途絶えた報告
――勇者軍の侵攻予測まで、あと二十五日。
ナオトは、第一軍団から届いた報告書を読んでいた。
兵数と配置だけではない。
斥候の見回り場所、出発した刻、次に報告が来る予定まで書かれている。
書類は増えた。
そのぶん、前より現場の動きは見える。
次の一枚へ手を伸ばしたところで、扉が開いた。
足音が速い。
「第三偵察隊との定時報告が途絶えました」
レイアは机の前まで来ると、持っていた書類を置いた。
「最後の報告は」
「昨夜です。異常なしとの内容でした」
「それから連絡がない?」
「はい。以降、応答がありません」
第三偵察隊は、人間側の領域に近い森を見回っている。
「連絡具の故障は?」
「城側には異常ありません。第三隊が持つものについては確認できません」
事故かもしれない。
森にいる魔物に襲われたのかもしれない。
連絡具だけが壊れた可能性もある。
「人間側と接触した可能性もあります」
レイアが言った。
ナオトは机の上の書類を見た。
「ガルザには?」
「知らせています。すぐに来られるかと」
その言葉が終わるより早く、廊下から重い足音が近づいてきた。
扉が大きく開く。
「状況は」
ガルザだった。
レイアが、第三隊との定時報告が途絶えたことを簡潔に伝えた。
ガルザは最後まで聞くと、すぐに踵を返した。
「救援を出す」
「待ってください」
ナオトが呼び止める。
ガルザが振り返った。
「待っている間に死んだら、どうする」
低い声だった。
怒鳴ってはいない。
だが、ガルザの中ではすでに答えが出ている。
「被害を広げないためです」
ナオトは答えた。
ガルザの眉間に皺が寄る。
「第三隊は今も森にいる」
「分かっています」
「分かっていて、まだ確かめるのか」
「分からないまま兵を出せないからです」
ガルザにとって第三隊は、書類に並ぶ数字ではない。
顔も名前も知っている部下だ。
ナオトには、まだその顔が浮かばない。
それでも、何も確かめずに救援を出せば、被害を広げるかもしれない。
「ほかの隊の報告と配置を確認させてください」
ガルザは黙った。
納得したわけではない。
だが、部屋を出るのはやめた。
「偵察隊の配置図を」
レイアがすぐに地図を広げた。
続いて、各隊の報告書を机へ並べる。
第三隊の分だけがない。
ナオトは残る報告書を順に見ていく。
大きな異常はない。
だが、一枚だけ手が止まった。
第五隊だった。
報告時刻が、ほかの隊より遅い。
「……第五隊だけ遅い」
「はい」
「理由は?」
レイアが該当箇所を確認する。
「見回りの途中で、不審な足跡を見つけています。周囲を調べましたが相手は見つからず、そのぶん報告が遅れたとあります」
「どんな足跡ですか」
「複数です。森にいる魔物のものではないと」
ガルザが地図を覗き込む。
「人間か」
「断定はされていません」
ナオトは第五隊の報告書を手に取り、足跡を見つけた時刻を確認した。
「その時、第五隊はどこにいたんですか」
レイアは地図の一点を指した。
「ここです」
「第三隊の最後の報告時刻は?」
レイアは記録を確認し、別の一点を指した。
二つの場所は、森の中を斜めに抜けるように並んでいた。
ナオトは、それぞれの時刻を見比べる。
第五隊が足跡を見つけた刻。
第三隊から最後の報告が届いた刻。
何者かが一つ目の場所から二つ目へ進んだと考えれば、時間が合う。
ナオトは、その先へ視線を動かした。
「この先にいるのは?」
「第二偵察隊です」
「今は?」
「次の見回り地点へ向かっています」
ガルザが地図を見る。
「第三隊を襲った者が、次に第二隊へ向かっていると?」
「まだ分かりません」
ナオトは答えた。
「でも、第五隊が足跡を見つけた場所から第三隊の最終報告地点へ進んだと考えると、時刻が合います」
「なら、第三隊へ救援を出す。第二隊も下げる」
ガルザが即答した。
「第三隊への救援は、どの道を通りますか」
レイアが地図上に経路を示した。
第一軍団の拠点から森へ入り、第三隊の担当区域へ向かう道。
大人数でも進みやすい。
だからこそ、選べる道は限られる。
「相手が第三隊の近くで待ち伏せしていたら?」
ガルザの視線が動く。
「第三隊を襲ったあと、救援が来るのを待っているかもしれません」
「可能性だけで、部下を見捨てるのか」
「見捨てません」
ナオトはすぐに否定した。
「直接向かわせないだけです」
地図上の二地点を指す。
「ここから小隊を出します。第三隊がいた場所には近づかず、二方向から周囲を確認する」
「時間がかかる」
「はい」
「第三隊が生きていたら、そのぶん救援は遅れる」
「はい」
言葉にすると、判断の重さが増した。
それでも、ナオトは続けた。
「最短の道をまとまって進ませたら、救援隊まで襲われるかもしれません」
ガルザは何も言わない。
「第二隊は予定の場所へ行かせず、すぐに見回りの道を外して撤退させます。ほかの隊は一度その場に止める。そのあと、時間をずらして動かします」
