第104話 絶対に諦めない
「……死にたいんだな。あんたも」
弱々しいつぶやきが物陰から聞こえてくる。この事件の犯人である、朝永こと正木。
泰子は不安そうに彼を見つめる。
俺たちは犯人の隙を窺って、車庫の後ろに避難していた。
「死にたくないから話をしてるんですよ。あなたたちの身の安全を保障するのも、私たちの仕事なんです。生きて、この場を乗り切るんです」
「俺たちが大事なのか」
「当たり前ですよ。繰り返しになりますが、あなたたちはお客さん。白装束から命を狙われているなら、なおさらです」
「……」
椿の説得を受けて、正木は何かを納得したようにこくりとうなずいた。
「ありがとうな、探偵さん……。初めて味方が増えた気分だ」
正木が心を開いたことで、俺は少しほっとした。
一方で、俺はあたりを警戒していた。今のところ、銃声は聞こえない。奴らは俺たちを捜しているのか。
そんな中、気になることがあった。これまでは状況的に聞き出す機会はなかったが、正木が心を開いている今なら聞けるかもしれない。
俺は気になることを口にした。
「朝永さん……いや正木さん、一つ聞いていいですか。泰子ちゃんのことです」
泰子は不安そうな顔をこちらに向ける。
「泰子ちゃん……子供じゃないですよね。もとは、大人だった」
「……!」
正木は何も言わなかったが、はっとしたのか俯いていた顔を上げた。
俺はそれを確認すると、さらに発言を続けた。
「"人生をやり直せる薬"ってご存じですか? 白装束のことを知っているなら、聞いたことがあるはずです」
「ああ」
「俺らの仲間にも、薬を飲んだ当事者がいるんです。二人も」
「え?」
正木も、泰子も目が俺に釘付けになっている。
椿は目を丸くしていた。
「リツ、何をいきなり……」
「椿、すまない。でも、確認しておきたいんだ。俺の推理が正しければ、この人たちも“人生をやり直せる薬”の当事者なんだ」
「確かにあなたはそう言ってたわね」
少し考え込み、椿は首を縦に振った。
「……わかった。あなたを信じるわ」
「ありがとう、椿」
俺は単刀直入に二人に告げた。
「その二人は、椿の妹である紅葉ちゃんと、この俺、金谷律也です」
俺は探偵事務所の面々が“人生をやり直せる薬”の謎を追っていることについて説明する。
その中で、薬とのかかわりも話した。
俺はあと一歩のところで薬を飲んでしまうところだったが、すんでのところで椿と紅葉ちゃんに助けられた。
そして、薬を飲んでしまった当事者、紅葉ちゃんと薬の関係も伝えた。
「所長の椿の妹、神原紅葉ちゃんも“人生をやり直せる薬”を飲んで、小さくなった当事者なんです。
紅葉ちゃんは学校でひどいいじめを受けて、その弱みを白装束の連中に握られてしまった。すがる思いで紅葉ちゃんは渡された薬を飲んでしまった」
それ以来、俺と椿、そして紅葉ちゃんは白装束の連中を警戒しつつも、紅葉ちゃんを元の姿に戻すために“人生をやり直せる薬”によって人生をめちゃくちゃにされた人を助けるため、行動を続けていた。
「泰子ちゃんは薬を飲んだんじゃないですか」
改めて問いかけると、正木は少し口を噤む。だが、すぐに口を開くと……。
「ああ……正確には飲まされたんだ。殺されかけたんだよ、警察に! おかげで俺も位知子も家族も、知り合いも、みんな消されてしまった!」
白装束に狙われている可能性を察知しているのか、正木の声は小さかった。しかし、その声の中でも感情は十分に伝わってきた。
正木の目から感情の涙があふれてくる。
俺の心は、なぜか震えていた。こういう場面に遭遇すると、感情が揺さぶられてしまう。
そして、“位知子”という名前には覚えがあった。
「……泰子ちゃんの正体は、あなたの恋人だった人ですか」
「ああ。金谷さんには話していたよな。そうさ。泰子って人間はこの世には存在しない。本当は織田位知子っていう、一人の女刑事さ」
俺の背後で、うそ……という椿の驚きの声。椿は信じられないという顔で泰子、いや位知子を見ていた。位知子は無表情のまま、顔を下に向けていた。
「薬を飲まされたのね……」
「ああ。俺らを殺す目的でな」
「殺すって……」
椿の声は疑問の口調だったが、俺はまさかと思った。浅井が言うには織田位知子という女性は、警察の暗部を調べていたと聞く。
そして、少し考えてまとまった結論を伝えた。
「やはり、あなたたちは警察と薬の関係を調べていたんですね」
「すげえな、俺、あんたにスマホの画面しか見せていねえのに」
浅井は苦笑いしていた。しかし、その表情から緊張は解けていた。
「あなただって警官でしょう。それなら、織田さんと一緒に事件も捜査していたはず。簡単な推理ですよ」
そして、俺は話の続きを促すため、浅井に口を開いた。
「いったい、姉川班はあなたたちに何をしたんですか」
「わかった。話してやる」
浅井の発言の刹那、俺たちの至近で鋭い銃声がした。
「きゃあっ!!!」
椿の悲鳴。
地面に伏せる彼女。
ガラスの割れる音。
うめき声。
嫌な音。
銃弾が反射する音。
外にかける足音。
汗がにじみ出る。
俺はパニックになりかけた。椿も目を閉じてうずくまっている。
さっきまで推理モードで冷静だったのに、なんでだ……。
しかし、俺たちの反応をよそに浅井は物陰から署の裏口を確認した。
「まずい……。あいつら、俺たちを探してるかもしれねえ」
浅井は俺たちのもとに戻ると、冷静にこう言った。
「近くに安全なところがあるから、そこに移動しよう。動機を話してやるよ」




