第四章 高校2年生
《あゆみ》
明日から、麗と一緒に学校に行ける。レナも私も猛勉強のかいがあって、麗と爽と同じ高校の1年生になった。
爽は伊集院碧という子と付き合っているようだが、うまくいっているようでもなさそうだ。よくわからないが、これからは状況がわかるだろう。
「あゆみ、おはよう。」レナが玄関先に迎えに来た。もうすでに爽と麗は先を歩いている。
「待ってよ。」あわてて追いかけて、麗の腕を取った。麗は腕を振り払おうとして、諦めて溜息をついた。妹としか思われてないのはわかっているけど、振り向かせてみせる。どこかで聞いた話だ。でも、私は少し羽を伸ばそう。高校生になったんだから、それくらいしたっていいかなって思う。
学校の門を入ると、前方に制服を見事に着こなした男女が歩いていた。爽が駆け出して行った。あの二人が、伊集院碧と、爽のライバルの男だろうか?
《麗》
伊集院碧と藤堂紫苑は毎朝一緒に登校してくる。そして、そこに爽が加わると藤堂紫苑が伊集院碧の肩に軽く手をかけてから離れていく。それが、いつもの光景になった。胸の奥によくわけの分からない痛みが走る。爽を心配しているからだろうか?
2年生になって、皮肉にも伊集院碧と僕は同じクラスになり、爽は隣のクラスになった。休み時間になると爽が教室にやってきた。僕は通路側の後ろの方で、伊集院碧は窓際の席だった。爽は、僕の肩をかすめるようにしながら、彼女の席の方へ歩いて行った。
爽は、僕と幼馴染で親友だと伊集院碧に言っていないらしい。気に入った女の子の場合は紹介しないルールを用いているようだ。特に今回は本気モードなので、隠すというか訊かれなければ言わないというスタンスなのだろう。
「碧ちゃん、今度の土曜日にデートしよう。映画見る?」と爽が誘っていた。
「何がいいかしら?考えてみる。」伊集院碧が微笑んで答えた。何故か、心が乱される。二人の会話を耳から締め出した。
《X》
気がついたら、部屋の中が、めちゃくちゃになっていた。両手が血だらけだった。嗚咽とすすり泣きの声が聞こえる。泣いているのは誰だろう。自分の声だろうか?真っ暗な闇に落ちた。
《麗》
9月に文化祭があり、夏休み前にクラスの出し物を決めることになった。中心になる文化祭委員を二人選んでいた。
「伊集院さんと結城さんを推薦します。」と白川霞が手を上げて言った。昨日は眠れなかった。寝不足で靄がかかった頭に突然響いた。僕?
「賛成、拍手!」みんなは自分がしたくないので、すぐに決まった。
「今日の放課後、視聴覚室で打ち合わせがあるので、委員の二人は出席して下さい。」先生が伊集院碧と僕に向かって言った。
放課後、爽が伊集院碧を迎えに来た。
「碧ちゃん、帰ろう。」爽が僕たちの教室へ入ってきた。
「爽、結城君と私は文化祭の委員になっちゃったの。これから、委員会があるから、一緒に帰れない。」と伊集院碧が僕の方を見ながらにっこりした。
「そうなの?」と爽が僕の方をみた。
「白川さんに推薦された。」と白川の方を見た。
「白川~」と爽が白川を呼んだ。
「何?」白川が僕らの方に歩いてきた。
「なんで、推薦なんかしたんだよ。」白川霞は爽と中学で同じ野球部仲間だったので、気安さから強い口調で詰め寄った。
「だって、期末テストもうすぐじゃん。委員会なんかでていたら、赤点とっちゃう。その点、二人は頭いいからそんなことないでしょ。やってくれてもいいじゃん。」肩をすくめた。
「それなら、俺も文化祭委員やればよかった。」と爽ががっくり肩を落とした。
「じゃあ先にいくよ。」僕は教室から廊下に出た。
「待って、私も行く。」伊集院碧が追ってきた。
「爽、委員会へもう行くね。バイバイ。」伊集院碧が爽に手を振って、僕の横に並んだ。
委員会はこれからの日程を連絡するだけなのに、うんざりするくらい長かった。
やっと終わったとき、あたりは薄暗くなっていた。
「教室に体操着を忘れたので、取りに行きたいのだけど、付いてきてくれる?放課後の教室は気味悪い。」と伊集院碧が僕に言った。
二人で教室まで行った。教室の後ろにロッカーがある。
「あっ!」ロッカーをあけて、小さく声を上げた。眉をひそめて、僕の方を見た。
「どうしたの?」ロッカーに近づいて、覗き込んだ。
体操着に紫のマジックで『別れろ』と書いてあった。伊集院碧の目を覗き込んだ。瞳に恐怖が写っている。
「誰と別れろ?」心の考えを思わず声にしていた。藤堂か?爽か?
