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第105話 警察と白装束

 署の地下室。

 それは、警察車両が置かれている車庫の近くにある、マンホールにあった。

 「汚水用」と蓋に刻印されており、下水処理用のマンホールにしか見えない。

 俺は息をのんだ。


「本当に、ここに入るのか?」


 頭の上を銃声が轟く中、俺は身震いしていた。

 そんなこと言っている暇はないのはわかっているが……。


「リツ……。ここは……我慢よ」


 そう律しようとする椿の口もわなわな震えている。

 頼りにできるのは自分たちだけ。今は、進むしかない。


「いいから、ついて来な」


 浅井はピッキング用の針金を使い、マンホールの蓋を開けた。

 マンホールの中は真っ暗で、かろうじて下に降りるためのステップが等間隔で並んでいるのがわかる。一方で鼻につくような臭気は一切しなかった。

 浅井、そして位知子は一瞬も臆することなく、自然にマンホールの下に降りていった。


 俺たちも意を決すると、マンホールの中に入り、蓋を閉めた。

 マンホールの下は真っ暗で、物音ひとつしない。当然、下水が流れているわけでもなく、異臭はなかった。

そんな中を浅井と椿のペンライトを持って進んでいく。


「一体どこに行くんだ?」

「秘密の部屋さ。すぐにつく」


 五分程度歩くと、浅井の足が止まった。その先には高さ二メートルほどのドアがある。

 そして、壁の上にはこう刻印されていた。


――S県警公安課常盤調査室


 “公安”という物々しい言葉に、俺の身体は身震いした。


「公安……まさか、浅井さんたちって」


 浅井はこくりと頷いた。


「入ってくれ」


 部屋は六畳ほどの大きさで、小さな四角のテーブルと事務机が一つ。事務机には小さな液晶テレビと無線が置かれ、机には事務用の椅子もあった。

 位知子は不安そうに浅井に声をかける。


「……正也、ここに通していいの? いくら緊急避難とっても、規律違反なんじゃ……」

「もう俺は犯罪者さ。この事務所も封鎖することになる。完全に外に情報が漏れないようにするから、大丈夫さ」


 そして浅井は俺たちに顔を向けた。


「あんたらも“人生をやり直せる薬”を調べているなら、わかっていると思う。だけど、この部屋の事やここで知った情報については、絶対に公言しないでほしい」


 俺は息をのんだ。椿も固唾を呑んで見守っているようだ。


「わかった」

「……君らの推理を聞いておきたい。いいか」


 俺は一つ頷くと、一連の事件の犯行推理を話した。


「ありがとう。まず、俺らの一連の犯行に対する、君らの推理は当たっている。俺らが、姉川班の奴らを殺した犯人、〈殺し屋X〉だ」


 そして、浅井は自分たちのこと、そして事件を起こした動機を語り始めた。

 浅井正也と織田位知子。この二人はS県警常盤署に所属する警官であると同時に、県警本部公安課の捜査官でもあった。普段は常盤署の警察官として日常業務にあたっていたが、時には公安警察として秘密裏に社会の闇と対峙していた。

 日本の警察では公安課は県警本部に設置されており、所轄には存在しない。そのため、所轄にも公安の仕事を受け持つ警官もいた。

 特に、S県警は桜鳩財閥の本拠地がある県であるためか、公安課が日本社会の闇に直結することを扱うケースも多々あった。

 ふたりの警官は、もとは俺の父のもとで働いていたというが、父の死後、姉川班に転属となった。


「姉川班の連中、警察としてあるまじきことをやらかしていたんだよ」

「……それって」


 俺の脳内に足立警部の言葉が浮かび上がる。


「五億円事件のときみたいに、賄賂と薬の原料を取引していたとか……」

「よく知っているじゃないか。堂宮あたりから聞いたのかい? そうさ。だけど、それだけならまだいい。あいつらは、警察、いや国家レベルの機密情報を白装束の奴らに渡していたんだ」

