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第1話 第4章(1/2)

「よし、これでようやく今日はおしまいね。あとは夕食の準備を手伝うだけかしら」


エプロンについた泥をはたき、フフンと鼻歌交じりに廊下を歩いていたエルザ。


だが、そんな彼女の背後から近づいてきた当主ルシアンに、どこか厳かで、それでいて興奮を隠しきれない声で呼び止められた。


「エルザ、少し時間はあるかい? 君のあの並外れた忠誠心と、魔獣をも手懐ける気高き魂を見込んで、我がアルカディア家が誇る『最も神聖な場所』へ案内したいのだ」


「えっ? 最も神聖な場所、ですか?」


その言葉の響きに、エルザの胸は一気に高鳴った。


それはきっと、何世代にもわたって大切に受け継がれてきた、歴史ある一族の素晴らしい家宝や、見る者を感動させるような神秘的な何かに違いない。


まだ見ぬ美しい至宝を拝めるかもしれないという純粋なワクワク感に、彼女は目をキラキラと輝かせ、胸を弾ませるのだった。


ルシアンと、そっと腰をさすっているセバスの後ろに付き従い、屋敷の最奥にある薄暗い地下階段を下りていく。


(セバスさん、さっき裏庭で盛大に腰をいわしたばっかりよね!? ……そうか、これがプロの執事がなせる技なのね……)


エルザが老執事の驚異的な精神力に戦慄している間にも、ひんやりとした空気が肌を刺し、やがて頑丈な鉄製の扉が現れた。


ルシアンが複雑な鍵を開け、ギィィ……と重々しい音を立てて扉が開かれる。


「さあ、入るがいい。ここが我がアルカディア家の至宝を納めたコレクションルーム——『聖域』だ!」


ついに開かれた一族の聖域。その重厚な響きに、エルザは「一体どんな素晴らしいお宝が眠っているのかしら!」と、感動で胸をいっぱいに膨らませながら、輝く瞳で部屋の中を覗き込んだ。


——しかし、部屋の中に一歩足を踏み入れた瞬間、エルザの思考は完全に停止した。


そこは部屋の壁一面、床から天井に至るまで、ありとあらゆる「勇者」のグッズで埋め尽くされていた。


(な、何よこれ……。どうしてコレクションルームに、私のストーカー部屋みたいな空間が広がっているの……!?)


勇者が使っていたとされる武器のレプリカや、勇者の軌跡を記した怪しい古文書の数々。だが、そのどれもが見るからに偽物だった。


あまりの光景に脳の処理が追いつかず、エルザが言葉を失って固まっていると、ルシアンが誇らしげに部屋の奥の壁を指差した。


「驚くのも無理はない。見給えエルザ、これが我が家が総力を挙げて収集した、偉大なる勇者様の肖像画の数々だ!」


ルシアンに促されるまま、エルザがおずおずと視線を向けた先――そこに描かれていた勇者としての彼女の姿は、どれも信じられないほどブサイクだった。


戦場での凄まじい激闘を切り取ったそれらの絵は、どれも凄惨極まるものばかり。白目を剥き、口を限界まで横に裂き、額に青筋を浮かべて魔王軍を殴り倒すその姿は、もはや人間を辞めたレベルのクリーチャーそのものである。


戦いの中の一瞬の必死な表情とはいえ、あまりにも悪意あるデフォルメが施されていた。


(……待って。私、あんな顔して魔王軍と戦ってない。絶対に違う。もっとこう、可憐で凛々しかったはずよ……!?)


己の人生最大の黒歴史を特等席で突きつけられ、エルザの脳の血管が何本か千切れそうになる。


ルシアンはそんなエルザの内心など露知らず、一枚の特に巨大で、特にクリーチャー顔が際立っている肖像画の前に立ち、うっとりとため息をついた。


「見ろ、エルザ。この勇者エルザ様の、戦場での気高き憤怒の相を! 全身の筋肉を限界まで駆動させ、人類の命運を背負って戦う者の表情だ! ……ん? 待てよ?」


ルシアンがふと、肖像画と隣に立つエルザの顔を交互に見比べた。その目が不自然に細められる。


「……不思議だな。こうしてじっくり見比べてみると、君の輪郭や、その目の奥にある光が……どこか、この偉大なる勇者エルザ様に似ているような気がするのだが……?」


(しまった……! バレる!? ここで元勇者だとバレたら、私の『フツーの女の子』としてのメイド人生が!!)


絶体絶命。ルシアンの勇者オタクの鋭い観察眼が、ついに真実に迫りつつあった。


エルザは一瞬で覚悟を決めた。怪しまれているこの状況で生半可な言い訳など通用しない。


彼女は一瞬にして、己の全表情筋をフル稼働させた。


「——旦那様ぁ? 何をおっしゃっているのですかぁ?」


エルザが振り返った時、その顔面は完全に崩壊していた。


右目は限界まで見開かれて天を仰ぎ、左目は細められて地面を睨む。口元は耳の付け根まで横へと引き裂かれ、顎の骨をわざと数センチずらして、ガチガチと激しい音を立てる。


額にはボコボコと不気味な青筋が浮き上がり、人間というよりは、深海から引き揚げられた未知の生物のような「究極の変顔」を披露した。


「ひゃああっ!!?」


ルシアンは恐怖のあまり飛び上がり、危うく腰を抜かしそうになった。背後のセバスも「おやおや、これは凄まじい」と一歩身を引く。


「な、なんだいその顔は……! 夢に出そうなほど恐ろしいぞ……!」


「ふふふ、私のようなしがないメイドが、そんな伝説の勇者様に似ているはずがございませんわぁ〜」


エルザはクリーチャー顔のまま、ガチガチと顎を鳴らして微笑んだ。


ルシアンは胸を撫で下ろし、深く深く頷いた。


「そ、そうだな。前言撤回だ。いくら勇者様が戦場で激しいお顔をされていたとはいえ、これほど凄まじい……顔ではなかったはずだ。君は完全に別人だね。ああ、驚いた……」


「はい、ただのフツーの女の子にございます」


エルザはすうっと顔の筋肉を戻し、何事もなかったかのように微笑んだ。


自動回復(オートヒール)のおかげで、顔面が瞬時に元通りになる。そうしてどうにか難局を乗り切った。

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