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第46話:奈落へ還る

鼓膜を引き裂くような落下風の音が、暗黒の垂直シャフト『バベル・ホール』に吹き荒れる。

上層世界の白磁のドックを爆破し、JUSCOとゼロを奪還した地下自警団の車両とマダム・チェイシーの巨大重機は、重力に引かれるまま、奈落の底へと向かって真っ逆さまに自由落下していた。

「みんな、しっかり掴まりなッ! 命綱ワイヤーのブレーキをかけるよ!!」

チェイシーの鋭い声とともに、落下する重機の後部から極太のハープーン・ワイヤーが射出され、シャフトの錆びついた壁面へ強引に突き刺さる。

ギギギギギギギッ!!! と、激しい火花と金属摩擦の悲鳴をあげながら、一行の落下速度が強制的に減速されていく。

装甲車の後部座席で、JUSCOはぐったりと横たわるゼロの胸部にしがみついていた。

「ゼロ、聞こえる!? ゼロ!!」

メインモニターの蒼い光は完全に途絶え、装甲のスリットからは焦げ付いたオイルの匂いと煙が細く立ち上っている。ハンダコテを握るJUSCOの手が、恐怖で小さく震えた。

『――システム、再、起動リブート。マスター、心配……ない。我がブレインAIのコア・メモリは……無事だ』

弱々しく、しかし確かに、ゼロの電子音声がカチリと響き、モニターに細い蒼いラインが灯る。

『だが……左腕の駆動フレーム、および魔力炉の冷却ラインが完全に融解クラッシュしている。現在の残存戦闘能力は、平常時の12%以下だ』

「私が直す。ガレージに戻ったら、寝ないで全部直してあげるから! だから、消えないで、ゼロ……!」

JUSCOの涙が、ゼロの焦げ付いた装甲に落ちて小さく弾ける。

その時、遥か上空――彼らが飛び降りてきた『カイゼル・シェル』のハッチから、暗闇を切り裂くような数条のサーチライトの光が、容赦なく落ちてきた。

「チッ、しつこいねぇ! 上のお人形さんたちが、追手を差し向けてきやがった!」

ハンドルを握るカイルがバックミラーを睨みつける。

光の向こうから現れたのは、FELIXの純白のMSではない。エレノアの直轄部隊である無数の『白磁の猟犬セラミック・ハウンド』と、飛行型のハンター・ドローンたちだ。汚された白い楽園のプライドを取り戻すため、彼らは獲物を骨の髄まで噛み砕くまで止まらない。

「ルカ! 迎撃できる!?」

「……いや、ワイヤーで宙吊りの状態では、狙いが定まらない」

ルカが長銃レール・ライフルを構えるが、激しい揺れのせいでスコープのレジストリが安定しない。

背後から迫る、純白の猟犬たちの赤い単眼。

このままでは、我が家に辿り着く前に、空中ですべて撃ち落とされてしまう。

「……シン、あの武器ラインを使いな」

不意に、ゼロのモニターがチカチカと点滅しながら、シンの『高圧汚染水ランチャー』の照準データを指し示した。

「えっ? でも、さっきのドックみたいに足場がないから、狙いが……」

『我が弾道演算アシストを同期する。シン、君の持つ『地下の汚物』は、綺麗好きな上層のセンサーにとって最悪の目潰しだ。――撃て!』

「分かった……! やってやるよ、こんちくしょうッ!!」

シンが車のサンルーフから身を乗り出し、ゼロの指示する座標へとランチャーの銃口を向けた。

――ドバシャァァァァン!!!

放たれた超高圧の廃油混じりの汚染水が、シャフトの狭い空間で霧状に拡散し、迫り来る猟犬たちの光学レンズを一斉に黒く染め上げる。

『視界遮断。高度制御エラー、システムダウン――』

統制を失った白い獣たちが、次々とシャフトの壁面に激突し、爆発を起こしながら暗闇の奥へと転落していく。

「やったぁ!」

シンがガッツポーズをあげる。

その爆炎を背に受けて、チェイシーの重機と自警団の車は、ついに見慣れた第七居住区の、薄暗くも温かい錆色の光の中へと滑り込んだ。

命からがら、我がジャンクヤードへと還ってきた一同。

しかし、天を見上げる彼らの表情に安堵はなかった。バベル・ホールの遥か上空で、上層世界のすべての防衛システムが、まるで怒りに震えるように赤く明滅し始めているのが見えたからだ。

一時的な勝利の代償は、上層世界(世界そのもの)を完全に敵に回したという過酷な現実だった――。

次の更新は6月20日(土)の7:00公開です。

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