……わかった。君たちの意向に従うよ」

「ありがとうございます。それで……」


 椿が発言を続けようとした、その刹那。


「正也、あいつらが来たよ」


 位知子のいきなりの声に場に緊張が走った。


「……わかった」


 バン! バン!


 乾いた発砲音が二発。

 少しして、足音がこちらに近づいてくる。

 位知子の発言を裏付けるような展開だ。


 まさか、居場所がバレてしまったのか。依頼人とともに、安全な場所に移動すべきなんじゃ……。

 半分パニックになっていると、椿が前に出た。


「浅井さん。あなたを信じます。この部屋に、あいつらをやり過ごせそうな場所はありませんか?」

「ああ……あるにはあるが……」


 浅井は言葉を濁した。


「どこですか」


 椿の声は冷静ではあるが、焦りも見え隠れする。


「この部屋の奥、事務机の下にスペースがある。そこから通気口があるんだが、君らの体格なら入れるはずだ。だが、時間が残されているかどうか……」


 この状況を切り抜けるには一分でも、一秒でも時間を稼ぐしかない。

 俺は自分の頭を可能な限りフル回転させて、案を練った。部屋にあるもので、何か使えそうなものはないか……。

 ふと目に入ったもの。部屋の四隅に一つずつ消火器が置かれている……。そして、事務机と椅子……。


――よし、この方法でなんとかするしかねえ……!


 俺は考えた作戦をみんなに話した。


「事務机をバリケード代わりに扉を塞ごう。この部屋は鍵もかかっているし、少しくらい時間は稼げるはずだ」

「……でも、突破されたらどうするの? しかも相手は銃を持っているのよ?」

「一か八かだけど……その時は消火器を投げる。それは俺がやる」

「リツ……」


 椿が不安な顔で俺を見る。


「バリケードを作る時間を利用して、先に位知子さんから逃げてもらおう。次に浅井さん、椿の順で行こう。あいつらがバリケードを突破したら消火器を投げてあいつらの目をくらませる。不十分かもしれないし、敵を舐めているかもしれないけど……これが一番いいかなと思う」

「……時間を稼げればいいってわけね」

「ああ」


 俺の考えを聞いて椿は納得してくれた。浅井も、位知子も意見には同意してくれた。


「時間は残されていない。早速始めるぞ」



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