第五章 虚偽
《あゆみ》
レナが藤堂紫苑に告白したらしい。伊集院碧と別れて、自分と付き合って欲しいと。そんな勇気がレナにあったとは驚きだ。
藤堂紫苑の返事が驚きというか、ばかにしているというか、『検討する。』という訳のわからない答えだったそうだ。
レナは大喜びのようだったが、喜んでいい返事なのか疑問だ。藤堂紫苑は伊集院碧と別れるのか、またもや二股なのか?結局、レナが苦しむことになるだろう。
麗にレナのことを相談するべきか?やはり、麗に言っておこう。今日レナは紫苑のプレセントを買いに行くと言っていたから、なかなか帰ってこないだろう。家の窓から麗が帰ってくるのを見張った。携帯にメールしたが返事がない。やっと7時過ぎに帰ってきた!
「麗、レナのことで話があるんだけど、これから、家に行っていい?」窓から声を掛けた。ちょっと怪訝な顔をしたが、頷いた。急いで、麗のお屋敷に行く。
「レナが藤堂紫苑に告白して、卒業したら付き合うことになったみたい。」
「えっ、どういうこと?」酷く驚いて白い肌がさらに白くなった。
「わかんないけど、紫苑と伊集院碧は卒業したら別れるみたい。だから、卒業したら付き合ってもいいって感じらしいよ。なんか変だけど、レナは喜んじゃって。どうしたらいいのかな?」
「卒業したら別れる?」麗がつぶやいた。
「そうみたい。」私の言葉は聞こえてないようだった。「麗、麗ってば!」
「ああ、どうしたらいいかよく考えてみるよ。レナのこと、心配してくれてありがとう。」
大体、モテモテのルナが『検討する』で喜んでいるなんておかしい。確かに紫苑はカッコいいけど、ルナはもっとモテると思う。あれ、でも、確かに告白されたのはあの男の子一人だっけ?
小学生のとき、レナに告白していた男の子の名前を思い出した。確か、白川という名前だった。そんなことを考えながら、家に戻ろうとお屋敷の門を出た。
《爽》
「教科書がなくなって、どうして麗と公園に行くことになったの?」碧ちゃんが麗を追っていったという事実を、本人に確認せずにはいられなかった。
「公園に行こうって私が誘ったの。公園に行ってブランコに乗った。それだけ。」静かに答えた。
「碧ちゃんは、麗のことが好きなの?」と訊いた。碧ちゃんは何も言わなかったが、思い当たる節がある。普段何事にも無関心な碧ちゃんが、初めから麗には関心があるようだった。麗も碧ちゃんのこととなると、反応が激しかった。ずっと前からわかっていたような気がする。
「もう、碧ちゃんを自由にしてあげる。」自分に言い聞かせた。
大抵、最後は麗に持って行かれるんだ。麗は俺に遠慮するかな?でも麗にとって初めての本気みたいだから譲ってやるとするか。でも、しばらくは知らぬふりしていじわるしてやろうかな!
碧ちゃんを諦めることにして、反って気持ちが少し落ち着いた。しかし、まだ悩み事がある。
最近のあゆみの行動だ。真夜中に家を出て行ったり、朝帰りだったり、二、三日帰ってこないときもある。どこにいるのか問い詰めると逆切れして、また出て行ってしまう。どうしたらいいのかわからない。麗に付きまとっていたのに、他にすきな男ができたのだろうか?
昨日もかえって来なかった。心配だが、どこを探していいのかわからない。レナちゃんも何度かお見舞いに来てくれたが、その度に病気で眠っていることにした。麗にも心配されたが、あゆみの自堕落な生活を大好きな麗に言う訳にもいかなかった。
碧ちゃんを帰りに送って行く必要がなくなったら、部活に出ることができる。それなら、野球部に戻ろうかなんて自分勝手なことを考えていたら、顧問の先生から部室のロッカーの私物を片付けるように言われていたことを思い出した。部室に行くのも気まずいので、部活が始まる前に、近藤か白川に持ってきてもらおうと、二人を探していた。
ちょうど、白川が部室の方へ行くのが見えた。本の様なものを持った白川が、あたりをこそこそ覗いながら歩いていた。その様子が気になったので、声を掛けることができなかった。白川はすぐ部室から出てきた。部員が来ないうちに私物を持ち出そうとあわてて部室に入った。
俺のロッカーの中に、碧ちゃんの現国の教科書と紫のマジックを見つけた。白川の言葉を、麗がこだわっていた意味がやっとわかった。
白川霞は小学校からの知り合いで、家も近所だ。遊びに行ったことはないが、確か、小学校の近くに住んでいるはずだ。構内にはすでにいなかったので、家まで行ってみることにした。何であんなことしたのか訊きたかった。
家はすぐに見つかった。小学校の裏手にあり、白川と表札が出ていた。大きい建物が裕福さを表わしているはずが、庭の草木が枯れているせいで、荒涼とした場所となっていた。
門を入って、玄関のチャイムのボタンを押したが、返事がなかった。帰ろうとしたとき、庭の方からうめき声が聞こえた。庭にまわってカーテン越しに中を覗くと、部屋の中が荒らされていた。
泥棒だと思って、慌てて携帯から警察に電話しようとしていたら、急に窓が開いた。白川の母親らしき人が立っていた。
「警察に連絡しないで。大丈夫だから。」
急に近藤の言葉を思い出した。白川の腕をちょっと掴んだだけなのにものすごく痛がった。そのくせ、怪我していることを隠そうとしていた。近所でも悲鳴が聞こえてDVじゃないかと噂があったけど、離婚したみたいだから、大丈夫だと思っていたこと。
顔は無傷だったが、腕や足が血だらけだった。多分お腹も痣だらけだろう。
「泥棒にやられたんですか?かなり血が出ていますよ。」DVという言葉は飲み込んだ。
「大丈夫だから、帰って。」
「でも、警察には連絡しなくても、病院には行かないと。確か霞さんにお兄さんがいましたよね。心配だから、息子さんが帰ってくるまで僕、外で待っています。」
「・・・・」白川の母親の動きが止まった。「本当に大丈夫ですから、帰って下さい!」と押しだされた。
「わかりました。帰ります。」と門の外に出ながら言った。
それでも、しばらくは小学校の近くで白川霞を待っていたが、暗くなってきたので諦めた。
次の日から白川霞は学校に来なかった。
白川霞が教科書を隠した犯人だったと、碧ちゃんに話した。すると、なにか思い当たったかのように頷いた。
「白川さんはどうして学校に来ないのかしら? だって、教科書を爽が見つけたって知らないのでしょ!」
「いや、他の事情だと思うよ。」まさか、DVを疑っているとは言えない。
「じゃあ、怪我じゃないかしら。きっとそうだわ。だって、近藤君がちょっと触っただけで、ものすごく痛がっていた。」
「いつの話?」
「う~ん。いつだったかな?ちょっと前の話だから違うかな?」何か思いついたかのように黙り込んだ。考え込むように首をかしげてから、首を振った。
「どうしたの?」
「たぶん。思い違い。はやく、学校に出てきて欲しいわね。」
「教科書隠されたのに、心配しているの?」
「犯人がわかれば、怖くないから。」
《麗》
伊集院碧とレナのことで会わなければならない。レナのこと?本当にそのためなのか?