「また・・・。」伊集院碧がため息をついた。
「何?」
「なんでもない。さあ、帰りましょう。」と伊集院碧が遮るように言って、体操着を鞄に押し込んだ。
「大丈夫?」
「もう1枚あるから大丈夫。」微笑もうとした口元は引きつっていた。
「体操着じゃなくて、精神的なもの。」
「よくある・・・」と言いかけて、教室からでていった。
「先生に言った方がいいと思うよ。」後を追いかけながら言った。
「何にもできないから、いいわ。」悟りきったようにきっぱりと言った。
「送っていくよ。」沈黙したまま、伊集院碧の後を付いて行った。
「ありがとう。」とつぶやいて、駅前のマンションに入って行こうとした。
「待って」思わず腕をつかんだが、あわてて手を放した。「このマンションなの?」
伊集院碧が不思議そうに頷いた。
柊碧が住んでいたマンションだった。マンションの向かい側に一軒家があり、そこだけ二階建てで低くなっていた。その当時犬はいなかったが、今は人が通るたびに柴犬が犬小屋からでてきては吠えていた。僕にも警戒するように犬小屋から出てきたが、吠えなかった。
翌朝、教室に入っていくと、伊集院碧がロッカーの中を見つめていた。僕が入って行くとあわてて、閉めて席に着いた。
「忘れた数学の教科書持ってきたぞ。」爽が休み時間、やってきた。
「ありがとう。助かった。」と伊集院碧。教科書を忘れるなんて、珍しい。
体育の時間教室を最後に出るとき、どうしても気になって、伊集院碧のロッカーを覗いた。紫のマジックで別れろと書かれた数学の教科書があった。
家に帰ると、当然のように僕の部屋に爽が居た。
「この間、碧ちゃんと一緒に帰っただろ?」探るように爽が言った。
「一緒に帰ったって?文化祭委員会の後だよ。暗いから送って行っただけだけど。彼女が何か言ったの?」
「何も言わないから、気になったんだよ。親切なやつが、わざわざ教えてくれたよ。3人目は麗お前だってさ。笑っちゃうよな。」と爽が鼻で笑った。
伊集院碧は爽に体操着のことをなにも言っていないようだったが、教科書の事があったから、さすがに今度は言うだろう。僕が先に余計な事を言わない方がいい。
「僕じゃなくて、本人に聞けば。」そっけなく言った。
「まあ、そうなんだけど。麗を好きになったって言われそうで、怖いんだ。」と目を伏せた。
「ん~、僕がそれほどもてないのは知っているだろう!」呆れた。爽の方が断然もてるのに。
「麗は知らないんだ。女の子たちはいつだって、俺に麗のことをきいてくる。」爽がため息をついた。
「それが本当だとしても、自分の彼女でしょ?」
「もともと、俺のほうが一方的に好きなんだよ。わかっているだろ。」爽が横を向いた。
「委員会はこれからもあるよ。爽も終わるまで待って送っていけばいい。」
「実を言うと、この間もそういったんだけど、藤堂紫苑と帰るって断られた。」
「それでも、待っていればいい。」自分を好きな男に他の男のことを言うなんて、最低。
それから、文化祭委員会は2回ほどあった。爽は伊集院碧を待っていた。待っているのを見た伊集院碧は目を見開いたが、何も言わず、当然の事のように一緒に帰って行った。藤堂紫苑が待っている様子はなかった。爽が待っていなかったら、僕が送ることになったのだろうか?
9月になり、文化祭で僕のクラスは、定番のお化け屋敷をすることになった。机を並べて廻る通路をつくり、後は暗くして、血のりの付いた人形を作って置いた。
『リング』の貞子役は2~3人で交代にすることになった。
「どう?」長い黒髪のウィッグをかぶって、白川霞が髪の毛の間から白目を見せて、身体を揺らした。
「貞子、怖いわ。」と隣のクラスの近藤譲が急に入ってきて、身をくねらせた。
「うお~」白川が近藤を襲った。二人で仲よく貞子ごっこをしていた。
「私も!」伊集院碧もウィッグをかぶって、僕の方を振り向いた。
「髪の毛伸ばそうかな?」ウィッグの長い髪の毛を手で後ろにはらった。目があった。伊集院碧がにっこり笑った。
長い髪の毛に縁どられた顔に見覚えのある表情を見た。
「本番は口裂け女みたいに口紅塗ったりする?」と僕に話しかけてきた。
「貞子って、口裂けていたっけ?」伊集院碧の顔にかかった髪の毛に手を伸ばして、目が見えるように顔から払った。自分のしたことに酷く驚いた。
「何?」伊集院碧の黒い瞳が大きく見開いた。
「いやっ、ごめん。つい。」やっぱり、柊碧のような茶色じゃない。期待感は泡のように一瞬で消えてしまった。
「男の子は何をするの?」伊集院碧が早口で話す。
「吊るしたこんにゃくや声で驚かす、白い着物に血のりをつけて立っているとか。そんなもんだね。あとBGMや受付かな?呼び込みも。」たいしたことは考えていない。
「結城君が呼び込みをすれば、女の子はみんな集まってくれるわね。」とクスリと笑った。
「うん。女の子集めるよ。」
「えっ、結城君がそんなこと言うなんて思わなかった。」予想外という顔をした。
「爽なら言いそうだと思って。」つい口が滑った。
「爽?爽と仲がいいの?あまり話しているところを見たことないけど。」
「爽と青木君は隣の家同士だし、幼馴染で小さい頃からずっと一緒だよ。」突然横から声がした。白川がいるのを忘れていた。
「青木?・・・麗?」囁くような声で伊集院碧が繰り返した。
「いつもは結城君って言うようにしてるんだけど、つい前の名前で呼んじゃった。離婚じゃないよ。お父さんが婿養子になったんだよね~。」と白川が続けた。
「余計な事を言うなよ。」近藤が白川の腕をつかんだ。
