第41話:白磁の罠
――ガガガガガッ、バキィィィン!
第七居住区のガレージの屋根の上で、JUSCOのスパナが小気味よい金属音を立てて跳ねた。
「よし! これでガンシップの砲撃で歪んでた、ゼロの右肩のサブ・フレームの噛み合わせはバッチリ。動かしてみて、ゼロ!」
JUSCOが額の汗を拭いながら、頼もしい相棒を見上げる。
『――駆動チェック、オールグリーン。流石だ、マスター。上層の冷徹な最適化コードなどより、君のスパナの調整の方が、我が関節にはずっと馴染む』
2メートルの蒼鉛の巨体が、滑らかにその分厚い腕を回してみせた。メインモニターの蒼い光は、街のインフラへとエネルギーを分け与えたあの過酷な夜を乗り越え、より一層その輝きを増している。
レオンの部隊を退け、街の「奈落の灯火」を死守した第七居住区は、一時の平穏を取り戻していた。……だが、それが天上の「監視者」が仕掛けた、静かなる捕獲シーケンスであることに、地上の誰もまだ気づいていなかった。
「……静かすぎる」
ガレージの陰から、長銃を抱えたルカが、天井の黒い大穴『バベル・ホール』を見上げて呟いた。
「いつもなら、上層階のゴミ清掃船がスクラップを落としてくる時間だ。それが、ここ丸一日、一つの部品すら落ちてこない。まるであの穴の向こうで、何かが息を潜めているみたいに……」
『その直感は正しいぞ、射手』
ゼロの電子音声が、不穏なベース音を響かせる。
『我がパッシブ・センサーが、第七居住区を取り囲む外周部の廃棄エリアに、微細なログ(足音)を感知している。……これは、人間の生体反応ではない』
その言葉が終わるか終わらないかの瞬間だった。
――シャーッ! キチキチキチキチッ!!
居住区の周囲を囲む錆びついた瓦礫の山の隙間から、無数の「白い影」が、音もなく滑り出すように現れた。
「な、何だあいつら……!? 犬……いや、機械の獣か!?」
見張りに立っていたシンの悲鳴が響く。
現れたのは、上層世界『カイゼル・シェル』が放った、無機質の警備生物――『白磁の猟犬』の群れだった。
泥にまみれたジャンク街にはおよそ不釣り合いな、汚れ一つない純白のセラミック外殻。その顔面中央に埋め込まれた赤色レーザーの単眼が、JUSCOたちを、そしてゼロの姿を冷酷にロックオンしていく。
『警告。敵は単独の戦闘MSではない。中央統治システム『ゼニス』の直接制御を受ける、包囲・捕獲用の自律ハンターだ。……数が多すぎる!』
「みんな、下がって!!」
JUSCOがスパナを強く握り直す。
だが、白磁の猟犬たちは、一斉にその顎を開いた。そこから放たれたのは、破壊のビームではない。――強力な「高周波電磁ネット」だった。
ビビビビビッ!!!
四方八方から放たれた電磁の網が、飛び出そうとしたゼロの蒼鉛の身体を、容赦なくがんじがらめに締め付けていく。
『ぐ、おぉぉ……!? 我がフレームの駆動パルスに、強力なジャミング……! 回路が、一時的にフリーズ(結合)する……!』
強大な魔力炉を持つゼロですら、等身大(2メートルサイズ)の出力では、街全体を埋め尽くすほどの猟犬の群れが放つ、組織的な電磁監獄を打ち破ることができない。
「ゼロを離しなさいッ!!」
JUSCOが果敢に猟犬の一機へ飛びかかり、その頭部をスパナで叩き割る! しかし、一機を破壊しても、背後の闇からはさらに倍の数の赤き単眼が、不気味に光を放ちながら迫ってくる。
ルカの長銃が唸りをあげ、マダム・チェイシーの重機が咆哮をあげるが、敵の数は文字通り「底なし」だった。上層階は、最初からゼロを破壊するのではなく、この網で身動きを封じ、生け捕りにする計算だったのだ。
『バグ(ゼロ)、およびマスター・コードの保持者の捕獲を確認。……これより、最終サルベージ(引き揚げ)に移行する』
バベル・ホールの闇の向こうから、エレノアが冷酷にデザインした、非情なシステム音声がジャンク街に響き渡る。
電磁の網に捕らえられたゼロと、その傍らで必死に抵抗するJUSCOの身体が、巨大な磁力ワイヤーによって、天上の『白亜の檻』へとゆっくりと巻き上げられ始めた――。




