第45話:奈落の逆襲
ドゴォオオオーン!!!
と一気に吹き飛んだ底面ハッチから、地下世界の濃厚な廃油の臭いと、黒い煤煙が『カイゼル・シェル』の無菌室へと一気に噴き上がった。
『な……何事ですか!? 奈落の住人どもが、上層の防衛障壁を突破して侵入したというのですか!?』
安全カプセルの奥で、エレノアの涼やかな顔が初めて驚愕に歪み、ホログラム端末の警告赤色が激しく明滅する。
「お待たせ、JUSCO! 天上の空気が綺麗すぎて、あたいの重機のエンジンが変な音を立てちまったよ!」
煙の中から躍り出たマダム・チェイシーが、大型コンバインのフロントに据え付けた巨大な『回転粉砕刃』を激しく火花を散らせながら回転させる。
『チッ……! どこまでも不快なノイズどもめ』
空中からJUSCOを狙っていたFELIXの純白のMSは、突如現れた巨大な質量の乱入により、射線を遮られた。彼は重力制御スラスターを瞬時に噴射し、後方へと後退する。
「シン! ルカ! 今だよ、やっちまいな!」
「うおおおおおッ! 街の水を舐めるなァァァッ!!」
輸送車のルーフから、シンが持ち込んだ『高圧汚染水ランチャー』が火を噴いた。
放たれたのは、第七居住区の底に溜まっていた最高濃度の重金属廃液だ。ドックの真っ白なセラミックの壁や床、そしてエレノアの退避する安全カプセルのガラスを、ドロドロの黒い油脂が容赦なく汚染していく。
『視界データに異常。光学センサー、および防壁伝導率が低下……!』
FELIXの機体に、再び「地下の汚物」という計算外のエラーが付着する。
「JUSCO、乗れ!!」
即席装甲車のドアを開け、レイラが必死に手を伸ばした。
JUSCOは電磁ネットの残骸を振り払い、融解して低駆動モードに陥っているゼロの右腕を肩に担ぐようにして、自警団の車へと飛び込んだ。
「みんな……どうしてここに……! 上層へのゲートは閉じられていたはずなのに!」
「ルカが、バベル・ホールの緊急排気ダクトの構造ログを見つけ出したんだ。マードックさんの遺した古い図面が役に立ったのさ」
ハンドルを握るカイルが、不敵に笑いながらアクセルを限界まで踏み込む。
パンッ! と乾いた電磁音がドック内に響き渡る。
煙の奥からルカが放ったレール・ライフルの超高速弾が、FELIXの機体のライフル銃身へと正確に命中。光子の火花とともに、FELIXの武器を強制破壊させた。
『機体バランス、1.2%低下。……この連携、やはり理論値を超えている』
コックピットの中で、FELIXの瞳の奥にまたしても強烈な「エラーパルス」が走る。なぜ、これほど劣悪な装備のクズ鉄どもに、自分の最新鋭機が押し留められるのか。脳内のナノマシンが感情を抑え込もうとするが、胸の奥の不快な疼きが止まらない。
「全機、退避するよ! ゼロを回収した。さっさと奈落へ戻るんだ!」
チェイシーの号令とともに、自警団の車両と重機は、爆破されたハッチ――地下へと繋がる暗黒の垂直シャフト(奈落)へと向かって、一斉に飛び降りるようにして急速離脱を開始した。
『待ちなさい……! 逃がすわけには……!』
エレノアの怒声が遠ざかっていく。
白い楽園の檻を破り、再び生まれ故郷の混沌たる闇へと落ちていくJUSCOたち。
だが、上層世界の支配者層ゼニスは、この「最大の屈辱」を絶対に許しはしない。天と地の全面戦争の火蓋が、ついに切って落とされようとしていた。