「痛っ!」
「ごめん。だけど、そんなに強くつかんでないぞ。」白川が酷く痛がったので、近藤が言い訳をしていた。
「いや、大丈夫。ひねっただけ。」白川が口ごもった。
「青木麗・・・。」伊集院碧が繰り返し、僕の顔を覗き込んだ。目が合うと、碧は目を伏せ、ウィッグをはずした。
「そういえば白川んちの近くで、足が折れていたり、目に矢が刺さった野良猫が見つかったって話を聞いたけど、ホント?」急に近藤が話に割り込んできた。
「うん。そうみたい。気味悪いよね。」
「なんて残酷な。想像したくない。」伊集院碧が美しい顔を歪めながら身震いした。
「変質者がいるかもしれないから、白川は兄貴と一緒に帰った方がいいんじゃないの?」と近藤が言った。
「白川さん、お兄さんいるの?」伊集院碧が訊いた。
「兄貴が、2年に居るよ。」白川霞が答えた。
「お兄さんがそばにいてくれるなんてうらやましいな。」
「あんな兄貴いらない。あんまし話さないし、気持ち悪い。」吐き捨てるように言ってから、教室のドアの方を見た。
「そんなことはないでしょうけど・・・。」白川の強い口調に戸惑って口ごもった。
「隣のクラスの俺が言うのもなんだが、もうこれで終わりにして帰ろうぜ。」近藤が助け船を出した。
《X》
蛾一族の怒りは蝶一族に向けられなければならない。しかし、蝶を手に入れる為には、蝶を傷つけてはならない。
怒りを解放する楽しい方法を見つけた。それには、怒りを受け止める器が必要だ。器になることは一族の繁栄に貢献することとなるだろう。しかし、もうすでに一番大きな器を一つ壊してしまった。こんなに簡単に壊れるとは思わなかった。あと二つあるが、今日はどの器を使おうかか? 怒りを解放した後は、とてもすっきりして、よく眠れる。
《あゆみ》
最近レナがおかしい。毎日のように爽のことを聞きに来たのに、最近は興味を失ったようだ。爽に彼女ができたから、諦めたのだろうか?いや、今までだって、爽には常に彼女らしき女の子はいた。
「レナ、駅前に新しく出来たスイーツのお店に、帰り寄って行こうよ。甘いものが食べたい気分。」教室に迎えに来たレナに言った。
「いくいく~。」私の腕を取って、にこりとした。お店は空いていたので、窓際の席に座った。すぐ後にうちの制服をきた高校生たちが入ってきて、お店は急に混みだした。その中に見た事があるような顔を見かけたが、誰だか思い出せなかった。
「レナ、私に言いたいことあるでしょ?」レナの顔を覗き込んだ。
「えっ、何?」
「しらばっくれないで。誰を好きになったのよ。爽はもういいの?」
「え~、何でわかったの?」きまずそうに言った。
「明らかじゃん。」
「うん。爽はまだ好きだけど、もっと好きな人ができちゃったの。ごめんね。」レナがうつむきながら言った。
「なんで謝るのよ!」
「だって、あゆみのお兄ちゃんだし。」
「そんなことより、誰、誰?」
「でも、彼女いるの。」私の目を覗き込んだ。
「あっ、わかった。藤堂紫苑でしょ!」絶対そうだ。
「わっ、なんでわかったの?」
「だって、レナ面食いだし、この学校のイケメンは麗、爽、藤堂紫苑じゃん!二股を掛けられている藤堂紫苑がかわいそうだから、絶対奪い取りなよ。」伊集院碧は本当に最低な女だ。ムカつく。
「でも、自信ないな。伊集院碧は美人だし、負けている。」レナはうつむいた。
「なに言ってんの。レナは自信なさすぎだよ。」
「だって、モテたことないもん。」
「そんなことない。確か、小学生のとき中学生に告白されてたじゃん。名前何だっけ?」
「そんなこともあったかも。一人だけだけどね!」ため息をついた。
「あきれた。まったく!超イケメンのお兄さん麗がいて、いつもそばにかっこいい爽がいる、モデルのようなスタイルした栗色の長い髪の超美人に、そこらの男は恥ずかしくて声なんてかけられないのがわかんないの!ともかく、応援するから、頑張りなよ。爽にとってもその方がいい。二股はかわいそ過ぎる。」絶対、爽の為にも別れさせてやる。
「頑張ってみようかな?あゆみ、でもどうしたらいいの?」不安そうに顔を上げた。
「とりあえず、レナという存在を認識させないとね。ともかく調べてみよう。」
《麗》
その日、爽はインフルエンザに罹って休んでいた。伊集院碧は珍しくひとり、中庭で本を読んでいた。隣に藤堂紫苑の姿はなかった。お休みだろうか?
放課後、帰り支度をしていると、伊集院碧がやってきた。
「爽のお見舞いに行きたいのだけど、付き合ってちょうだい。幼馴染なのでしょ!」透き通るように白い肌に、長い睫に黒い瞳の伊集院碧。私生活では男たちを振り回しているというのに、繊細で傷つきそうにみえる。
「インフルエンザだから、どうせ会えないよ。」と断る理由を考えた。
「お願い!」と目を伏せた。
「・・・」断る理由が思いつかなかった。
「駅前で果物を買っていきたい。」学校から駅に向かって二人で歩いた。
「爽とは付き合っているんだよね?」確かめておきたかった。
「どうかしら?」考えるようにゆっくりと言った。
「藤堂紫苑とも付き合っているよね!爽のこと本当に好きなの?爽は君と一緒に帰る為に野球部までやめた。知っているでしょ?」黙っていようと思ったがどうしても、我慢することが出来なかった。
「爽はあなたに何て言っているの?」探るように言った。
「好きだからって。」
「そうね。あなたが口をはさむことじゃないわ。私と爽の問題。」冷やかに言い放った。
「自分勝手だね。」なにをむきになっているのか?
