第53話:鋼の揺り籠
――ガシィィィンッ!!!
ゼロの巨大な蒼鉛の右腕が、突っ込んできた純白のMSの胸部――コクピットブロックを正確に鷲掴みにした。
『が……あ、あァァッ……!!』
至近距離でゼロの放つ強力なマスター・コードのエーテル光波を受け、FELIXの機体の電子回路が激しくショートする。同時に、FELIXの脳内ナノマシンに強烈な逆流ノイズが走り、彼はコクピットの中で頭を抱えて絶叫した。
「お兄ちゃん!!」
JUSCOはコンソールに両手を押し当て、必死に語りかける。
「聞こえる!? 私だよ! 昔、一緒のガレージで、お父さんのスパナを触って怒られた……JUSCOだよ!!」
その瞬間、掴み合っている両機のフレームを通じて、JUSCOの覚醒したマスター・コードがFELIXの機体のメインAIを強硬突破した。FELIXの脳内に、封印されていた「錆色の記憶」を容赦なく流し込んだ。
――激しい煤煙。優しく笑う父ダスティの顔。そして、自分を「お兄ちゃん」と呼んで追いかけてくる、幼い妹の小さな手。
『……私は……フェリックス……カイゼル軍の……准将……』
FELIXの赤いメインモニターが、激しく点滅する。
『違う。私は、あの日……上層の誘拐部隊から、妹を護ろうとして……っ! う、あ、頭が、割れる……ッ!!』
「准将、これ以上システムの命令を裏切ることは許されません!」
大破し、地底に不時着した『白亜の粛清艦』の艦橋から、エレノアが血の気の引いた顔で叫んだ。彼女の手元にあるホログラム端末が、不気味な黒い光を放ち始める。
『完全に汚染されたと判断します。――ゼニス統治コード第8項、対象MSの「強制自爆」を実行』
「何だって……!?」
瓦礫の影から戦況を見ていたシンが息を呑む。
エレノアが画面をスワイプした瞬間、FELIXの純白のMSの胸部から、ドクン、ドクンと不気味な赤い発光が漏れ出した。上層世界は、操り人形がバグを起こしたと知るや否や、パイロットごと証拠を隠滅するプログラムを起動させたのだ。
『……マスター、敵機体内の魔力炉が臨界点を突破する。この距離で爆発されれば、我が障壁でも、コクピットの君を護りきれん! 手を離すんだ!』
ゼロの電子音声が、緊迫した警告音とともに響く。
「ダメ!! 離さない!! 絶対に、今度こそお兄ちゃんを離さない!!」
JUSCOは叫んだ。その瞬間、彼女の胸の奥から、再び冷たい蒼き光が溢れ出す。
――【強制再構成】。
JUSCOの意志に応え、ゼロの右腕から無数の蒼いナノマシンが触手のように伸び、FELIXの純白の装甲へと潜り込んでいく。それは、自爆シーケンスを刻む敵の駆動回路を、力づくで「ジャンクパーツ」へと書き換えていく神業だった。
バリバリバリバリッ!!!
赤と蒼の火花が激突し、純白のMSの胸部装甲が内側から吹き飛ぶ。
「――掴まえた!」
自爆が発動する一瞬前、ゼロの指先が、FELIXの乗る球形のコクピットカプセルだけを強引に引き剥がし、自らの分厚い胸部装甲の内部へと引き込んだ。それはまるで、傷ついた兄を護るための、鋼の揺り籠のようだった。
『……自爆ログの、消失を確認。ば、化け物め……!』
エレノアは端末を床に落とし、ガタガタと震え出した。艦隊は全滅し、最強のエースも奪われた。
ゼロの胸の中で、静かに機能を停止した純白のコクピット。
JUSCOは激しい息を吐きながら、自分の胸に手を当てた。そこには、激痛の代わりに、皮膚の奥でパチパチと静かに明滅する、青い結晶の輝きが広がっていた。
「あはは……本当、に、痛くなくなっちゃった……」
消えゆく人間の感覚。しかし、JUSCOの瞳には、上層世界への絶対の反逆の光が宿っていた。




