第一章 小学6年生
《碧 小学6年生》
小さい頃、父はとても優しかった。私のわがままをすべて受け入れてくれて、お姫様のように扱われていた。それが突然興味を失い、まるで存在しないかのように、父の目に私は全くまったく映らなくなった。その変化は私を怯えさせ、父の前では息をひそめて暮らしていた。両親は離婚し、私は母と暮らすことになった。
中学入学前にこれから暮らす街を母と見に行った。母が駅前のショッピングモールで買い物をしている間、隣接している公園で待っていた。噴水の縁に座って周りを見渡すと、公園の隅に、なぜか七重の塔が建っていた。七重の塔の中は入れるようになっているわけでもなく、コンクリートの土台に数段の階段があり、そこに二人の男の子が寒さに震えながら座っていた。
ふたりとも端正な顔立ちをしていたが、肌の色は対照的だった。ひとりは太陽をいっぱいに浴びた黒い肌の少年、もうひとりは闇の中で暮らしていたかのように白い肌の少年だった。王子様と呼ばれているイケメン主人公の漫画を思いだした。黒王子と白王子。
私が見ているのに気づいて、白王子が私の方を見たように思ったので、あわてて横を向いた。
ショッピングモールから、母が出てくるのが見えたので、公園を後にした。
《麗》
その日の夕方、僕は中央公園にいた。幼馴染の片桐爽と一緒だった。僕たちはまだ6年生だが、もうすぐ中学生になる。ちょっと気が大きくなって、二人で塾をさぼっていた。二人とも妹はいるが、男兄弟がいないので、いつも一緒にいて喧嘩もするがなんでも話し合える間柄。
「爽、中学生になったら、部活何にするの?」と僕は聞いた。
「うん、やっぱり野球部かな。麗はどうするの?」
「日に当たって黒くなるのはいやだな。今のイケメンは白い肌じゃないと。」と僕は言った。僕だって、サッカーや野球とか外でスポーツをしたいけど、僕の肌がそれを許さない。僕は肌が弱く、日に当たると真っ赤になりやけどをしたようになる。自分で言うのもなんだが、運動神経は多分、爽よりいいと思う。
「なにそれ?冗談だろ!男は黒い肌だよ。」とまさに黒い顔に真っ白な歯をみせて、ニッと笑った。爽はもちろん、僕が日光に弱いことを知っている。だからと言って、しらじらしい言葉を並べるほど短い付き合いじゃない。
「僕がなんて言われているか知っている?王子様だって。うらやましいだろう!」
「じゃあ麗が白王子で、俺が黒王子だ。あはっは!」と爽が豪快に笑った。
爽はその名の通り爽やかでかっこいい。切れ長のきりっとした目元、鼻筋が通っていると言いきれるわけではない程度のほどほどに形のいい鼻。このほどほどが嫌味のないさわやかな顔を形作っている。手足が長く、野球をしている姿はしなやかで美しい。僕が女の子だったら、絶対爽を好きになっている。
突然、目の片隅に青味を帯びた緑色の何かがひらひらとよぎった。目で追うと、その何かはすぐ消えてしまったが、公園の真ん中にある噴水の縁に髪の長い女の子が座っていた。いまのは何だったのだろう?噴水を背にした女の子の横顔はとても美しくて、目が離せなかった。しかし、僕を魅了したのは、幼い女の子にはそぐわない憂いのある表情だった。女の子がこっちを見たように思った。爽も噴水の方を見ていた。
爽が突然立ち上がって、歩きだしたのであわてて後を追った。
《爽》
幼馴染の青木麗は同い年で隣の家に住んでいる。家というか屋敷だ。屋敷の北側は崖で、南側が道路となっている。屋敷の東側に俺の家がある。そのまわりは公園と公民館になっているので、麗の屋敷と俺の家は二軒だけまわりから隔離されていた。
麗の家は由緒正しい家のようだが、近所に小さな子供がいないからなのか、俺とあゆみは小さい頃から屋敷へ自由に出入りしていた。
麗とはいつも一緒にいるが、かっこよすぎて、ムカつく。お気に入りの女の子のたちは、麗の顔をみてうっとりため息をつく。まあ当然だと思う。白い肌に、日本人には珍しいヘーゼルの瞳。髪の毛の色も生まれつきアッシュがかったブラウンで、ハーフに間違えられるが、両親は日本人だ。俺は色が黒いが、いまどきのイケメンはつるつるの白い肌が鉄則。それに穏やかで、性格もいいのがさらにムカつくが、最高の親友だ。
でも、気に入った女の子を持って行かれるのだけは避けたいものだ。
麗の目が何かを追っていた。その視線の先を見ると、噴水のそばに女の子がいた。麗がそのような視線を女の子に送るのは珍しい。女の子がこちらに顔を向け、麗と女の子の視線が絡み合ったように思えた。
突然、もやもやした表現のできない苛立ちが湧いてきた。その場を後にして歩き出すと、麗が慌てて付いてきた。
《Ⅹ》
『蝶の血は栄光と幸福がもたらされる』と言われている。この蛾一族の血は何の役にもたたない。蝶の美しさはもてはやされ、蛾は忌み嫌われる。
同種であるが故に、その不公平さに憤りを感じる。その憤りを蝶一族に向けるとともに、蝶の血に惹かれるジレンマが、鬱々とした感情を内に向かわせる。
栄光と幸福は血の濃さに比例していると言われている。この価値のない血から抜け出すには、蝶の血が必要だ。それも純血の蝶の濃い血が・・・。