話しているうちにいつの間にか、伊集院碧のマンションの前まで来ていた。
「私もあなたこと聞いたわ。他校の子と付き合ってはすぐ振っているって話。似たもの同士ってことかしら。あなたには私を非難する権利はないわよね。ごめんなさい。お見舞いに行く気分じゃなくなったわ。爽を不愉快にさせたくない。」とマンションの中に入って行ってしまった。
人が通るたびに出てきた柴犬が、今日は犬小屋から出てこなかった。そのせいか一人取り残された気がした。
《レナ》
爽のインフルエンザがあゆみにうつったので、あゆみもしばらく学校を休んでいた。インフルエンザが治り、久しぶりに爽と麗、あゆみと私4人で登校した。家を出てすぐに、あゆみが麗と腕を組もうとして、麗がいつものようにさりげなく振り払おうとしたが、あゆみが離さないので、諦めたようだ。
私たちが学校の門に差しかかると、爽が突然駆け出した。
「碧ちゃん、おはよう。」碧と呼ばれた女の子がゆっくり声の方を向いて立ち止まった。もちろん、隣には藤堂紫苑が寄り添っていた。少し離れた所を歩いている麗をみた。そして、麗があゆみと腕を組んでいるのに気づき、美しい眉をわずかにあげたように見えた。視線はあゆみを通りすぎ、挑むように麗の上に止まった。わずかに口元がほころんだが、それは微笑むためではなく、侮蔑を表しているようだった。それから、爽に視線を移し、微笑んだ。
「おはよう。爽。」誰?というようにあゆみと私を見た。
「先に行くよ。」といって、藤堂紫苑が親密そうに伊集院碧の肩を軽くたたいた。胸の痛みをこらえて、紫苑を見送った。
「じゃあね。紫苑。」麗とあゆみ、私を残して、碧と爽は歩きだした。麗が能面のような顔で、二人のうしろを歩いていた。爽のことを心配しているだろうか?麗たち2年生の教室は1年生と棟が違うので、建物の入り口で別れた。
伊集院碧を近くで見たのは今日が初めてだった。
「悔しいけど本当にモデルみたいにきれいな女だね。爽が好きになるのも仕方がないか!それに藤堂紫苑はものすごくかっこいいね。レナ?」とあゆみが私の顔を覗き込んだ。
「爽は伊集院碧と付き合っているんだよね、あゆみ?」
「うん。でも碧って子、藤堂紫苑とも付き合っているって!意味わかんないよ。爽は、彼氏がいても諦められないって!」とあゆみが言う。
「紫苑は彼女と爽のこと知っているんでしょ!それなのに許しているってことだよね。」
「だから、奪いとっちゃいなよ。ね!」
「うん。頑張る!」
《あゆみ》
翌日、帰りに藤堂紫苑の後をつけることにした。その日は、紫苑が伊集院碧を家まで送って行った。マンションに着くと二人は一緒に中に入って行った。私たちは外で紫苑が出てくるのを待っていた。
「ねえ、なかなか出てこないね。いつまで待つ?」私たちは、入り口が見えて少し隠れられる場所に陣取っていた。
「もう、3時間たったよ。ちょっと疲れた。今日は帰ろう。」帰ることにした。機会はいくらでもある。
その日も紫苑と碧の後を付けていた。二人が電車に乗ったので、私たちもあわてて電車に乗り込んだ。二人は隣の駅にあるシティホテルに入って行った。フロントでキーを受け取り、エレベーターに乗っていった。
「どうする?レナ?」レナが泣き出した。私はあわてて、レナの肩を引き寄せ、顔を隠してロビーの隅へ連れて行った。
「爽の話によると碧はマンションに一人暮らしって話だから、わざわざホテルっていうのもおかしい気がするんだよね。」慰めるよう言った。
「何かの記念日かも!」泣きながらレナが言った。
「ああ。その可能性もあるか。ともかく、ここで見張っていても意味ないから、帰ろう。」私たちはホテルを後にした。
昨日のことを爽に言って、もし別れちゃったら、逆にレナに不利になるから、言わない方がいいかな?でも、誰かに聞いてもらいたい。そうだ。麗に話そう。
学校帰り、麗を見つけた。爽が碧と帰るので、麗はひとりで帰る。
「麗、みっけ!一緒に帰ろ。」と麗の腕を取った。
「レナは一緒じゃないの?」麗が私の腕を振り払おうとしたが、私は離さなかった。
「レナは買い物があって駅まで行ったよ。」麗の顔を覗き込んだ。麗が諦めたように肩をすくめた。
「伊集院碧って駅前のマンションに住んでいるんだね。この間、レナと私、見ちゃった。藤堂紫苑も一緒に中に入ってくところ。私たちは外で紫苑が出てくるのを3時間待ったけど出てこなかった。」
「後をつけるなんて!」と呆れられた。そして、妙な事を聞かれた。「ところでどこで見張っていたの?」
「マンションの入り口が見えて、少し隠れられる場所があったからそこ。」
「犬に吠えられなかった?」
「うん。ああ、向かい側の家に犬小屋あった、あった!でも、犬はいなかったみたい。家の中にいるんじゃないの。」
「そうなのかな?」考え込んでいるようだった。
「その続きがあって、昨日藤堂紫苑と伊集院碧がホテルへ入るところも見ちゃった。」麗の顔を横目でさりげなく見た。
