第37話:凍りつくライフライン
――プツン。
それは、あまりにも静かな破滅の始まりだった。
第七居住区の命綱である、リンの浄水管理区。その巨大な大気濾過パイプから立ち上っていた蒸気が、音もなく途絶えた。
ガレージの作業灯がチカチカと不気味に明滅し、完全に消灯する。
「あれ……? ゼロ、予備電源に切り替えて!」
JUSCOが慌てて暗闇の中で叫ぶ。
すぐにゼロのメインモニターが蒼く起動し、ガレージ内を照らし出したが、その電子音声にはかつてない切迫感が混じっていた。
『警告、マスター。これは局所的な停電ではない。上層世界の環境供給長ヴィクター・グロウの権限により、当セクターへ繋がる全てのエネルギー・シャフト、および大気濾過システムが「物理的凍結」された』
「凍結って……じゃあ、街の電気も、水も……空気も!?」
『肯定。現時刻より1200秒(20分)後、第七居住区の空気純度は生存限界ラインを下回る。上層階は、我々を直接兵器で潰すのではなく、インフラを断つことで「窒息死」させる選択を取った』
「そんなの、ひどすぎる……!」
JUSCOがガレージを飛び出すと、外のジャンク街はすでに大パニックに陥っていた。
いつもは賑やかなマダム・チェイシーの交易区も真っ暗闇に包まれ、人々が息苦しそうに胸を押さえて座り込んでいる。地下の住人の多くが患っている「鉄肺病」のシンプトム(症状)が、空気濾過の停止によって一気に悪化し始めているのだ。
「JUSCO! リンのところのメインバルブが、上層からの遠隔ロックでビクともしないんだ!」
闇の中から、シンが息を切らせて駆け寄ってくる。その後ろでは、ルカが苦しそうな息を吐く自警団の仲間を支えていた。
「上層階のやり口だ。自分たちの手を汚さず、害虫を駆除するように俺たちを干からびさせる気だ……」
ルカの言葉に、ジャンク街の人々の間に絶望が広がっていく。
『提案、マスター。上層からの供給が断たれたのなら、我が魔力炉の出力を逆流させ、居住区のメイングリッドへ直結する。これにより、街の空気濾過機を強制駆動させることが可能』
「本当!? ゼロ、それならすぐに――」
『だが、失敗すれば我が全機能は完全に凍結。さらに、エネルギーの逆流波形を検知した上層のカイゼル軍が、即座にこの場所へ座標を絞り込んで降下してくる。FELIX、あるいはそれ以上の戦力が、無防備な我々を襲うだろう』
ゼロのモニターが、選択を迫るように静かに点滅する。
街を救うためにエネルギーを分け与えれば、ゼロは戦えなくなる。そして、その隙を突いて天からの処刑人が舞い降りる。
「……やるよ、ゼロ」
JUSCOは迷わずに、腰のスパナを強く引き抜いた。
「みんなが息もできなくて苦しんでるのに、私たちが戦うための力を残したって意味がない! 私はこの街のメカニック(整備士)だよ。みんなの命を繋ぐのが、私の仕事だもん!」
『……了解。やはり我が主人の演算回路は、合理的計算を無視するな。だが――嫌いではない』
ゼロがその巨大な蒼鉛の右腕を、街の錆びついた電力配電盤へと突き刺す。
ドクン、と、ゼロの胸の魔力炉が激しく青い光を放ち、街の暗闇の奥へと「蒼い血液」が流れ込み始めた。
ブゥゥゥン……!
微かな駆動音と共に、浄水区のフィルターが再びゆっくりと回り始める。だがそれは同時に、天上にいるFELIXのレーダーへ、「ここに獲物がいる」と大音量で信号を発信する行為そのものだった。