「全部動かせば、こちらが気づいたと知られる」
「だから、一度には動かしません」
ナオトは、第三隊と第二隊の間にある道を指でなぞった。
「予定どおりに動けば、次も読まれます」
相手は偵察隊の現在地だけを見ているのではない。
動き方そのものを見ている。
ガルザは地図を見続けていた。
やがて、ナオトへ視線を向けた。
「決めろ」
ナオトはレイアに向き直る。
「第二隊を撤退させてください。第三隊の捜索は二方向から。ほかの隊は、次の指示があるまで現在地で待機」
「承知しました」
レイアは一礼すると部屋を出ていった。
扉が閉まる。
部屋に沈黙が落ちた。
ナオトは椅子に座り直し、報告書へ目を落とす。
文字を追う。
頭には入らない。
第三隊がまだ生きているなら、救援は遅れる。
第二隊を下げたことで、別の場所に穴ができるかもしれない。
そもそも、第五隊が見つけた足跡と第三隊の報告途絶が、無関係という可能性だってある。
地図の上で、点と点を結んだ。
時刻も合った。
それだけだ。
正しいかどうかは、まだ分からない。
ガルザも部屋に残っていた。
壁際に立ち、腕を組んでいる。
ガルザは一度も椅子に座らなかった。
扉の外で足音がするたび、視線を向ける。
ナオトは報告書へ目を戻した。
自分に見えている情報だけは、取りこぼすわけにはいかなかった。
やがて、扉が開く。
伝令が駆け込んできた。
「第二偵察隊、帰還しました」
ナオトの肩から、わずかに力が抜ける。
「全員無事か」
ガルザが尋ねた。
「はい。予定の場所へ着く前に指示を受け、見回りの道を外れて戻りました」
第二隊は助かった。
だが、それだけでは読みが正しかったことにはならない。
「もう一つ、報告があります」
伝令が続けた。
「第三隊を捜索していた小隊が、第二隊の向かう予定だった場所で、人間の斥候らしき一団を確認しました」
部屋の空気が変わる。
「数は」
「多くありません。森を調べながら進み、第二隊の見回り地点付近で立ち止まっていたとのことです」
ガルザが地図を見る。
「……待ち伏せされていたのか」
偶然そこを通っただけなら、立ち止まる理由はない。
「たぶん、第五隊の痕跡から見回りの間隔を調べたんだと思います」
「こちらの位置を知られているのか」
「全部ではありません」
ナオトは首を振る。
「でも、決められた動きがあることには気づかれています」
こちらが相手を探っているように。
相手も、こちらを見ている。
勇者軍は、ただ真っすぐ攻めてくるだけではない。
誰かが、こちらの動きを読んでいる。
「勇者でしょうか」
レイアが静かに尋ねた。
ナオトは首を横に振る。
「分かりません。でも、こういう動きを考える人がいる」
勇者本人とは限らない。
それでも、人間側にもこちらを分析する者がいる。
その事実が、ナオトの背中を冷たくした。
まだ第三隊は見つかっていない。
ガルザの表情も緩まない。
しばらくして、再び扉が開いた。
「第三偵察隊を発見しました」
ガルザが一歩前へ出る。
「状況は」
「全員生存しています。ただ、一人は自力で歩けません」
ナオトは、ゆっくり息を吐いた。
「人間側の斥候と接触し、連絡具を壊されたあと、森の奥へ退いたとのことです。敵は途中で追跡をやめ、別の方向へ移動しました」
「捜索隊は」
「敵との接触はありません。第三隊を保護し、帰還中です」
報告が終わる。
部屋に静けさが戻った。
第二隊は接触を避けた。
捜索隊も敵とぶつからなかった。
第三隊も生きている。
だが、一人は自力で歩けないほど傷ついている。
結果だけを見て、正しかったとは言い切れない。
「第三隊が自力で逃げていなかったら、間に合わなかったかもしれません」
ナオトは言った。
ガルザは答えない。
地図を見たまま、しばらく黙っていた。
「私は最短の道を行かせていた」
敵の斥候が通った経路へ視線を落とす。
「……救援隊まで失うところだった」
ガルザは扉へ向かう。
ナオトが呼び止めた。
「ガルザさん」
ガルザは振り返らない。
「……俺の判断は」
少し間が空く。
「まだ終わっていない」
それだけ言って、部屋を出た。
扉が閉まる。
しばらくして、レイアが戻ってきた。
机に広げられた配置図を見つめる。
「すべての見回りの道を変更しますか」
ナオトも地図へ視線を落とした。
決められた場所。
決められた道。
決められた刻。
同じやり方を続ければ、また読まれる。
だが、一度変えただけでは足りない。
いずれ新しい決まりも見抜かれる。
「変えます」
ナオトは答えた。
「でも、一度変えて終わりにはしない」
少し考え、続ける。
「巡回の順番も、時間も、定期的に変えましょう」
レイアは頷いた。
「ですが、一つ問題があります」
ナオトは顔を上げる。
「人手が足りません」
第三偵察隊は、まだ帰還していない。
勇者軍の本隊も、まだ見えない。
それでも、こちらの動きは、敵に読まれ始めていた。