「ホテル?どこのホテル?」片方の眉がわずかに上がったが静かな声で言った。
「隣の駅前のホテルだよ。」
「そのこと爽に言った?」
「言ってないよ。どうしたらいいかわからなかったから。」本当だ。良く考えてからじゃないと、込み入って困ったことになる。
麗は何か考え込んでいるようだった。お屋敷の前で見送った。
麗は紫苑と碧がホテルにいたことを爽には言っていないようだ。もし聞いていたら、落ち込んでご飯も喉を通らないだろう。爽は目の前でテレビを見ながら、笑っている。
「爽、碧ちゃんと上手くいっているの?紫苑さんと碧ちゃんはどうなっているの?余計な事だって思うけど、関係あるんだよ。レナが紫苑を好きになったの!レナのためにも紫苑と碧ちゃんを別れさせたい。」早口で一気に続けた。
「藤堂さんは本当に碧ちゃんを大切にしているのが分かるんだ。碧ちゃんを悲しませる訳がない。」寂しそうに言った。
「碧ちゃんをしっかり捕まえててよね。」
《麗》
伊集院碧。柊碧。似ていないのに、面影がだぶる。似ていない?実際、柊碧の顔をはっきり思い出せるわけではない。ただ、会えばわかると思っている。少し影のある優しそうな面影、そばにいるとほっとする。柔らかな空気が流れる感じ。伊集院碧とは全く違うと自分に言い聞かせた。
『藤堂紫苑と伊集院碧がホテルへ入って行った。』 あゆみの言葉が頭から離れない。やりきれない思いが湧き上がってくる。二人がホテルにいたとしても、僕には関係ない。伊集院碧は柊碧じゃないのに、なぜこんなに心がかき乱されるのか?
放課後、教室にいると爽が近づいてきた。
「久しぶりに、いっしょに帰ろうぜ。」
「彼女は?」
「今日は用があるらしい。隣の駅?隣の隣だっけ?人と会うって。」爽は肩をすくめた。
確か、隣の駅のホテルだって、あゆみが言っていた。
「誰と会うって?」
「いや、知らない。」あっさり爽が答えた。
「ちゃんと確認した方がいいんじゃないの?」
「え、どういうこと?」怪訝そうに僕の顔を見つめた。
「いや、モテるから心配じゃないかと思って。ごめん。余計な事を言った。悪いけど、今日は僕も用事があるから。どうしても買いたい本があって、探しに行く。」と一気に言葉を並べた。
「何の本?俺も付き合うよ。」
「いや、本屋巡りをするかもしれないから、今日は一人で行くよ。」
「そっか、麗にも振られたか。」爽が肩を落とした。
どういうつもり。自分でもわからない。校門を抜けて、爽は家へ、僕は駅へ向かった。
ホテルに行くつもりなのか?決めていない。それでも電車に乗り、隣の駅で降りた。制服の高校生が改札を抜けホテルの方へ行くのが見えた。後ろ姿がちらっと見えただけだが、うちの高校の制服だとわかった。あわてて、ホテルとは反対側で待ち合わせをしている人たちに紛れた。人を待っているような様子で改札口を見守った。
もし、二人が来たら、どうするのか、自分自身でもわからない。暫く、待ったが二人は現れなかった。こっちを見ながら、女の子たちが通り過ぎていくので、ここにはもういられない。
足はホテルに向かった。ロビーを抜けてトイレに入った。
トイレには、僕より少し背の高い、たぶん185cmぐらいの長身の男が、携帯で話していた。彫りの深い端正な顔立ちで大学生のようだった。
「今、ホテルのロビーにいるよ。碧はどこ?着いた?」と優しい声で続けた。「何号室?わかった。今いく。」
碧?呼吸の仕方を忘れてしまったかのように、息を止めていた。碧と言った?思わず反応してその男の方を振り向いてしまった。その男は怪訝そうに僕を見たが、なにも言わず出て行った。
まさか、声に出ていた?大丈夫。声にはだしていないはず。
今日は、藤堂紫苑と会うのではないの?他の男?あの男が言っていた『あおい』が碧とは限らない。
どのくらいトイレの中にいたのだろう?思わず、ホテルに来てしまったが、何の考えも持っていなかった。トイレを出ようとしたとき、エレベーターから降りてきた男女の声が聞こえた。
「朱雀、何食べたい?」
「碧の好きなものでいいよ。」
「うん。どうしようかな?定番だけどイタリアンがいいかな。」
仲よく腕を組んだ伊集院碧と男が通り過ぎていった。
つい後を追ってホテルを出ようとした時、反対側の道路にうちの高校の制服を見たような気がしたので、慌ててホテルに戻った。
《爽》
最近、麗のようすが変だ。もともとあまり他人に関心がないし、まして人のことを悪く言わないやつなのに、碧ちゃんのことを気にしたりして。いや俺の心配をしてくれているのか?
それに本屋に行くときはいつも一緒に行って、別々に好きな本を見つけていたし、本屋巡りなんてしょっちゅうだったのに。
好きな女の子でもできたのかな?他校の彼女も今まで隠したことなんてなかったし。まあ、相手に付きまとわれていた感じだけど。
逆に本命ができたのかな?本気過ぎて恥ずかしくて言えないとか?