翌日、話があるから隣の駅前のホテルのラウンジで6時に待ち合わせをしようと、伊集院碧に教室で言った。伊集院碧は何も言わずに頷いた。
ホテルのラウンジの奥まった席に座ることができた。大きな観葉植物がテーブルの隣にあって、個室のように周りから隔離されていた。
「卒業したら藤堂紫苑と別れるって、本当なの?」
「誰がそんなことを・・」困ったように伊集院碧が口ごもった。
「卒業したら藤堂紫苑がレナと付き合うと言ったらしい。つまり、君と藤堂紫苑は別れるということでしょ。それとも藤堂紫苑もお得意の二股?」吐き捨てるように言った。
「確かに、紫苑が卒業したら、あまり一緒にいることもなくなると思うけど・・・」いつになく歯切れが悪い。
「藤堂紫苑とレナが付き合ってもいいの?」
「かまわないわ。」
「その程度の付き合いって言うこと?」
「いいえ。紫苑とレナちゃんはお似合いだと思うわ。」
「それで、君はあの大学生と付き合うってこと。」口を滑らした。
「この間も何か言っていたけど、このホテルで見たの?」目を見開いた。
「おい、紫苑、碧のやつどこにいるんだ。ラウンジって言ってなかったか?」観葉植物の向こうから声が聞こえた。
「いや、いると思うよ。トイレかな?」藤堂紫苑らしき声がした。
「藤堂紫苑と待ち合わせをしているのか?」静かに言った。
「ええ。」伊集院碧が頷いた。僕は思わず席をたって、観葉植物の向こう側へまわった。そこには、藤堂紫苑とこの間の大学生がいた。
「もう来たの!」後ろから伊集院碧が歩いてきた。
《X》
小学校のころからずっと、追いかけてきた蝶をやっと捕まえた。傷つけないように大切に持って帰った。
《碧 高校2年生》
2年生になり、バレンタインデーの男の子と同じクラスになった。男の子は結城麗という名前だった。
『麗』という名は青木麗を思い起こさせた。父が再婚する相手の連れ子白川霞とも、同じクラスになった。
1年生の時は同級生とはほとんど話さなかったが、爽と帰るようになってからは、爽と同じ中学野球部だった近藤譲とも話すようになった。白川霞もきさくに話かけてくる。私のことは知らないだろうと母は言っていたので、そのことには一切触れない。DVという母の話を思い出したが、今は父親とは会っていないから、傷は癒えて落ち着いたのだろうか?いつも明るい。
高校生になって、ほとんど紫苑か爽が一緒にいるようになったせいか、つけられているような嫌な感じは全くない。二人といると目立つし、そのように目立っている方が私には好都合。ストーカーは手をだしにくいだろう。
ただ、体操着にいたずら書きされたり、教科書が無くなったりした。学校で人気の二人を振り回しているとなれば、誰だって嫌がらせをしたくなるかもしれない。それにしても、そんなことは中学1年以来のような気もする。
結城麗は、私が白王子と呼んでいた青木麗という男の子だった。文化祭でクラスの催しの準備をしているとき、白川霞が言っていた。その可能性を無意識のうちに考えていたようにも思うが、本当だと知った時はかなり動揺してしまった。
父親が婿養子に入ったため、名前がかわったらしい。爽をボディガードに選んだ後で、青木麗に会うとは皮肉なものだ。じゃあ、麗と会うのが先だったら、どうしたのだろうか。麗に頼んだか?いいえ。麗にはいつも彼女がいたし、私は自分がなんと言われているか知っている。男を手玉にとっている二股女、男好きと、うわさでは物凄いことになっているらしい。そんな自分を売り込む気にもならない。
でも、ウィッグを付けて、貞子の格好をしているとき、急に私の髪に触れてきた。青木麗本人もそんな自分に動揺しているようだった。何だったのだろうか?
それにもう一つ、気になることがあった。白川霞が痛がっていたことに違和感を覚えたが、その理由を思い出せなかった。




