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第102話 裏の裏をかく

 時系列に沿って犯行を考える前に、この事件の基本ベースを考える必要がある。


「朝永さんと泰子ちゃんは、ある時は片方が実行犯、ある時は犯行をサポートする役割を担いながら、ターゲットを始末していった。小さくなってしまった、という点を最大限に利用してね」

「小さくなってしまったって……リツ、あなたまさか泰子ちゃんが……」


 椿は口を開いて驚きを隠せずにいるが、俺は首を縦に振った。これはそう考えざるを得ないことだ。


「証拠はないけど……恐らく泰子ちゃんは“人生をやり直せる薬”を飲んでいる」

「なぜ、そう言えるんだい? 根拠はないんだろ?」


 椿に代わって堂宮刑事は先を急ぎながらも、俺に問いかける。


「姉川班の酒川巡査部長が泰子ちゃんを執拗に拉致しようとしていたこと、酒川と白装束が繋がっていて、実際に襲撃してきたことがその根拠になります。また、白装束は、薬を服用した人間を連れ去らっていて、すでに何件か事例があります」

「……どれも確信を持てる根拠じゃないね」


 残念ながら、誰も薬を飲まされたところを見ていない。本人に直接聞き出すしか方法はないだろう。


「確かに推測の域は出ません。しかし、そう考えることでこの事件は説明できることも事実です」

「ほう……。とりあえず、君が考える、事件の全容を教えてくれ」


 時系列に沿って説明する。

 まず犯人の二人は普通の依頼人を装って、俺たちに接近する。


――〈殺し屋X〉に命を狙われているから、守ってほしい


 そのため、犯行を実行する前に、あたかも殺し屋に狙われているかのようにふるまった。朝永と泰子が住んでいたアパートから盗聴器が発見されたが、あれは自らが仕掛けたものだ。


「自作自演で、私たちに危機感をあおったってこと?」


 椿の問いに俺は首を縦に振る。


「そう。依頼人としてふるまって、俺たちを引き離さないようにするためだ」


 依頼人であれば常に俺たちと行動を共にすることになる。だから、俺たちを証人として鉄壁のアリバイを手に入れる。

 そして、この二人は姉川班からも追われる立場だった。さっきも言ったように、泰子が“人生をやり直せる薬”を飲んでいる可能性があるからだ。

 これは犯人たちには不都合だが、同時に好都合でもある。相手の目的を逆手に利用すれば、スムーズにターゲットを仕留められるから。つまり、相手の裏を突いたのだ。


 まずは電話などを使って、これから自分がどこに行くかを、姉川班に伝える。この時は同じ班の浅井警部補の名前で、ターゲットは大炊山ホテルにいるなどと伝えたのだろう。


「ホテルではちょうど職業体験が開催されていた。犯人はこれを利用した。ここでは、泰子ちゃんが姉川警部に毒の入ったコーヒーを渡している」

「リツ、本気で言ってるの?」


 椿の信じられないという声に俺は顔を縦に振った。


「少女である姿を最大限に利用して、相手を油断させたんだ。職業体験を受けている小学生として前に現れることでね」

「……そうか。だから、職業体験用の制服が一着無くなってたのね」


 少女の姿でホテルの制服を着れば、誰も正体には気づかない。


「そして、姉川警部の好物であるブラックコーヒーに毒を混ぜて運んだ。相手に気づかれずに、確実に標的を始末できるわけさ」

「なるほど……。それでは、旅館での木田警部補殺害の件についてはどうなんだい?」


 堂宮刑事がルームミラー越しに俺を見ていた。現在、車は赤信号で停車中である。

 警部を殺害後、朝永はまた刑事の顔を使い、俺たちと姉川班を血原野公園にある旅館へ誘導した。ここでは犯人が別にいることを印象付ける作戦に出た。

 具体的には紅葉ちゃんに目を付けた。俺と椿が車の外で旅館周辺の警戒をする中、車に残った紅葉ちゃんと犯人の二人。二人組は睡眠薬を嗅がせて紅葉ちゃんを眠らせ、夜に逆に寝られなくさせた。


 これには目的があって、紅葉ちゃんに第二の被害者を犯人と一緒に発見させる必要があった。犯人らは深夜に玄関へ向かった紅葉ちゃんを背後から襲って眠らせ、事前に首を絞めて殺し、木の幹に吊るしていた木田警部補のもとに運んだ。同時に、泰子も襲われたように紅葉ちゃんと一緒に発見されるようにする。こうすることで二重三重にアリバイを確保する。

 話を聞いた堂宮刑事は、身体こそ運転に集中していたが、目は驚いたように見開かれていた。


「まるで、何度も現場を見てきたかのような動きだ……」


 この犯人は警察関係者ということもあって、まさにプロ犯罪者の行動をとっている。入念に計画を立て、そして証拠の隠滅を図り、アリバイのバリアを何枚も張り巡らせている。


「そう。そこがこの犯人の注目すべき点なんです。なりすましもうまいし、使い分けも巧妙……」

「公安警察みたいだなあ。とりあえず、話を続けてくれ」


 公安、という言葉に何か引っ掛かりを覚えた。確か、父さんがその話をしていた気がする。

 今は話を続ける。


「しかし、事件は思わぬ方向に動いた。俺たちが旅館を出て、次の目的地に向かおうとした直後、白装束の奴らの襲撃に遭った」


 白装束の襲撃は想定外であった。しかし、このことで姉川班と白装束のつながりが顕在化した。酒川が俺たちや朝永らのことを白装束に流したのだ。

 このままだと、酒川にたどり着くことができない。そう考えた朝永は隠し持っていた拳銃で自分の肩を撃ち抜いた。白装束に追われているのだから、銃撃されてもおかしくはない。

 脱出時に負傷することもポイントで、白装束から逃れることができれば、病院に収容されることになる。軽傷で済めばこっそり病院を抜け出して、酒川を仕留めることもできる。


「刑事さん、銃弾に何か痕跡はありましたか?」

「ああ。とっさに思い付いた犯行だからか、昔、装填(そうてん)したときの指紋が付着していた。その指紋は、浅井警部補のものと一致したよ」


 やっぱり、と俺は思った。

 朝永、いや浅井と泰子――おそらくこれも偽名だろう――はまさに俺たちや足立班の裏の裏をかく巧妙な作戦で犯行を進めていったのだ。


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