《レナ》
偶然、爽と伊集院碧の話を聞いてしまった。今日は一緒に帰れないらしい。爽がかなり落ち込んでいた。
この間のように、伊集院碧は紫苑とホテルで会うのではないだろうか?確かめなければ。今日はあゆみを誘わずに一人で行こう。あゆみもインフルエンザに罹った後、体調を崩したらしく、学校も休みがちになった。お休みのとき何回かお見舞いに行ったが、爽が出てきて「あゆみは眠っている」と言われて、いつも会うことができなかった。身体が心配だ。
隣の駅のホテルの真ん前にカフェがある。制服でホテルのラウンジにいると目立つので、カフェからホテルの入り口を見張ることにした。カフェとホテルの間に道路を挟んではいるが、カフェの窓際の席からはよく見える。幸い窓際の席は空いていたので、助かった。
しばらくすると、制服姿の伊集院碧がホテルに入って行った。こそこそせず、堂々としているなんて、本当に面の皮が強い、いや厚いだっけ。まあ、シティホテルだから、こそこそする必要もないけど。
いつまで見張ろうか考えていると、麗が現われた。思わず、身を乗り出して見守った。麗はホテルの自動ドアの前で立ち止まって、ホールを覗き込んでいるように見えた。後ろから他の人がきたので、一緒に入って行った。
麗がホテルに用があるなんて、どういうこと?麗も他校の彼女と会うとき、このホテルを使っているとか?いやいや、今は麗に付きまとっている女の子はいないさそうだけど。
今日、一人で来て本当によかった。麗のこと、あゆみには言えない。
藤堂紫苑と伊集院碧のデートではなく、麗と誰かのデートを見ることになってしまったら、どうしようと考えていると、伊集院碧がホテルの入り口から出てきた。
それも、紫苑ではなく、大人の男性だ。伊集院碧も制服からワンピースに着替えていて、その男性と仲良く腕を組んでいた。その男性は雑誌の表紙を飾っているモデルに劣らない端正な顔立ちとスタイルを兼ね揃えていた。
伊集院碧は、二股じゃなくて、三股ってこと?それもすべていい男。負けた!
慌ててカフェをでて、二人の後を追ったが、イタリアンレストランに入ってしまった。もうこれ以上、見張っても意味がない。麗のことは気になったが、麗に聞いたところで、はぐらかされるだけ。考えないことにした。
《X》
今日は蝶を追った。飛び回る美しい蝶を追うのはとても楽しい。手に入らない美しい蝶を追う虚しさも感じるが、いずれ自分のものになり、その虚しさは喜びに変わるだろう。美しい蝶に近づき、身近に蝶の血を感じたい。
《レナ》
同じクラスの女の子が、3年にイケメン男子がいるという噂話をしていた。藤堂紫苑のことかな、いまさらって思いながら、聞いていた。
「ほら、あの男の子だよ。地味なんだけど、ジャニーズ系っていうのかな?ちょっとかわいい感じ?」窓の外を横切る背の高い男の子が見えた。爽や麗、紫苑には全く太刀打ちできないけど、まあまあかな?あれ?でも、見たことあるような?
放課後、麗の教室を覗きに行ったら、男の子が教室から出ていくのを見た。昼間のイケメンに似ていた。3年生が2年生の教室に用事があるの?結局、麗は帰った後だった。
家に帰って、湯船に浸かってのんびりしている時に突然閃いた。多分、小学校6年生の時、私に告白したあの男の子だ。童顔なので、そのまま縦に背を伸ばしたような顔はあまり変わっていなかった。思い出せなくで、もやもやしていたのがすっきりした。名前はなんだっけ?今度は名前が思い出せなくて、いらだった。
《あゆみ》
朝、話があるから、昼休み校舎裏のベンチでお弁当を食べようと、レナが興奮気味に言った。何の話だろう。レナがメールで簡単に教えてくれればいいんだけど、レナは携帯が苦手で、普段ほとんど使わない。頭痛がするらしい。気になって、授業に集中できない。授業をきいていないのはいつものことだから、同じか?
「昨日、爽が伊集院碧と一緒に帰らないのがわかったので、ホテルに行ってみたのよ!そしたら、」レナの言葉を遮った。
「え~、一人で行ったの。誘ってくれればよかったのに。」
「ごめん、ごめん。あゆみ、最近具合悪そうだから。」甘えるようにレナが謝った。
「そんなことないけど。それで、どうだった?」
「それが、紫苑じゃなくて、他の男だったのよ。」
「え~~!」開いた口が塞がらないとはこのことだ。
「それが悔しいことに、その男性がものすごくすてきだったのよ。スタイルは一流モデルってとこ。紫苑には負けるけど。」すこし口ごもってレナがまくしたてた。
「そんなにカッコよかったの?」
「うん。正直に言うと、紫苑と同じくらいかも。あの男性は仕事できる切れ者って感じだけど、紫苑はやさしいソフトな感じ。」
伊集院碧は本当に酷い女だ。爽がかわいそう。爽に言った方がいいだろうか?この間の話、麗は爽に話してないようだし、今度のことも麗だけには相談しておこうか?
