第38話:奈落の灯火(ともしび)
「……動いた……!」
シンの歓声が、暗黒の浄水管理区に響いた。
ゼロが自らの魔力炉を配電盤へと直結し、蒼いエネルギーを逆流させたことで、完全に沈黙していた大気濾過タワーがゴトゴトと不器用な駆動音を立てて再始動したのだ。フィルターから放出される「白い酸素」が、苦しんでいた住人たちの胸を潤していく。
だが、その代償はあまりにも大きかった。
『ぐ、おおぉぉぉ……ッ!』
配電盤に右腕を突き刺したままのゼロの巨体が、激しく火花を散らして軋む。
地下世界の規格外で劣悪な送電網に、旧文明の超高出力エネルギーを強引に流し込んでいるのだ。蒼鉛の装甲スリットから噴き出す光の粒子は目に見えて細くなり、メインモニターの輝きがみるみるうちに衰えていく。
『マスター(JUSCO)……我が機能の65%が現在、街の維持にバイパス(割譲)されている。残存マニピュレーターの出力は低下。……この状態で、上層の戦闘MSと交戦した場合の生存確率は――4.2%だ』
「大丈夫、ゼロ……! 私がすぐ、負荷を分散させるためのバイパス回路を組むから!」
JUSCOは暗闇の中、スパナとハンダコテを手に、火花が散る配電盤の前に飛び込んだ。飛び散る熱い火花が頬を焼くのも構わず、父のノートに書かれていた「ジャンクの分配理論」のログを必死に脳内で引き出す。
だが、非情にも「その時」は訪れた。
キィィィィィン――。
世界の天井『バベル・ホール』の闇を切り裂き、再びあの忌まわしい重力制御の駆動音が、第七居住区のすり鉢状の空に響き渡る。
「来たぞ……! 上層世界の戦闘機だ! 2機……いや、3機いる!」
防壁の上からカイルが絶望的な声を張り上げた。
舞い降りてきたのは、洗練された流線型の白い船体を持つカイゼル軍の『エア・レイダー(ガンシップ)』。ゼロが街を救うために放った強烈なエネルギー波形は、天の上のレーダーにとって、暗闇の中の灯台のように明白な標的だった。
『目標のエネルギー源を感知。……フム、街のシステムに電力を分け与えて自滅を待つとは、どこまでも非合理的で愚かな選択だ』
ガンシップの通信回線から流れてきたのは、FELIXの声ではなかった。
彼の同僚であり、異常なまでのエリートプライドを持つ青年――レオン(18歳)の、冷酷に歪んだ声だ。彼はFELIXに新型機の受領権を奪われた嫉妬と苛立ちを、この地下世界への「大掃除」で晴らそうとしていた。
『フェリックス准将は手こずったようだが、私の部隊が一瞬で塵にしてやろう。――全機、熱光学レーザー、チャージ。あの蒼いバグごと、ガレージを消去せよ』
3機のガンシップの機首に備え付けられたビーム砲が、容赦なく赤黒いエネルギーを蓄え始める。
ゼロは動けない。街のインフラを繋ぎ止めるための「杭」となっているからだ。
JUSCOを守るための盾すら、今のゼロには展開する出力が残されていない。
「させない……っ!!」
その絶体絶命の光景の前に、長銃を構えたルカが、そして巨大改造重機に飛び乗ったマダム・チェイシーが、再び立ち塞がった。
「JUSCO! あんたは自分の仕事をやり遂げな! 上の綺麗なお人形さんたちには、このクズ鉄の頑固さをもう一回教えてやるよ!」
エネルギーを失った蒼き遺物と、それを命がけで守ろうとする泥臭い人間たち。
圧倒的な天上の武力が、無防備なガレージへと牙を剥く――!




