第59話:星々を見上げる者たち
――静寂が、世界を支配していた。
上層世界『カイゼル・シェル』の絶対的ルールだった黒き天秤『ナイトメア・ゼニス』の、ネジの一本にまでいたる【星天解体】による完全消滅。
それは、100年間この世界を包んでいた「偽りの青空」の終焉を意味していた。バリバリと音を立てて空の膜が剥がれ落ち、光の粒子となって消えていく。その向こうから現れたのは、星の光すら届かない、どこまでも深く、冷たい「本当の夜空」だった。
「……あ、あぁ……」
ゼロの腕から切り離された装甲車の外で、カイルやルカ、シンが言葉を失って空を見上げていた。生まれて初めて見る、天井のない、無限の闇。
その闇の真下で、全ての必殺技を解放し、役目を終えた蒼き巨神――『プロトタイプ・ZERO』は、片膝を突いたまま静かに白煙を上げていた。
胸部装甲が滑らかに開き、中に保護されていた純白のコクピットカプセルが静かに地面へと排出される。ハッチが開き、中から這い出したFELIXは、自分の傷だらけの両手を見つめ、それからすぐに真上の蒼き巨神を見上げた。
「JUSCO……! JUSCO、返事をしろッ!!」
FELIXはボロボロの身体を震わせながら、ゼロの脚部をよじ登り、開放されたままの全天周コクピットへと飛び込んだ。
そこにいたのは、シートに深く腰掛けたまま、ピクリとも動かない15歳の妹の姿だった。
「JUSCO……!」
FELIXがその肩を抱き起こす。けれど、その身体は驚くほど冷たく、彼女の胸の奥からは、皮膚を突き破るようにして青白い結晶体が不気味な光を放っていた。
「……お兄ちゃん……?」
JUSCOの唇が、かすかに動いた。けれど、その瞳には光がなく、FELIXの顔を捉えていない。【魂の熔融】の代償は、あまりにも大きかった。
「私、ちゃんと……お兄ちゃんを、護れたかな……。もう、何も……見えないし、お兄ちゃんの声も、なんだか……遠い、や……」
「バカ野郎! 護られたのは俺の方だ! 目を開けろ、JUSCO! ほら、お前がずっと見たがっていた、本当の空だぞ!」
FELIXの涙がJUSCOの頬に落ちる。けれど、彼女の五感はすでにマスター・コードの底なしの演算領域に融け去り、その温もりを感じ取ることはできなかった。
『……フェリックス准将。いや、マスターの兄君よ』
コクピットのコンソールから、ゼロの静かな電子音声が響いた。その声もまた、全能力を使い果たした魔力炉の出力低下とともに、かすかなノイズが混じり始めている。
『彼女の魂のログは、今、この『ZERO』のブレインと完全に同期している。彼女の肉体の結晶化を止める方法は、ただ一つ。――大崩壊の元凶である「彼ら」を、完全に排除することだ』
「彼ら……だと?」
FELIXが息を呑む。
その時、ゼロのメインモニターが、ノイズを撒き散らしながらも、遥か上空の夜空――宇宙の彼方を映し出した。
不気味に明滅する、無数の赤い光。
それは、100年前に地球の文明を滅ぼし、今なお星々の隙間で増殖を続けている宇宙からの機械細胞生命体――『外宇宙レギオン』の巨大な群れだった。
エレノアの防衛システムが消滅したことを検知し、眠れる巨神『ZERO』の覚醒を察知した彼らが、再びこの地球を完全に死滅させるため、大気圏へと降下を開始したのだ。
「あれが……お父さんの言っていた、本当の敵……」
JUSCOの脳内に、ゼロを通じてその光景が直接流れ込む。
感覚を失い、人間ではなくなりつつあっても、彼女の胸の奥にある「ジャンク屋の魂」は、まだ絶対に消えてはいなかった。
「直そう……。お兄ちゃん、ゼロ。……あの、ぐちゃぐちゃに壊れた、星の空を……みんなで、リビルドするんだ……!」
JUSCOの最後の意志に呼応し、ゼロの眼光が、再び激しい蒼の輝きを取り戻した。
偽りの天井が崩れ去り、その先の「本当の世界」へと続くハッチが開く。物語は、世界の真実と対峙する最終章へ――。続きは本日22時公開です!