《麗》
家に帰ると、隣の家からあゆみが飛んできて、爽のことで相談があると言われた。
取りあえず、部屋に上げた。
「麗の部屋に入るのは、本当に久しぶり。変わってないね。」あゆみがベッドに腰掛けた。
「相談って。」話を早く終わらせて、返ってもらおう。昨日のことがあって精神的に疲れていた。
「この間、藤堂紫苑と伊集院碧が隣の駅のホテルで会っていたのを見たって言ったじゃん。昨日、レナがまた見たんだって。」
「昨日、レナが!」声が上ずった。「レナはどこで見たの?」
「ホテルだってば。」聞いてなかったのというようにあゆみがいらだった。
「そうじゃなくて、見たときレナがいた場所。」
「ああ、ホテルの前のカフェだって。」なぜ?どこだって関係ないじゃんと心の声が聞こえてきそうなくらい不思議そうな顔をしていた。
まさか、レナは僕を見た?僕が見かけた制服がレナ? いいや、車が通ったので上半身しか見えなかったが、髪の毛は短かったような・・・。
「レナは何だって言っていた?そのおと・・・、藤堂紫苑のこと。」
「それが、紫苑じゃなかったんだって、驚きだよね。二股どころか、三股っていうの?最悪な女だよね。それで、爽に言ったほうがいいか相談にきたんだよ。」と僕の顔を覗き込んだ。
「口を出したほうがいいか僕にもわからない。もともと、伊集院碧に彼氏がいるのを知っていて付き合っているんだから、教えて更に辛くさせていいのかとも思うし、知れば見切りをつけて別れるかもとも思う。」
「だよね。じゃあ、もうしばらく様子を見ることにする。」あゆみが帰って行った。
「ただいま。」入れ替わりに、レナが帰ってきた。
「お帰り。」部屋をでて、トイレに行くふりをして、レナを迎えた。
「あっ、麗帰っていたんだ。今彼女いるの?しつこい女の子も含めて。」
「いないけど。何?突然。」動揺を悟られないように答えた。
「ちょっと、気になっただけ。」考え込むように答えて、自分の部屋に入って行った。
席替えがあった。僕は窓際の一番後ろの席に、伊集院碧は僕の前の席になった。
忘れようとしても、伊集院碧の顔をみると、男と腕を組んでいる姿が浮かぶ。藤堂紫苑ですらない男といる伊集院碧に憤りを感じるとともに、胸が締め付けられる。
「あれ、・・・・・がない。」伊集院碧のつぶやきが聞こえた。鞄の中や席の後ろにあるロッカーの中を探し出した。やはり、探しているものはなかったようで、ため息をついて席に戻った。
「どうしたの?」好奇心を抑えられずに声を掛けた。
「次の授業の教科書がないの。確かに机の中に入れたと思ったのだけど。」伊集院碧がつぶやいた。
「爽に借りてくる?持っているかな?」
「うん。」
「もうすぐ、授業始まるよ。」白川が突然近づいてきた。「どうしたの?」
「現国の教科書、忘れたみたい。気にしないで。」
「やばいじゃん。現国の稲川って、なにかとうるさいよね。ちょっとしたことで大騒ぎするじゃん!」と白川がざらついた声をあげた。
「これ使って。」僕の現国の教科書を差し出した。「調子悪いから今日はもう帰るから。」とつぶやいて教室を後にした。
「なに?どういうこと?本当に帰るの?」白川が騒いていた。
何をしているのだろう!と思いながら、校門を出ようとしたとき、誰かが追いかけてきた。振り向くと、伊集院碧がいた。
「どうしたの?」
「どうしたって、結城君と同じ理由よ。」伊集院碧がにっこりして、横に並んだ。
「・・・・・」
「なんか、ひさびさにブランコ乗りたくなっちゃった。くじら公園に行かない?ブランコ、思いっきり漕いですっきりしたい!」駆け出した伊集院碧の後を追いかけた。
木陰に囲まれたくじら公園には、誰もいなかった。
「くじら公園、なんで知っているの。駅とは反対方向だよ。来たことあるの?」
その質問には答えず続けた。
「中学校のときもね。教科書とか消しゴムとかが、なくなったりしたの。そんなことして何が楽しいのかしら?」ブランコに座って静かに漕いでいる。木々の囁きの中、ブランコの軋む音が木魂する。僕も隣のブランコに座った。
「この間の体操着や数学の教科書は藤堂さんや爽のファンかな?現国の教科書は無くなったの?」
「そうだけど、数学の教科書って?気が付いていたの?」顔を僕の方に向ける気配がした。
「うん。まあ。」まっすぐ前を向いたまま続けた。「藤堂さんや爽のファンの嫌がらせが有力な気がするけど、伊集院さんのファンということも考えられるよ。振り向いてもらえない、他の男に取られるくらいならって感じで、嫌がらせにはしったりすることもあるらしいし。」
伊集院碧の方をみると、何も映していない瞳が空をさまよっていた。
「持ち物の損害はたいしたことじゃないけど、誰がしているのかわからないのが、気持ちが悪いし怖い!いつもこの街で・・・」はっとしたように口を噤んだ。
いつもこの街で?この言葉がひっかかった。あとでよく考える必要がある。
「お腹が空いちゃった。なんか食べたい。」楽しそうに言った。
「平日の昼間に制服じゃ、目立つよ。」
「じゃあ、隣の駅へ行っちゃう?」と首をかしげた。
隣の駅という言葉に、ホテルで男と腕を組んでいる楽しそうな姿が浮かんだ。
「隣の駅って?男と会う時はいつも隣の駅に決めているの?」吐き捨てるように言った。
「・・・・」驚いているだろう伊集院碧の顔を見ることはできなかった。
「帰ろう。」僕は足早に公園をでた。伊集院碧は追ってこなかった。
《爽》
お昼休み、碧のいる教室行くと、白川が飛んできた。
