閑話2:錆色の遠景
――カン、カン、カン、カンッ。
響き渡る、規則正しい金属の音。
まだ冷たいオイルの匂いも、錆びた鉄くずのトゲの痛さも、何もかもが「生々しい感覚」として指先に残っていた頃の、遠い過去の一日。
第七居住区の片隅にある、うす暗いダスティ・ジャンクヤード。
天井の隙間から差し込むわずかな廃熱の光の中に、埃がキラキラと舞っている。
「いいか、JUSCO。機械ってのはな、ただネジを締めりゃ動くってもんじゃない」
大きな影が、小さなJUSCOの頭を大きな手でワシワシと撫で回した。父親のダスティだ。彼の着ているツナギからは、いつもタバコと古いグリスが混ざった、どこか安心する匂いがしていた。
「鉄にも、ボルトにも、それぞれ『生きてきた歴史』ってやつがある。それを手のひらでちゃんと聞いてやるんだ。そうすりゃ、クズ鉄だって極上のエンジンに化けてくれる」
「うん! お父さん、やってみる!」
まだ7歳かそこらのJUSCOは、自分の体よりも一回りも大きい重機のシリンダーに向き合い、小さな手でスパナを握りしめていた。
非力な女の子の手だ。力を込めようとしても、スパナはツルリと滑ってしまい、ボルトの角を少し削っただけでカン、と床に転がってしまった。
「あーあ、また失敗しちゃった」
JUSCOがふくれっ面をすると、すぐ隣から、小さく弾けるような笑い声が聞こえた。
――そこに、ひとりの男の子がいた。
いつもガレージの特等席で、JUSCOのすぐ隣に座って、一緒に泥んこになりながら遊んでいた男の子。
その顔を思い出そうとすると、なぜかカメラのピントが合わないように、モザイクがかかったみたいにぼんやりと霞んでしまう。どんな目の色をしていたか、どんな声で笑うのか、今のJUSCOの脳内モニターには正確なログが残っていない。
けれど。
彼がそこにいてくれるだけで、胸の奥がじんわりと温かくなるような、絶対的な家族としての親愛の情だけは、今でもハッキリと覚えている。
「なんだよ、笑うなよー!」
JUSCOがそっちを向いて抗議すると、その男の子は、楽しそうに肩をすくめて、床に落ちたスパナを拾い上げてくれた。そして、自分の小さな手をJUSCOの手の上に重ねて、一緒にボルトへスパナをハメ直してくれるのだ。
「よしよし、お前ら二人で力を合わせりゃ、どんな大破した戦車だって直せるさ」
ダスティがガハハと豪快に笑い、二人の頭をまとめて抱え込む。
男の子の、ちょっとゴツゴツした手の温もり。ダスティの大きな身体の安心感。
地下世界の底の、貧しくて、汚れていて、けれど間違いなく世界で一番温かかった、三人だけのガレージ。
「お兄ちゃん、そこ、もうちょっと締めて!」
JUSCOがそう声をかけると、ぼんやりとした輪郭の男の子は、嬉しそうに何度も頷いて、一緒にクズ鉄のネジを回し続けた。
――ガガッ……ピー……。
不意に、視界の端にノイズが走る。
温かかったはずの視界が、ゆっくりと冷たいデジタル数字の羅列に上書きされていく。五感の感覚が薄れゆく現在のコクピットの中で、JUSCOの中にあった「失われた遠い日のログ」が欠落しつつあることに彼女自身はまだ気づいてはいなかった。




