第54話:偽りの空
――ゴォォォォォォォッ!!!
『プロトタイプ・ZERO』の背中から噴射される蒼き光の翼が、バベル・ホールの垂直シャフトを真っ逆さまに突き進んでいた。重力に逆らい、奈落の底から世界の天井へと、光の矢となって急上昇していく。
「みんな、しっかり捕まってて!」
JUSCOの叫びが、ゼロの腕にワイヤーで連結された自警団の装甲車へと通信される。
『おいおい、本当にこのまま上層世界まで行く気かよ!?』
ハンドルを握るカイルが、急激な加速のGに顔を歪ませながら叫び返す。
『俺たちはただのクズ鉄拾いだぜ!? 上の奴らの本拠地に攻め込むなんて、正気の沙汰じゃねえ!』
「正気じゃなくてもやるんだよ! ここで止まったら、街も、お兄ちゃんも、全部あの冷たい人形たちに消されちゃう!」
JUSCOの全天周モニターの片隅には、ゼロの胸部――『鋼の揺り籠』に保護されたFELIXの生体ログが表示されていた。脳内ナノマシンの逆流負荷により、彼の意識は未だ昏睡状態のままだが、脈拍は緩やかに安定し始めている。
「絶対に、死なせたりしない……!」
JUSCOがコンソールを握る手に力を込める。しかし、その指先はすでに完全な無感覚に陥っており、レバーの冷たさすら感じ取れていなかった。脳細胞がマスター・コードの膨大な演算処理に侵食され、人間としての領域を削り落としていく。
『マスター、上空に新たな防衛ラインを検知。カイゼル・シェルの外郭隔壁が完全閉鎖された。さらに、迎撃用の一斉自動砲座がこちらをロックしている』
ゼロの冷静な電子音声が、網膜のモニターに無数の赤い照準マークを浮かび上がらせる。
見上げる垂直シャフトの出口。そこには、地下世界に光を入れまいとするかのように、幾重にも重なる巨大な純白の鋼鉄ハッチが固く閉ざされていた。そして、壁面のいたる所から突き出た自動レーザー砲が、一斉に青白い光を蓄え始める。
『排除、排除、エラーコードを検知。これ以上の浮上を認めません』
無機質なシステムの警告音が、シャフト全体に反響する。
「ゼロ、全域演算のパスを開放! 敵のエネルギー経路をすべて私に回して!」
『了解、マスター・ドメインを展開。――君の意志の通りに』
キィィィィィン――!
ゼロの手のひらから放たれた蒼き光の波紋が、シャフトの壁面を一瞬で舐め尽くした。JUSCOの脳内に、迎撃砲座の配線図が瞬時に流れ込む。
「――そこッ!!」
JUSCOが消えかけた感覚のまま、空間を薙ぐように右手を一閃させた。
――【強制再構成】。
ドガガガガガガガッ!!!
次の瞬間、ゼロたちを焼き尽くすはずだった数千発のレーザー砲が、回路を完全に書き換えられ、一斉に真上の鋼鉄ハッチへと向かって牙を剥いた。
大爆発の炎が天井を包み込み、絶対の隔壁だったはずの純白のハッチが、内側からボロボロに引き裂かれていく。
「押し通るよ、ゼロ!!」
『御意、マスター。これより偽りの天井を突破する』
ドォォォォォンッ!!!
爆炎と鉄屑の嵐を突き破り、蒼き巨神はついに、地下の住人が100年間見上げることしかできなかった、美しくも冷酷な純白のユートピア――上層世界『カイゼル・シェル』の大地へと、その足を力強く踏み下ろした。