「結城君と碧ちゃんがふたりでばっくれちゃったよ。碧ちゃんが結城君を追ってったんだよ。」興奮して叫ぶように言った。
「どういうこと?」意味が解らず、白川を問い詰める。
碧ちゃんの教科書が無くなって、麗が碧ちゃんに貸した。麗は教科書がないから帰ることにして、麗のあとを碧ちゃんが追って行ったということらしい。教科書がないくらいのことで、学校をさぼるなんて麗らしくない。
碧ちゃんに確認しようと思ったが、碧ちゃんは普段携帯の電源を入れていない。なんでも長時間電磁波にさらされると頭が痛くなる、特に携帯の影響は酷いので、必要な時のみ使用するらしい。その体質は女性にだけ遺伝すると言っていた。
麗に訊いてみよう。麗の家に行くと、麗は部屋にいた。ホッとした。
「白川に聞いたぞ。俺の碧ちゃんとばっくれたんだって!」明るく聞いた。
「教科書を隠されたみたい。なんか授業受ける気分じゃなかったからいい口実になっただけ。そしたら、悪いと思ったのか、彼女も教室を出ってきちゃった。」
「隠されたって?無くなったって聞いたけど。」
「無くなった?・・・。白川さんがそう言ったの?忘れたって言っていたのに。」考え込みながら麗が続けた。「前にも教科書にいたずら書きされたことがあったみたい。」
「白川がどう言おうがどうでもいい。そんなことがあったなんて碧ちゃんは俺に何も言ってくれなかったのに、麗には話すんだ!」
「偶然知ったんだよ。」
「それで!」
「それでって?」
「碧ちゃんが追ってきたんだろ?」
「・・・、お礼を言われただけだよ。」
「そっか。」
長年の付き合いから、言葉と言葉の微妙な間に違和感を覚えた。
《X》
蝶一族は何でも持っている。美しさも栄光も手に入らないものはない。蝶の血を早く手に入れたい。蝶を追う楽しさは薄れ、近づくことは出来ても手に入れることの出来ない苛立ちが膨らんでいく。その苛立ちを収めるには、怒りのときと同様器を使う。壊さないようにある程度自重しなければ。二度と使えなくなると困る。
《碧 高校1年生》
母の再婚相手、伊集院正人はとても優しくて、本当の父よりもかわいがってくれた。引っ越してからの中学時代は平穏な日々が続いた。
中学1年のときに通っていた桜ヶ丘中学校の近くの高校に、入学した。それを機に中学1年の時に住んでいたマンションに一人で住むことになった。
気味の悪い嫌な思いをした街にまた戻ることになって、名前も姿も変えることにした。中学時代は柊碧を名乗っていたが、高校からは伊集院碧を名乗り、髪や瞳の色を変え、化粧もした。全くの別人のようになり、伊集院碧として新しい生活を始めた。
高校の入学式では生徒の名簿が配られ、ひとりひとり名前が呼ばれる。名簿の中に二人の王子の名前を捜した。青木麗、片桐爽。この高校ではない可能性の方が強いが、探さずにはいられなかった。
「あった。」思わず小さく声に出してしまった。片桐爽の名前はあった。1組だった。青木麗の名前はなかった。
「片桐爽」と呼ばれて、すらりと背の高い少年が立ち上がった。背中しか見えない。私は8組だった。教室は遠いようだ。生徒数が多いので何か接点がなければ、全く知らないまま卒業ということもありうる。
青木麗はどこの高校に行っているのだろう。爽は隣の家だから知っているだろうか?
いずれ、片桐爽と自然なかたちで友達になりたいと思っていた。ちょっとした演出が必要だったが、うまく知りないになれた。1年のバレンタインの時、爽にチョコレートをあげた。爽は中学の時と同じように、本人の知らないままに私を助けてくれることになった。
母は離婚後も父と連絡を取っていた。
「お父さん、再婚するみたい。籍を入れる時期は決めていなくて、まだ先かもしれないけど。相手には男と女の子供がいて、両方とも碧と同じ高校で、女の子は学年も碧一緒だって。なんて名前だったかしら?」と考え込みながら、母が言った。
「う~ん。思い出した。白川。確か女の子は霞。変わった名前だから憶えている。でも男の子の名前は忘れたわ。」どうでもいいように肩をすくめた。
「その兄妹は私のことを知っているの?」
「知らないと思うけど確かじゃないわ。」
「確か、霞って妹の方は中学もこっちで一緒だったみたいよ。」
「霞?白川霞?中学の時そんな子いたかな?」二人の王子様以外ほとんど名前を覚えていない。
「ただ、問題なのは再婚相手の離婚理由がDVらしいのよ。その女性だけではなく、娘にも暴力をふるっていたみたい。息子さんには会っていないけど、この間お嬢さんには会ったんだって。隠していたけど腕が痣だらけなのがちょっと見えちゃったみたい。父親は山奥に別荘を持っていて、仕事は何をしているかわからないけど、普段そこにいるみたい。子供たちはまだ父親と会っていたのかもしれないけど、これからは会わせないから大丈夫と言っていたわ。」父は連れ子の子供の心配をしていた。
父親による干渉と無関心、どちらが幸せなのだろうか?
バレンタインデーの日に男の子が、下駄箱の中のたくさんのチョコレートに困っていた。気が付いたら持っていた紙袋を差し出していた。
その男の子は青木麗に似ていると思った。瞼に残るヘーゼルの瞳の持ち主はそういるものではない。しかし、中学から高校への3年間の成長は個人差が激しい。子供から大人の顔に変貌する。少しの間だけの私の記憶では、青木麗に似ていると断言することさえ心許なかった。青木麗を思い出させるからなのか、とても気になった。名前も訊きそびれてしまった。