「国家レベルの機密情報?」

「“死の商人”って知ってるかい? 戦争に使われる武器や戦闘機を他国に密輸入する、悪徳業者のことだよ」


 聞きなれない言葉に疑問が浮かぶ。


「それが、どうつながるんですか?」

「今の時代、武器の需要はどこの国にもあるんだ。だけど、武装するテロリストや秘密結社にも需要がある。日本はあまり多くないけど、暴力団とか過激な新興宗教に武器が流れないよう、公安や税関が監視しているんだ」

「でも、それなら姉川班が介入する余地はないんじゃ……」


 しかし、浅井は首を横に振った。


「財閥からの賄賂を引き換えに、税関に圧力をかけて武器が財閥に流れるように仕向けたんだよ。死の商人の中には核兵器や音速ミサイルの密輸入先もいる。これらは知られちゃいけない国家機密だ。知られたら社会が混乱するからね」

「購入先の情報が、姉川班を通じて桜鳩財閥に流れていると……」


 ああ、というように浅井は首を縦に振る。

 この不祥事を突き止めたのが浅井正也と織田位知子であった。しかも、この不祥事に関わっていたのが自分の直属の上司だったことに、二人は自分たちが信じられなかったという。


「これは国を揺るがす不祥事だ。公安として報告すれば事態は穏便に進んだかもしれない。だけど」

「ごめん、まさちゃん。あたしが身勝手なことして……」


 浅井の言葉を遮るように位知子が口を開けた。


「あたしが……姉川に言わなければよかったんだ」

「位知子……きみは悪くない。公安課に相談しても、どうせ上で潰されるのがオチだ」

「……」

「むしろ、きみの勇気は称賛されるべきものなんだ。あの、金谷警部のように」


 位知子は下を向いたまま、何も言わなかった。

 金谷警部。俺の父が彼らに影響を与えていたのは、以前聞いた話だ。彼も、白装束と警察の関係を追求する最中、白装束に殺害されてしまった。おかげで、俺や母さんは深い悲しみに打ちひしがれることになった。

 この二人も、警察と白装束に人生を翻弄されているのだ。

 相手は殺人犯。絶対に許されない犯罪を実行している。しかし、かすかな同情が俺の心にはあったのかもしれない。

 俺の思いをよそに、浅井は話を続けた。


「嫌な予感はしていた。〈白鳩の殺し屋〉を名乗る連中が、脅迫状をよこしてきたんだ。誰がやったかはわかる。ホワイトリップル研究所が脅迫状なんか、まるわかりの脅しをするわけがないからね」

「姉川班が、殺し屋を名乗ってたんですね……」


 その後の展開は俺にも容易に想像できてしまった。


「まさか、姉川警部に告発した時に、薬を?」


 浅井に尋ねると、浅井は首を縦に振る。

 説教というの名の殺人未遂だった。姉川警部は出されたお茶に毒薬を混入させ、位知子を葬ろうとしたという。


「本当は別の薬で毒殺するつもりだったらしいが、運が良いのか悪いのか、幼児化する薬を飲まされてしまった……というわけさ」


 椿の声が静かに響く。


「リツ、まさかその殺害に使おうとしていた薬って……」

「BLACK。“人生をやり直せる薬”の解毒薬だろうな。それを取り違えて、幼児化する法の薬を飲まされたんだ」


 なぜ“人生をやり直せる薬”が警察にあったのか。浅井によれば、酒川が木田警部補の指示で白装束から購入していたらしい。これは俺の推測になるが、姉川警部は自分たちがしでかしていることが表にならないように、探りを入れようとした者を抹殺できるよう、解毒薬を取り揃えていたのだろう。

 だが、なぜか位知子は小さくなってしまった。誤って「WHITE」の方の薬を飲まされてしまったのだ。なお、のちに判明することだが、これは昨年晩秋の事件で使われた薬が入れ違いになっていた。

 その後、浅井はすきを見て幼児化した位知子を連れて警察署を脱出。浅井の住むアパートに逃げ帰った。


「俺たちは息を殺して毎日を過ごした。本当、息が詰まる思いだったよ……でも、数日後だった。位知子や俺の家族が皆殺しにされたのは」


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